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電脳遊客  作者: 万卜人
第六回 大立ち回りの捕り物と、一つの手懸りの巻
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 弁天丸を追跡しなければならぬ!


 豆蔵を捕縛する際、わざと見逃して泳がせたのだが、すぐ追跡するつもりが、思わぬ晶のドジのため、手間取ってしまった。

 弁天丸には、俺のマーキング弾を使っている。だが、普通の、ペイント弾などではない。【遊客】専用の、追跡のためのマーキング弾なのだ。まだ間に合うかもしれない。


 俺が決意を口にすると、晶は身を乗り出し「あたしも付き合うわ!」と宣言した。

 冗談じゃない。こんな娘に付き纏われたら、邪魔でしょうがない……! と言いたいところだ。

 だが、俺は晶のお目付け役である。ここは、ぐっと堪えて「御勝手に」と答えるだけにする。

 俺は捕り物の後始末をしている源五郎に断り、キック・スクーター……つまり、足蹴り木馬を使って市中へと戻る。晶と玄之介も、木馬に跨り、地面を蹴り出す。


 走りながら、俺は頭の中に、江戸市中の地図を呼び出した。仮想現実世界の、記憶領域を使っているので、通常の記憶のような曖昧な部分は一切なく、まるで目の前に巨大な地図があるように、細部までくっきりと思い浮かべられる。

 心の中で「悪党走査」と命じると、江戸の朱引き内に存在する、総ての悪党がポインターで示される。

 大名、武家屋敷の近くには、臥煙がえんたむろする火消屋敷を除いては、あまりおらず、町屋に集中している。

 正義側の立場の【遊客】なら、総てこの能力を持っている。【遊客】は、自分が正義の味方として活躍したい場合、心の中で「悪党走査」と命じ、探索をするのだ。

 様々な武道を修得し、機敏な反射神経、底なしの体力を誇る【遊客】は、江戸の悪党に対して圧倒的に有利である。

 厄介なのは、【遊客】で悪党の立場を選んだ連中である。こいつらは「悪党走査」に引っ掛からない。しかも実力は【遊客】と互角だから、もしも、そんな連中に遭遇したら、本気で命の遣り取りをする覚悟がいる。


 晶と玄之介は、俺の説明に仰天した。

「そんなの、初めて知ったわ!」

 俺は「処置なし!」と首を振った。

「関所の高札に、【遊客】のための江戸案内として、説明が書いてあったはずだ。読んでおかない、お前のほうが悪い!」

 俺の反論に、晶は悔しそうに唇を噛む。俺に言われて、頭の中で江戸の地図を思い浮かべている。玄之介も、晶に倣って真似する。

 二人は吃驚して、目を大きく見開いた。


「江戸に、こんなに悪党って大勢いるの?」

 玄之介は、真剣に首を捻っている。

「判りませんな。江戸でこのように、悪が蔓延はびこっているとは信じられません」

 俺は込み上げる笑いを堪え、頷いた。


 玄之介の疑問は、もっともである。

 時代劇などを見ると、毎週毎週、よくあれだけの悪企みが続くものだと感心する。江戸のどこかで、毎日、誰かが殺され、あるいは商家が襲撃される時代劇に慣れ切ってしまうと、あんなものかと、ついつい思ってしまう。

 が、二百数十年に亘って続いた江戸時代に、殺人、放火、強盗など、現在の新聞に載るような犯罪を全部ひっくるめて集めたとしても、朝刊と夕刊を合わせて、一週間も続かない程度の事件しか起きなかったそうだ。それほど、江戸時代は犯罪が少なかった。


 南北両町奉行所は、現代の都庁、最高裁判所、消防署などを兼用したような役所だが、史実によると、町奉行が夜中、銭湯で他人の浴衣を盗んだ窃盗犯の取調べにあたった、などという記録が見える。最高裁判所の裁判官が、わざわざこんな小さな犯罪の取調べにあたるほど、犯罪そのものが、珍しい出来事なのだ。


 江戸時代の犯罪率の低さは、現代にも繋がっていて、先進国中、日本の犯罪率は一桁小さく、しかも犯罪件数そのものが昭和三十年代をピークとして、年々、減少している。先進国で、日本のような例は皆無であろう。

 しかし、俺たちのいるのは、仮想現実の江戸である。俺たち仮想現実江戸創設メンバーは、江戸に、悪党を発生させるプログラムを開発した。


 江戸にいる【遊客】の活動を刻々モニターし、正義の立場で活躍する【遊客】が多くなると、悪党の発生件数を増やすようになっている。つまり、【遊客】の需要に応じ、退治される悪党も変動する。

【遊客】が多く江戸にいればいるほど、悪党も増えるが、【遊客】が退治するので問題は全然ない!


「それじゃあ、江戸にいる悪党は、あんたたちが作り出しているの?」

 晶の叫びに、俺は憮然となった。

「まあ、そう言っても良いが……。この江戸にやって来る【遊客】は、悪党退治をするのが、目的なんだからな……。俺たちは、そいつらが満足するように工夫してやってるだけだ」

「呆れた!」

 晶は憤然となって、顔を背ける。訳が判らず、俺は、玄之介に意見を求めるため、目顔で尋ねる。

 すると、奴は「我関せず」とばかりに、肩を竦めて見せた。

 まあ、いい。俺は弁天丸を探している。


 俺は視覚を調整し、紫外線を可視化している。街道を、点々と足跡が続いているのが、はっきりと見える。

 弁天丸の足跡である。

 俺の投げたマーキング弾は、紫外線に反応する性質を持っている。夕闇でも、はっきりと反応している。

 夜になったら見えなくなるが、足跡は確実に、江戸市中に向かっている。これと、江戸の地図に示される悪党の位置と併用すれば、弁天丸の居所は、たちどころに判明する。

 しばらく、俺たちは黙って地面を蹴り、木馬を進めていた。こんな時刻になると、さすがに人気もなく、街道は寂しさを増してくる。

 やがて夕日は山並みに隠れ、空は一気に暗くなって、星が見えてきた。弁天丸の足跡を辿る作業も、お終いである。


 俺は、足蹴り木馬を停めた。

「どうするの、これから?」

 闇の中で、晶が目を光らせている。

 晶の両目は、猫のように光っている。【遊客】の能力である、暗視モードにしており、眼底の網膜が、入射する光を反射させているためだ。

 玄之介も、同じように、両目が獣のように青白く光っている。俺も同じ、目の光を放っているはずである。

「明日、弁天丸の追跡を続けよう。なあに、足跡は明日になっても、まだ光っているはずだ!」

 俺は楽天的に答えていた。

 ぽつり、と俺の鼻の頭に、ひやりとした感触があった。

 晶が馬鹿にしたような声を上げる。

「へえ、雨になっても、足跡は消えないのかしら?」

 ぽつ、ぽつとした雨粒が、次第に本降りになってくる。ざあっ、と暗闇に、叩き付けるような雨に、俺は打たれていた。


 俺は舌打ちしていた。

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