四
階段を下りる、俺の足取りは、自信に満ち溢れていた。
何と言っても、大男との対決が、俺に確固とした、自分の戦闘能力に対する信頼を取り戻してくれた。もう、躊躇いはない。
しかし階段を下りて、さらに地下通路を先へと進むと、俺の胸に、驚愕の感情が湧いてきた。
廃寺の地下室は思ったより広大で、規模は信じられないほど大きい。このような大規模な工事を、いつ始め、完成させたのだろう?
地下を掘り抜くだけで、大量の土や、泥が出たはずだ。コンクリートはどこから搬入したのか? 天井に取り付けられている照明は、最新の設備だ。どれ一つ見ても、江戸で入手は不可能な材料ばかりである。
俺の胸に、じわじわと、ある確信が生まれてくる。
多分……いや、絶対、この地下室を作り上げた張本人は、現実世界の【遊客】の一人だ。しかも、プログラム優先アクセス権を持つ、上位のプログラマーだ。
工事や、建材の搬入など面倒な手続きは一切無視して、江戸の仮想現実プログラムに、廃寺の地下に地下施設を〝上書き〟させたのだろう。
これだけの工事だと、半年……いや、一年は優に掛かる。だが、〝上書き〟なら地下施設のデータをプログラムに書き込むだけで、一瞬でできあがる。
俺は、いつしか、歯軋りしている自分に気付いた。あまりの怒りに、自分がぎりぎりぎりと奥歯を食い縛っているのも、気付かないくらいだ。
何と言う横暴! 専横! 無茶苦茶にも程がある! 俺たち創設者のグループは、江戸を仮想現実に作り上げた後は、一切、プログラムの上書きのような、手出しは禁じている。
江戸に生きる人々の独立独歩を、俺たちは尊重している。江戸が仮想現実で存在を始めてからは、順調に発展を続け、俺たちの希望通り、江戸文化の華を咲かせていた。
どこのどいつが、俺たちの努力を踏みにじりやがったのか……!
いかん、いかん! 冷静になるべきだ。
頭をぶるっと振って、顔をぺろりと手で撫で、俺は改めて、通路に注意を振り向けた。
通路の両側には、所々、ドアが取り付けられている。コンクリートの壁面同様、無愛想で、無機質な材質だ。ドアの一つに近づき、拳を使って叩くと、こんこんと固く、虚ろな音が響く。材質は鉄で、灰色の塗装を施されている。
思った通り、鍵が掛かっている。ドアには番号が振られている。番号は漢数字で、俺の目の前のドアには「十五」と墨痕も鮮やかに記されている。
ふむ?
俺は首を捻った。
近代的な地下施設に、ドアの漢数字は、どうにも不似合いだ。漢数字の筆跡は、くっきりと墨の色を見せている。もし、俺なら、このような施設を作り上げたら、ドアに記す数字はアラビア数字にするだろう。
奇妙な不一致。今までの、現実世界の【遊客】が関わっているという推測が、俄然、怪しくなってくる。
ばたばたと乱れた足音が聞こえてくる。足音は、俺の前方からだ。俺は、さっと周囲を見渡した。
隠れ場所は、どこにも見当たらない。そのつもりもない。俺はぐっと両足を踏ん張り、待ち受けた。