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電脳遊客  作者: 万卜人
第一回 鞍家二郎三郎の闇の本拠地への侵入と、悲劇的な結末の巻
3/87

 俺は、おっかなびっくりで、階段を降りて行く。正直、こんな冒険は、初めての経験だ。俺たち【遊客】は、NPCなど比べられないほど、抜群の体力と、運動神経を備え、様々な武道を修得している。

 俺自身、北辰一刀流の達人である。しかし達人のみが到達できる、どんな危急の際にも発揮する、精神状態までは真似できない。


 白状すると、一刻も早く、ここから尻尾を巻いて逃げ出したいのだ。留吉の前ではせいぜい強がっていたが、恐ろしいのは俺も同じだ。


 ばたん! と、出し抜けに背後で音がして、振り返ると、入口の天板が閉まっていた。自動で閉まったのだろうか? それとも?

 当然、辺りは真っ暗闇に包まれる。完全な暗闇に、俺は暗視モードにするかどうか、迷っていた。


 どきどきどき……。俺の心臓が、胸の奥で陽気に跳ね回っている。


 次の瞬間、目の前が真っ白になった。悲鳴を押し殺し、俺は両目を手で覆い、蹲った。

 恐る恐る手を開くと、指の隙間から人工的な光が差し込んでくる。危なかった! もし暗視モードにしていたら、今の不意の光をまともに見てしまい、視神経に深刻なダメージを残したはずだ。

 俺は冷え冷えとした照明の下、地下通路に立ち尽くしていた。

 何も知らずに連れて来られたら、現実世界のどこかの建物に迷い込んだのかと、思ってしまうだろう。コンクリート打ちっ放しの、無愛想な壁面に、床はすべすべした材質でできている。絶対、江戸時代の工法ではありえない!


 いったい、どこのどいつが、明白な違反を犯したのか? 俺は怒りで、一瞬恐怖をすっかり忘れ果てていた。

 この江戸は、俺たちが創設した、大事な仮想現実である。絶対、許すべきではない!


 俺は左右を眺めた。どちらへ向かうべきだろうか?

 右の方向が奥深そうである。


 通路を辿ると、二手に別れている。左の方向から、足音が聞こえてくる。

 俺は緊張した。

 と、同時に、明らかな敵の出現に気分が軽くなる。正体不明の脅威に比べれば、遙かにマシだ!


 遂に敵が現れた。

 どっしりとした身体つきの、大男だ。現代的な通路にまるで似合わない、山賊のような格好をしている。

 何かの獣の毛皮を身につけ、腰には胴太貫のような、どでかい大刀をぶち込んでいる。顔には真っ黒な髭を生やし、頭は総髪にして、戦国時代のような茶筅髷をしている。

 大男は俺を認め、ニッタリと笑いかけた。


「お前、誰?」


 ぶつぶつと途切れるような、ぶっきら棒な言葉を発する。こいつ、馬鹿か? 俺はそれでも、一応、返事をしてやった。


「お前こそ、誰だ? ここは何をするところだ?」


 大男の目が見開かれた。一瞬で表情に怒りが浮かぶ。

「お前、敵! 殺す!」


 知性の欠片も感じさせない、極端に言葉数を節約した話しかたである。多分、山賊属性の、NPCだろう。

 俺は大男に向かって、一歩ぐいっと踏み出し、両目にあらん限りの力を込め、睨みつけた。

 大男の表情に、微かな不安が浮かんだ。


「どけ! 命が惜しければ、俺に手を出すな!」


 俺が叫ぶと、大男はたじたじとなった。思ったとおりだ! こいつはNPCだ! NPCは、俺のような現実世界の【遊客】には、本能的に恐怖を抱くのである。剣道の世界で言う「位負け」ってやつだ。

 それでも大男の脳味噌は、救いようのないほどトロいらしい。大男はもぞもぞと手探りで腰の胴太貫に手を伸ばした。

 自分が武器を持っている事実に力を得たのか、唸り声を上げ、すらりと抜き放つ。

 照明に、大男の刀身が玲瓏れいろうとした光を放っている。柄にもなく、大男はいい刀を選んでいる。

 大男は両腕で柄を掴み、じりじりと刀身を上げ、上段の構えを取る。ずっしりと腰が下り、全身から必殺の気合が放たれた。


 大男の腕が完全に頭の上に持ち上げられ、わざとのように、胴ががら空きになる。誘いの手だ。胴に打ち込めば、即座に腕が振り下ろされ、俺の頭に刀が下りてくる。

 俺は上体を心持ち前へ傾け、大男の顔から視線を逸らし、一点に集中しないようにして抜き打ちの構えを取った。手は大刀の柄に軽く添えられているが、まだ抜かない。

 大男は自信をぐらつかせたようだ。それでも俺の力量を見誤るという、どうしようもない過誤を犯す。


「うおーっ!」


 大男の口から、通路一杯に響き渡るような、大声が上がった。が、俺は大男が口を開く寸前、叫び返していた。


「きえーいっ!」


 俺の叫び声に、大男の構えがガタガタとなった。両腕が伸びきり、腰が引け、必殺の刀身から完全に力が抜け切る。

【遊客】のみが発する、裂帛れっぱくの気合だ。俺の気合に対抗できるNPCは、金輪際、存在し得ない。

 俺は身を低くし、大男の振り被る刀を楽々とかわし、手にした刀を一閃させた。

 ぼくっ! と、鈍い音が響き、大男は胴太貫を振り被った姿勢のまま、凝固していた。


「ぶふっ! うぐうっ!」


 大男の顔が、見る間に真っ赤に染まる。頬がぷーっ、と河豚提灯のように膨らみ、全身を海老のように屈める。

 がちゃん、と派手な音を立て、大男の手から胴太貫が床に転がった。

 俺の一刀が、大男の脇腹をまともに捉えていたのだ。恐らく、大男の肋骨の何本かが折れているだろう。

 俺は手にした自分の刀身を、照明にかざしていた。大男に抜き打ちの構えを見せた理由は、俺の刀身を見せたくはなかったからである。なぜなら、俺の刀には刃がついていない。つまり、完全ななまくら刀なのだ。

 俺の方針として、NPCを殺すのは極力避けたい。そのため、刀には、わざと刃をつけない鈍ら刀を愛用している。もしも大男が俺の刀身を目にしたら、完全に俺を舐めて懸かるだろうと判断したのである。

 しかし、いくら鈍ら刀とはいえ、全長数十センチの鉄の棒である。力を込めて殴り懸かれば、冗談事では済まない。


 どた! と、大男は横倒しになった。


 俺は刀を鞘に収め、大男の歩いてきた方向へ歩みを進める。背後で、大男の苦痛に喘ぐ呻き声が聞こえてくるが、無視する。

 さらに下層へ通じる階段を見つけた。


 俺は階段を下りて行った。

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