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電脳遊客  作者: 万卜人
第五回 鞍家二郎三郎江戸城へ登城するの巻
36/87

 ぱたぱたという足音が近づき、すぐ背中に声が掛けられる。


「鞍家二郎三郎! 珍しいではないか! お主がお城に登るのは、初めてだな!」

 俺は諦め、足を止め、振り返る。

「ああ、ちょっとした用があってな。これから帰るところだ」


 相手は「いやいや」と首を横に振り、ニヤニヤ笑いを浮かべていた。背が高く、六尺……百八十センチは越えている。逞しい身体つきの、ギリシャ彫刻のような美男子という形容がぴったりの侍だった。

 彫りの深い顔に似合わない、下卑た笑いを張り付かせ、俺を「逃がさんぞ!」と言いたげに睨みつけている。


 身につけるものは、どれもたっぷり金が掛かっていそうである。象嵌ぞうがんが入った鍔つきの両刀は、柄は白柄、柄頭に金細工。足下は白足袋で、福草履を履いている。着物は卸し立てのように折り目がついて、染み一つない。


 外見、衣服など、どれも完璧であったが、唯一つ、男のどうしようもない品性のなさが、全身から滲み出てくる。

 荏子田多門えこだたもん。俺が最も、この世で会いたくないと切望している【遊客】である。俺と同じ、江戸創設メンバーで、当初は俺と同じ担当であった。


 が、一緒に江戸創設をしているうち、こいつの性格というのが段々と判ってきて、俺は極力避けるようになっていた。

 ともかく、こいつは、品性が卑しい。下品そのものの言動に、他人を陥れるのが生き甲斐という最悪の人物だ。しかも、自分は他人より高潔な性格をしていると、心の底から思い込んでいる。


 こいつを嫌っているのは、俺だけではない。俺と一緒に働いたメンバー総てが、嫌っている。しかし奴は、執念深く江戸創設メンバーの位置に留まり、今では幕府の中核に食い込んでいる。


 能力はある。奴の担当は、時代考証と、江戸NPCの性格デザインである。江戸町人らしい物腰、言葉遣いなど、奴がいなければ、江戸町人たちは存在しなかった。奴の存在は、江戸創設で相当に大きい。


 しかし、できるなら、一生ずーっと顔を合わせたくはなかった!


 玄之介は、ポカンとした顔つきのまま、所在無げに突っ立っている。

 多門は、じろじろと俺の全身を舐め回すような視線で眺め、口を開いた。

「お主、死んだと聞いたが?」

 俺はちょっと仰け反った姿勢になる。

「どこで知った?」


 俺の反応に、奴は得意げな表情になる。早耳がこいつの特技で、他人の弱みや、欠点を粗探あらさがしするのが、大好きなのだ。もちろん、自分が優位に立つためである。


「ま、色々とな……。それよりお主、どうして、のこのこ、お城に上がったのだ? お主は我々の再々の登城の要請に、頑として応じなかったではないか? どういう風の吹き回しなのだ?」

 俺は、ちょっと考えを変えた。こいつの早耳は恐ろしいほどだ。もしかすると、奴が俺たちの役に立つかもしれない。

「紅葉山文庫に用があってな」

「御文庫に?」


 多門は、きちんと「御文庫」と正確な物言いをする。時代考証担当だけは、ある。


「そうだ。文庫にあった、江戸開闢以来の【遊客】情報が、一つ残らず消去されていた。どう思う?」

「何だと!」


 思ったとおり、多門は俺の投げた餌に、ぱっくりと鮫のように食い付いてきた。

 両目が爛々と輝き、陰謀の期待に唇が笑いに歪み、今にもたらたらとよだれこぼれ落ちそうである。

 多門の頭の中が、高速で回転している状況が、目に見えるようだ。

 俺の投げかけた情報が、どのように自分にとって有利な情報に化けられるかと、猛然と計算しているのだろう。


 ようやく、多門は俺の隣にぼんやりと立っている玄之介に注意を振り向けた。一瞬にして、多門は玄之介が自分と同じ【遊客】であると判断したようだ。

 俺たち【遊客】は、一目ちらっと見るだけで、相手が【遊客】か、NPCであるか判別できる。そうでないと、色々と不都合が起きる。【遊客】相手に、NPCに対する気迫を発動させても、無駄だからだ。


「そちらの御仁は?」


 玄之介は不機嫌を押し隠し、自己紹介をした。今の今まで、完全に無視されていたのである。腹が煮え繰り返っても、不思議はない。

「松原玄之介と申します。火付盗賊改方与力として、鞍家二郎三郎殿の事件を捜査しております。よろしく……」

「ほほう……。火盗改の与力を……! それは大変なお仕事だ! いや、感服いたした」


 多門は顎を挙げ、言外に嘲笑するような含みをはらんで返答する。

 意識する、しないに関わらず、こいつの言葉遣いには、一瞬で相手を不快にさせる響きがある。


「何か判ったら、報せてくれ。連絡先は、火付盗賊改方頭の、榊原源五郎に寄越してくれれば、つく手筈になっている」

 俺の言葉に、多門は「心得た!」と短く答えた。

 今日のところは、これくらいでいいだろう。


 俺は何か考え込んでいる多門を残し、江戸城を後にした。

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