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電脳遊客  作者: 万卜人
第五回 鞍家二郎三郎江戸城へ登城するの巻
33/87

 俺は翌日、坂下門を前に立っていた。紅葉もみじ山文庫を訪問するには、この門を潜る。

 隣には、玄之介がポカンと口を開け、馬鹿のようにして江戸城を見上げている。

 俺は【遊客】で、しかも江戸創設メンバーであるから、特別の資格があって、江戸城には、いつでも登城できる。

 玄之介は与力であるが、【遊客】でもあり、供として登城できるのだ。女の晶は、同道できないので、お留守番だ。

 俺たちはこの日のために、肩衣、袴、紋付と正式のかみしも姿であった。こんなしゃちこばった、堅苦しい格好をしなければならないから、俺は極力、お城には近づかない方針であったが、どうしようもない。


「あれは、何で御座る?」


 玄之介が、呆れ果てたといった表情で、ぼんやりと腕を挙げ、江戸城の一画を指さす。俺は、強いて無表情を保ったまま、答える。


「何って、天守閣に決まってるだろう!」

 玄之介は、憤然となった。口許がきりりと引き締まり、何か言いたそうである。

「判ってる。江戸の歴史の大半、江戸城には天守閣は存在しなかった、と言いたいんだろう?」


 俺は、玄之介の機先を制してやった! 玄之介は、口をパクパクさせているだけだ。さぞかし、時代考証について、長々と高言をのたまいたかったのだろうが。

 本丸の辺りには、竹(やぐら)が組まれ、壁が塗られ、屋根には職人が多数働き、瓦をせっせといている。

 天守閣の、再建工事である。ほぼ、工事は八割がた完了している。この分では、さ来週には落成を見るだろう。


 俺たちの江戸では、最初、史実通りに、江戸城には天守を置かない方針だった。しかし、やってくる【遊客】たちの「なぜ天守閣を作らないのか?」というリクエストが多数寄せられたため、方針を変えた。

 それに、天守閣工事には、かなりの額の予算が計上されるから、景気刺激策にもなる。エジプトのピラミッドが、当時の農民にとっての、農閑期に仕事を提供するための、公共工事であったというのと、まったく同じである。


 当初は、三代将軍家光の再建した天守閣にするつもりだったが、時代劇で登場する天守閣の外観に馴染みがあるという理由で、姫路城のデータを流用している。

 俺たちが登城する際には、七面倒な手続きが必要だ。それらは大半、火付盗賊改方である、榊原源五郎の配下がこなしてくれたが、俺たちもまた、江戸城に入るには、ぶらりと散歩がてら、とは行かない。


 あまりくだくだしい説明は省こう。ともかく、坂下門から俺たちの人物同定のための番所で、念入りに身分、用向きなどを確かめられ、百人番所でも、またまたチェックを受ける。ようやく、目的の、書物同心の前に出た頃には、俺たちはへとへとになっていた。


 途中、源五郎から、茶坊主に賄賂を渡すよう、念入りに忠告されていたので、俺は懐にたんまり、小銭を用意していた。俺は小判でもいいのだが、額が多すぎるのも、トラブルの元だと聞かされた。


 この、茶坊主にさりげなく賄賂を贈るというのも、技術がいる。タイミングを計って、他人目を避け、自然に渡さねばならない。ともかく、二度と御免である!


「江戸の【遊客】について、情報がお入りだそうですな」

 俺たちを応対したのは、書物同心の、吉川という、五十代頃の、福々しく肥満した侍だった。江戸城の、通称「紅葉山文庫」を管理する、書物奉行の配下である。

 もっとも、江戸時代中は、紅葉山文庫とは呼ばれておらず「楓山文庫」または単に「御文庫」とのみ、呼ばれていたようだ。しかし紅葉山というのが、通りが良いので、俺たちの江戸では、こっちの呼称で通用している。


 文庫が、今の図書館であれば、書物同心は司書にあたる。

 同心の質問に、玄之介が答える。


「はっ……、江戸において、悪党供の不穏の動きが見られるため、少々お力を拝借いたしたいと……」


 玄之介は吉川に向け、紫色の包みを、畳表に滑らせる。吉川はちらっ、と包みを見やると、視線を明後日に向け、偶然のように懐に仕舞いこむ。まことに、鮮やかな手並みだった。

 もちろん、賄賂である。むしろ、手数料の意味合いが大きい。

「では、御同道を願いたい」


 吉川は、さっさと立ち上がり、俺たちを案内してくれた。

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