七
じろじろと無遠慮な視線を、玄之介は雷蔵の住まいに注ぐと、居住まいを正した。
「さて」と畏まって口を開く。ぐっと雷蔵を睨み据えるようにして、俺に尋ねた。
「そこの御仁が、鞍家殿の申される〝話が判る悪党〟だとか。どのような悪党なので御座るか?」
俺と雷蔵の目が合う。雷蔵は、俺がどう返事をするか、興味津々である。
「まあ、知能犯ってやつだな。最初は、辻占いで客の手相を見て、いい加減な与太を作って、金を騙し取っていた。その内、それに飽き足らず、寺を乗っ取り、怪しげな宗教を、善男善女に吹き込んで荒稼ぎだ」
「何を言うか!」
雷蔵は、かっとなって叫んだ。
「儂は唯の一人たりとも、騙すなどと悪行はしておらん! 騙されたというのは、あっちの勝手な言い掛かりじゃ!」
俺は爆笑した。
「それじゃ、なぜ寄場人足なんかに落ちぶれているんだ? あんた、最後は鼠講にも手を出していたろう?」
雷蔵は思い切り顔を顰め、そっぽを向く。腕組みをして、ぶすりと呟く。
「まったく、お主という奴は、口が悪いのう……。もう少し、老人を労わるという礼儀を知らんのか?」
俺は頭を掻いた。
「すまんな。俺は【遊客】でね。こんな武士のなりをしているが、礼儀作法は空っきり、身についていねえのよ!」
俺は玄之介に説明した。
「この雷蔵は、悪党には珍しく、人殺しとか、押し込みのような荒仕事とは、縁がない。それで、お縄になっても、寄場送りになるのがせいぜいで、こんな歳になるまで生きながらえてきた。まあ、かなり珍しい悪党の部類に入る」
玄之介は好奇心を丸出しに、雷蔵を見詰める。
「それで、話が判るとは?」
「雷蔵の商売だ。地獄耳の……という通り名で判るように、こいつは、あらゆる情報を集めている。人足たちが、こいつにいやにペコペコしていたのを見たろう?」
玄之介は思い出したように頷いた。
「雷蔵は人足たちに、出所した後の身の振り方、誰に会って、どんな話をすれば良いか、事細かに指示してやる。雷蔵の言うとおりにすれば、寄場を出ても、後の生活は驚くほど上手く行く。だから人足たちは、雷蔵には下手に出るのさ。臍を曲げられたら、知恵を借りれなくなるからな」
玄之介は驚きに顎を上げた。
「なぜ、そのような情報を集められるので御座る?」
「こいつのおかげよ!」
雷蔵は口を挟み、窓に向けられている遠眼鏡を指さす。
その時、刻を告げる、鐘の音が遠くから響く。雷蔵はひょい、と首を伸ばして窓に目をやった。
窓から見える江戸の町の一角に、きらきらとした光が瞬いている。光はある一定の法則に従って点滅を繰り返した。
「いかん! 時間だ!」
ひょこひょこと遠眼鏡に近づくと、接眼鏡に目を押し当てた。手探りで懐から帳面を取り出すと、矢立から筆を取り出し、遠眼鏡に目を当てたまま、何か書き込んでいる。
「ふむ……何と! 八百屋の猫に仔猫が生まれたとな! ほほほ……、お上を批判する落首が書かれたか……。面白い、面白い……」
上機嫌に遠眼鏡から目を離す。満足そうに、手元の帳面に眼を落とす。
呆気に取られている玄之介に、俺は解説してやった。
「雷蔵のやっていたのは、鏡の反射を利用した通信だ。つまり、光通信だな」
玄之介は目を光らせた。
「内通者がいると? 何と、大胆な!」
雷蔵は手を振った。
「そんな大袈裟な! 猫に仔猫が生まれたのが、そんなに大変な謀反かの?」
「まあ、それは……」
玄之介は不満そうに唇を曲げる。
俺は話を続けた。
「出所した人足のうち、気の利いた奴が雷蔵の考案した光の信号で、江戸で起きた様々な出来事を報せてやる。雷蔵は、そんな雑多な情報から、有用な情報を選り分け、ここで働く人足に、有利な知恵を貸してやる。ここでじっとしているだけで、雷蔵は、江戸のどこの誰よりも、市中については詳しい情報を手に入れているのさ」
雷蔵は、にんまりと誇らしげに笑った。
「この灯台を、二倍の大きさにさせたのも、儂の仕事に役立てるためじゃ! 高ければ、高いほど、遠くがよく見えるからのう!」
言葉を切ると、俺をじっと見詰める。
「お主、儂に会いに来たのは、これで二回目じゃな! 前回は、五日前だったが……」
俺は、あんぐりと口を開け、尋ね返した。
「何だと……。俺が、以前に、お前さんに会いに来ただと?」
雷蔵は頷いた。
「左様。その時は、江戸の悪党たちが不穏な動きをしていると言っておったが。何か掴めたのかね?」
俺は、茫然自失していた。