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電脳遊客  作者: 万卜人
第七回 悪党弁天丸の追跡の巻
54/87

 かんぬきを外すと、ばあーんと音を立て、戸が開く。わっとばかりに、外から人足が、灯台の中へ踏み込んで来る。

 相変わらず、一切の表情を失った、無言の群衆だ。


 吉弥が「うおーっ!」と雄叫びを上げた。どんと腹を押し出し、飛び掛る人足を押し込む。


 吉弥の巨大な腹に押し出され、列の先頭にいた人足が、どどっと後方に弾かれた。吉弥の迫力で、人足は頼りなく倒れこむ。人垣が、輪を描いて崩れた。

「今だ! 降りて来いっ!」


 俺は叫ぶ。


 玄之介と晶が、顔色を真っ白にさせたまま、階段を蹴立てて降りて来た。

 吉弥は、雲竜型土俵入りのように、両手を大きく広げた。砕氷船のように、人足を掻き分け、掻き分け、強引に前へ進む。

 俺は、玄之介と晶を先にやった。背後を守るため、殿軍しんがりの位置に立つ。

 四方から飛び掛ってくる人足の顔を殴りつけ、あるいは蹴りを入れ、退ける。しかし、後から後から殺到するから、際限がない。


 ごつん、ごつん……という音に振り返る。


 すると、吉弥が身体を低くして、頭突きを繰り返している。猛牛のような吉弥の頭突きに、人足たちがボーリングのピンのように弾け飛ぶ。

 晶はヌンチャクを手に、ぶんぶんと振り回して飛び懸かる人足を攻撃している。

 玄之介は十手を使っている。俺に目を向け、叫ぶ。


「鞍家殿! なぜ腰の物をお使いになられないので御座る?」


 俺は腰の刀を抜き放った。それを見て、玄之介は、あんぐりと口を開ける。

 俺の抜き放ったのは、竹光だった!

 元々差していた刀は、火祭りの豆蔵での騒ぎの際、折れてしまっている。代わりの武器は、知り合いの刀鍛冶に頼んでいるが、まだ仕上がっていない。

 しかし、無腰のままでは、体面が悪い。そこで、仕方なしに竹光を差していたのだ。

 刀鍛冶は「ちゃんとした差料を」と、替わりの刀を用意してくれたのだが、こっちのほうが軽いので、断ったのだ。


 俺に飛び掛った人足に、その竹光を振り被った。たちまち、竹光はぱきんっ、という軽い音を立て、真っ二つに折れてしまう。

 竹光だから、当たり前だ!

 とはいえ、人足ごとき相手に、素手で充分だ!


 俺たちは阿修羅のごとき活躍で、じりじりと寄場を進んで行った。ひょいと頭を上げると、役人たちが目を剥き出し、必死になって人足と戦っている。手に持っているのは、玄之介と同じ、十手である。

 晶が、戦っている役人たちを見て、俺に叫んだ。

「どうして刀を使わないの? 時代劇であるじゃないの。峰打ちなら、殺さないで済むんでしょう?」

 玄之介が、この急場の中、顔をしかめ、晶に向き直る。

「晶殿。それは、途轍もなく誤った迷信で御座るぞ! 日本刀の峰は、刃に比べ、酷くもろう御座る。本当に峰で打つと、刀身が折れてしまい申す。これが本当の峰打ちで御座る! よく御覧ごろうじろ!」


 こんな時でも、時代考証を講義するつもりだ。玄之介は自分の差料を抜き放った。正眼に構え、一人の人足に振り被った。

 刃が当たる瞬間、くるりと刀を引っくり返し、峰の部分で打ち据える。が、全力では打たない。

 人足は、打たれる直前、はっと目を閉じた。本当の峰打ちとは、このように、ぎりぎりまで刃で切ると思わせ、直前で峰で打つのだ。

 が、力一杯打つのではなく、加減している。そうでないと、刀が折れてしまう。

 打たれた人足は、切られたと、すっかり思い込んでいる。ばったりと、仰向けに倒れ込み、気絶した。


 玄之介は得意そうに刀を納め、十手に持ち替える。


 晶は肩を竦め、再びヌンチャクを構える。声を出さずに、唇だけ動いている。多分「こんな時まで、時代考証?」と呆れ返っているのだ。

 空を見上げると、雷蔵の乗った熱気球が、呑気にふらふらと彷徨っている。そのまま、風に乗って、江戸市中へと漂っていった。

 向かって来る人足たちは、一様に表情が消えている。皆、虚ろといっていい視線だ。両手を目の前に突き出し、指を鉤爪のように折り曲げている。着物を引っ張って倒そうとしているのだ。

 一々、その手を振り払い、拳でもって打撃を与えるが、まるで平気だ。痛みを感じていない!

 俺は吉弥に叫んだ。

「渡し場はまだか?」

 吉弥は太い腕を、大車輪で振り回して、向かって来る人足たちを張り倒しながら、叫び返した。

「まだだよ! これじゃ、幾ら倒しても、追いつかない!」


 声に微かに、絶望が滲んでいる。

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