四
玄之介の話を聞き終えた晶は、今度は俺に視線を向けてきた。表情で、何か尋ねたいのだと判る。
やれやれ、この娘の好奇心は、際限がないのかね?
「あんたは、江戸の創設メンバーだったわね?」
俺は、ふん、と顎を上げた。
「せめて、鞍家さんとか言えないのか? 俺は仮にも、お侍だぞ!」
晶の言葉に、玄之介も俺に向き直る。
「左様で御座った! 拙者も、鞍家殿の江戸創設の苦労など、伺いたいもので」
晶は無邪気な笑みを浮かべ、口を開く。
「それで、あんたが果たした役割って、何よ? あんたは江戸を造るとき、どんな仕事をしたの?」
俺は、絶句した。
確かに俺は、江戸の創設メンバーだ。しかし、俺の果たした役割となると……。
俺は、ぷい、と顔を背けた。黙り込んだ俺に、玄之介がぎこちなく声を掛ける。
「どうなさったので御座る? 何か、拙者が鞍家殿のお気に障るような質問をしたので御座ろうか?」
俺は水面を見詰め、もごもごとした喋りで返事をした。
「そんな大した役割はしてねえよ……。俺の役割は……その……」
後が続かない。苦い思いが込み上げる。
それまで黙って、鼻毛を抜いていた吉弥が、顔を上げた。
「渡し場が近づいたよ!」
俺は顔を上げた。
渡し船の舳先の向こうに、石川島の人足寄場が近づいてくる。巨大な建物は、石川島灯台だ。寄場に集められた人足によって、建てられた施設である。
渡し場に船が接岸すると、小屋の戸が開き、番人が出て来て、船頭から舫い綱を受け取って、舳先を固定する。
俺、晶、玄之介、吉弥の順で上陸する。
晶と吉弥を目にし、番人は困惑した表情を作る。吉弥はともかくとして、晶は明確に女である。
玄之介は、威儀を正して声を張り上げた。
「火盗改方与力、松原玄之介である! 御用により、取り調べたい儀あり、これなる三名を連れて参った!」
番人は、玄之介のいかにも侍らしい物腰に、すっかり恐縮した様子だった。「へっ」と小腰を屈め、案内に先に立つ。
人足寄場といっても、全島総てが授産所になっているわけではない。町奉行の配下にあり、寄場奉行という役職も設けられている。
当然、与力、同心、寄場差配人がいる。この中で寄場差配人は、人足の中で模範囚が充てられている。
俺たちは番人に案内され、寄場奉行所の建物に近づいた。
「火盗改方与力、松原源之助様御一行、ご到着で御座ります!」
番人は、建物の中に向かって叫び声を上げた。
中から「どうれ」と応答があり、暗がりからぬっと、侍が姿を表した。
服装から推測すると、寄場同心らしい。ぬめるような肌をしていて、凹凸の少ない、平板な顔つきをしている。
僅かに開いた瞼の下から、同心は胡乱気な視線を、俺たちに注いだ。
「火盗改が、何の用で御座る?」
明らかに、迷惑そうな口振りだ。町奉行と火盗改という、治安維持の、同じ役割を果たす役人として、対抗心があるのかもしれない。名前すら、名乗ろうとはしない。
俺は、ずい、と一歩前へ進み出た。
「何をマゴマゴしてやがる! 俺たちは、授産所の人足にお尋ねがあるのよ! さっさと案内しねえと、おめえの役職など、俺の胸先三寸で、どうにでもできるんだぜ!」
俺の迫力に、同心は顔色を真っ白に変えた。
もちろん、俺は【遊客】特有の気迫を発動させたのだ。厭な瞬間だが、仕方ない。あまり、これを使いたくはないのだが。
気迫を最大に働かせたため、背後で控えていた番人が煽りを受け、尻餅をついた。大きく開いた股の辺りから、じわじわと地面が濡れて、異臭を放つ。失禁している。
「お、お待ちを……」
同心は、震えながら応えた。