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電脳遊客  作者: 万卜人
第六回 大立ち回りの捕り物と、一つの手懸りの巻
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「離しなさいよっ! あんた、どこ触ってんのよっ! エッチ!」


 熊のような巨体の男に羽交はがい絞めされ、晶は場違いな台詞を吐いて、藻繰もがいている。晶を捕まえている男は、痴呆のような、気持ちの悪い笑いを浮かべたままだ。


 俺が駆け寄ると、晶は顔を真っ赤に染め、一層激しく、どうにか身体を捻じって逃れようとする。

 背後から抱き締めた男は、晶の首筋に、小刀を突きつけている。俺が近づいたのを見てとり、だみ声で喚いた。

「来るなっ! こいつを殺すぞ!」

 俺は躊躇った。本気らしい。


 晶は【遊客】だから、この場で本当に殺されても、二十四時間後には復活できる。だが、殺される瞬間の苦痛、恐怖は、並大抵のものではない。ほぼ確実にPTSDに罹る。

【遊客】のみが使える、緊急脱出のプログラムは、今のような状態では使用できない。あれは、使用者が、完全に周囲にNPCが一人もいない、隔離された状態でないと、起動できないのだ。

 しかし、そもそも、そんな非常手段があるのを、晶はわきまえているだろうか?


 背後で「がきーんっ!」「ちゃりーんっ!」という、金属が打ち合う音が響いている。


 ちらっと振り向くと、源五郎と豆蔵が一騎打ちをしている。火付盗賊改の頭とあろう源五郎が、自ら得物を揮うとは!

 源五郎の手にしているのは、巨大な十手だ。多分、二尺以上はある。ほとんど、日本刀と同じくらいの重量があり、火付盗賊改方頭の所持するに相応しい造りだ。豆蔵が振り回している刀を、それで受け止めている。

 源五郎の目が、俺と合った。一瞬にして状況を見て取り、源五郎は叫ぶ。

「二郎三郎! その娘は、お前に任せたぞっ!」

 源五郎の叫びに、俺は「判ってる」と、諦めを含んで頷いた。何しろ、俺が晶の監督役を仰せつかったらしい。いつ、そうなったかの判別は、できないが。


 玄之介はと見ると、あいつも、複数の豆蔵の手下と、大童で戦っている。とても、こっちまで手を回す余裕はなさそうだ。しかし、見かけによらず、中々の剣捌きだ。

 やはり、俺一人で対処する必要がありそうだ。


 じりじりと男に近寄ると、男は焦り出した。晶の首筋に擬した小刀を握った手が、わなわなと震えている。

「助けは要らないわ!」

 晶が、きっとした表情になり、俺に叫んだ。俺はわざと、吃驚した顔つきを作ってやった。

「あれえ、お前さん、随分と自信がありそうだな? どうやって、その場から逃げ出すつもりなんだ?」

 晶は息を吸い込み、全身の筋肉を緊張させた。

「こうするのよっ!」


 晶は、足を後ろに蹴り上げ、踵を男の股間に深々と食い込ませる。男はがばっと、両足をおっ広げているので、ひとたまりもない。


「うぎゃあっ!」と、男は苦痛に、思わず晶の羽交い絞めの力を緩める。

 隙を逃さず、晶は、するりと自分から尻餅をつく格好で、地面に仰向けになった。すかさず、反動をつけ、両足を振り上げた。


 今度は、晶の両爪先が、男の顔面を痛打していた!


 さすがは、【遊客】! いざとなると、惚れ惚れする動きだ!

 晶も、玄之介も、現実世界でこのような戦いは絶対できないだろうが、仮想現実では、胸の空く活躍ができるのだ。


 しかし男はすぐ立ち直った。外見は熊そっくりだが、タフなところも、熊そのものだ。苦痛の上限が、恐らく常人の数倍は高いのだ。

 晶は、くるくると回転して立ち上がると、後ろに手を回した。腰に差した武器を取り上げる。

 固い樫の棒が、紐で繋がっている。


 ヌンチャクだ!


 俺たちが十手で、こっぴどく叱ったので、あんなものを持ち出したのだ。

 男は「うおーっ!」と雄叫びを上げ、両腕を蟹のように広げると、真っ直ぐ晶に向かって突進した。怒りが男の顔を、醜く歪ませている。

 晶はびゅんびゅんと、風を切ってヌンチャクを振り回す。ぶーん、と大きく円を描いたヌンチャクが、男の脳天を直撃した!


 こーん! という虚ろな音が響き、男はそのまま、くらくらっと足下をぐらつかせる。


 男の両目が、くるっと引っくり返り、白目になった。

 口をぽかんと開き、どて、と棒のように突っ立ったまま、後ろに倒れる。

 晶は「ふっ!」と得意そうに決めのポーズをとると、俺を見やった。


「どう?」

「良くできました」


 俺は、拍手してやった。

 ヌンチャクを構える晶の姿を目にし、俺の頭に閃きが走った。

 そうか、何も日本刀に拘る必要はなかったんだ……。俺は、これから必要とする自分の武器について、アイディアを思いついた!


 周りを見ると、豆蔵の手下たちが、与力、同心、岡っ引きたちの手によって、次々と捕縛されている。結局、俺の出番はなかったようだ。

 しかし、首魁の豆蔵はまだ捕縛されていない。対決するのは、源五郎だ。

 お互い、力の限りを尽くして戦ったのだろう。ぜいぜい、はあはあと、二人は対峙したまま肩を大きく上下させ、お互いの武器を構え合っていた。


 俺は源五郎に声を掛けた。


「源五郎! 手を貸すかね?」

 十手を構えたまま、源五郎は唸った。

「お主の手など、借りぬ! 儂、一人で、充分じゃ!」

 源五郎の強がりに、豆蔵は薄く笑った。

 ふうーっ、と息を吐き出し、全身に力を漲らせる。こんな状況でも、一欠片も絶望を現していないのは、さすがだ。

 別の言い方では、逃げ出すほどの体力が残っていないのだろう。せめて、悪党の頭らしく、精一杯に戦ったと、後世に語り継がれるだけが望みなのだ。

 源五郎にも、豆蔵の決意が伝わったようだ。

 片頬で笑うと、豆蔵に語りかける。


「お主、悪党どもの首領らしく、そろそろ観念いたせ! 今なら、まだ間に合うぞ! お上にも、温情はある!」

「ぬかせ!」


 ぐわっ、と手にした刀を振り上げると「きえーいっ!」と叫び声を上げ、猛然と源五郎に向かって走り出す。

 豆蔵の刀が半円を描き、源五郎に殺到する。源五郎は手にした十手を差し上げ、十手の鉤の部分で刀身を受け止める。

 がっきと音がして、源五郎は十手を捻った。豆蔵の手から、刀がもぎ取られる。その勢いで、豆蔵は横に倒れこんだ。

 豆蔵は「はっ!」と顔を上げた。

 源五郎は十手を帯に差し、大刀を抜き放った。源五郎の顔に、一瞬ちらっと相手を哀れむ色が浮かんだ。


「覚悟!」


 叫ぶと、源五郎はさっと大刀を振り払った。

 一瞬にして、豆蔵の首は、胴体から離れていた!

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