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電脳遊客  作者: 万卜人
第六回 大立ち回りの捕り物と、一つの手懸りの巻
39/87

 晶の告白に、しばらく俺は、黙ったままだった。

 辺りには夏の、むっとくるような蒸し暑さが残っている。

 この調子では、夜になっても、涼しさは当分やってきそうにない。静まり返った草原くさはらから、小さく虫の音が聞こえてくる。

 俺はおずおずと、晶に問い返した。


「ええと、聞き間違いだったら、御免な。つまり、あれか? お前の兄さんは、事故か何かで脳をやられて、寝たきりなのか?」

 晶はまた、首を振った。

「違うんだ! 兄貴は、接続装置を使ったきり、戻ってこないんだ! いつものように、装置に繋がった後、三日の強制切断の時間が来ても、兄貴は目を覚まさなかった」


 俺は理解できず、首を振った。

「信じられない……。そんな話、初耳だぞ。仮想現実から目覚めないなんて!」


 晶は思い出すように、空を見上げながら、ぽつり、ぽつりと話し出す。

「装置の、警告装置が異常を報せて、強制切断になったんだ。でも、兄貴は目を覚まさない。もしかしたら、脳内出血か何か、大変な事態が起きているかもしれないから、病院に運ぶときも、装置に繋がったままで入院したんだ。それで、色んな検査をしたんだけど、兄貴の脳は、完全に異常なしってお医者さんは請合った。でも、兄貴は眠ったまま……。もう、一週間になるよ」

「装置はどうなってる? 接続中なら、仮想人格は活動しているはずだ」

 晶は頷いた。

「そうみたい……。難しい話、判んないけど、何でも、兄貴の仮想人格は、仮想現実で正常に活動しているらしい。でも、どこの仮想現実にいるのか、さっぱり判らない。兄貴の普段の会話や、メールから、どうやら、この仮想大江戸にいるらしいと見当をつけたんだけど、確実な証拠が欲しかったんだ」

「それで、俺に頼んだんだな。お前の兄の名前を探して欲しいと!」


 晶はそっと、滲んだ涙を手の甲で拭う。

「兄貴がどっか悪くて、もう目覚めないかもしれないけど、こっちに来れば、仮想人格でも兄貴と会えるかもと思ったんだ……。あたし、仮想現実とか、江戸時代なんか、まるで興味なかったから、こうするしかなかったんだけど……」


 俺は唸り声を上げ、腕を組んだ。

 確実に、晶の兄は、俺の事件に何か関わりがある! それは直感だった。

 どういう関わりがあるか、今は、てんで五里霧中だが、この直感には、絶対の自信があった。

 俺は仮想現実と、仮想人格について考えた。


 仮想現実には、【遊客】の脳内イメージがコピーされ、投影される。仮想現実で過ごす体験は、コピーの仮想人格から、目覚める時にオリジナルの脳に転写されるから、記憶は保持される。

 しかし、強制切断が起きると、記憶は転写されず、本人は仮想現実での体験を失い、コピーはそのまま立ち往生する。これが〝ロスト〟だ。

 ところが、晶の兄の場合は、仮想人格だけが仮想現実で正常に活動し、本体は目覚めない。


 これは、おかしい。


 強制切断が正常に働かず、今でも晶の兄の脳は、仮想現実と繋がっているのだ。

 つまり……。

 俺の考えは、そこまで達し、後は壁に突き当たった。何しろ俺は、脳科学の専門家ではない。


 さくさくと草を踏みしめ、玄之介が近づいてくる。玄之介は腰を屈め、農具置き場を指差した。

「鞍家殿。どうやら、豆蔵が姿を表したようで御座る」

 晶は救われたように、目を瞬いた。先ほどまでの湿っぽい表情は、あっけらかんと消え去っている。

「下手人が来たのね!」


 玄之介は思い切り、渋い表情になった。

「晶殿。下手人とは、御白砂で判決が下り、死罪になった者の呼び名で御座る。もし現代日本なら『死刑囚が来た』と言うのと、同じで御座るぞ!」

 晶は玄之介の指摘に「ふん!」と首を竦めて見せた。そろそろ、玄之介の江戸オタクぶりが、五月蠅く感じてきたらしい。


 二人の遣り取りが、漫才ぽくなってきたので、俺は笑いを堪えるのに必死だった。もちろん、晶がボケで、玄之介がツッコミだ。

 笑いを誤魔化すため、俺は立ち上がり、農具置き場に目をやった。


 視覚を望遠モードに切り替えると、農具置き場の周辺が、ズームしたように、拡大されて見えてくる。夕暮れなので、暗視モードも併用する。

 背の高い草むらに、二人の人影が農具置き場に近づくのが見える。

 一人は背が高く、ひょろりと痩せている。もう一人は、反対に背が子供の背丈くらいしかなく、ちんまりとした身体つきだ。

 このくそ暑い最中に、全身を鎧兜に固めている。おまけに、まるで身体に似合わない、長大な刀を腰に差していた。多分、こいつが【火祭りの豆蔵】なのだ。


 もう一人は……。


 こちらも馬鹿長い刀を、持て余し気味に背中に担いでいる。余りに長大すぎ、腰に差すのも、背中に背負うのも不可能だ。

 女物の着物をだらしなく着崩し、だらだらとした歩きで、豆蔵の後を従いてくる。


 奴は……!


 そうだ! あいつは、俺を高輪の大木戸で待ち伏せしていた「弁天丸」とかいう、悪党の一人だ!

 俺は、ニッタリと、笑いを浮かべていた。


 とうとうお出ましだ!

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