五
晶が質問してきた。
「考証派って、何よ?」
「読んで字の如しだ。江戸を再現するには、何から何まで、時代考証をきっちり押さえるべきだと主張している連中でね。俺たちが作ったこの江戸に、大いに文句がありそうだ」
玄之介は言い返す。
「それの、どこが可笑しいのです?」
俺は、ちょっと首を竦めた。
「可笑しくはないがね。ただ、あまりに教条的すぎやしないかと思うだけさ。ここは仮想現実だ。本物の江戸とは違って当然だろう? 他の江戸はどうか、知らないが」
晶は俺の話に目を見開いた。
「他にも江戸があるの? 仮想現実に」
俺は頷き、玄之介に目をやった。玄之介は横を向き、押し黙っている。
「あるさ! 仮想現実が普及してから、色んな連中が江戸を再現してきた。多分、そこの玄之介の旦那は、最も時代考証を重視した、東京都肝いりの江戸からやって来たんじゃないのかな?」
玄之介はちゃんと聞いているようだ。見る見る顔が茹蛸のように、真赤になる。
俺の悪い癖で、つい追い討ちを懸けた。
「東京都肝いりで、江戸を隅から隅まで時代考証で、固めた江戸ができた。ところが、その江戸は、完成してから不思議と活気がなくなり、江戸の繁華も見る影もなく寂れてしまった。今じゃ、訪れる【遊客】も、ほんの僅かだ」
とうとう玄之介が口を開く。
「鞍家殿。貴殿の口振りでは、あの江戸が寂れた原因が、判っておりそうですな?」
俺は、ひらひらと手を振って見せた。
「俺は学者じゃねえからな! だが、俺の思うに、町ってのは生き物だ。新しい血が入らないと、生きる力を失うんじゃないのか? あの江戸は、あまりに窮屈すぎた!【遊客】の入国条件も、物凄く厳しく、ほんのちょっとでも、史実にそぐわない行動をとると、即座におっ放り出される仕組みだった。あれじゃ、よほどの物好きか、マゾな人間しか、居つかねえよ!」
玄之介はジロジロと晶の服装を見詰める。
「成る程……。晶殿のような、珍奇な扮装をしても、ここの江戸町人は何も言いませぬ。慣れ切っておるようですな!」
玄之介は、それきり黙りこくり、何か物思いに耽っているようだ。
人力車は順調に快走を続け、遂に目的地が近づいてきた。
神田明神近くは門前町を形成し、広い通りができている。人力車を降りた玄之介は、驚きの声を上げた。
「何ですか、これは?」
俺は笑いを堪え切れなかった。
コチコチの石頭らしき玄之介が、こっちの江戸の秋葉原を見てどう反応するか楽しみだったのだが、案の定だ!
俺は玄之介の肩を、ポンと叩いて促した。
「行こうぜ。愚図愚図していたら、日が暮れらあ!」