三
源五郎が退出し、可笑しそうに、俺と晶の遣り取りを見守っていた玄之介は、唇を湿らせ、口火を切った。
「さて、これから、いかが致します」
俺は玄之介に向き直った。この男、中々江戸には慣れているようで、口調はかなり侍らしくこなれている。
「源五郎から、事件については、何か聞いているかえ?」
「はあ。貴殿が江戸で死体となって見つかった顛末については詳しく。何でも、水死体だったそうですな。やはり、他殺ですか?」
晶は、キョトンとした表情になる。
「殺人事件! 本当?」
次いで両目がキラキラとしてきた。薄笑いを浮かべ、興味津々といった顔付きである。
俺は、ぶるん、と首を振った。
「判らん。他殺だった可能性は強い。何しろ、俺は【遊客】だからな。死体になる前に、現実世界へ脱出できなかったのが、どうにも理解不可能だ」
玄之介は考え深げな目つきになった。
「お頭の説明には、検校という名前が出たそうですな。本当の検校が、貴殿の事件に関わっておるのでしょうか?」
俺は再び首を振る。
「それも判らん。俺の勘じゃ、本物の検校じゃなく、渾名か自称だと思う。しかし、確かめる必要はあるな」
「ははあ……」と嘆息する。
晶は俺たちの遣り取りが、さっぱり理解できない様子だ。
「何か問題でもあるの? とにかく、捜査を開始しましょうよ! 殺人事件なんて、あたし初めて!」
まったく、お気楽な娘である。この調子で従いてこられるかと思うと、うんざりだ。
俺は、やむなく説明した。
「検校とは、目の見えない連中の最高位だ。その身分は、幕府によって守られている。一種の大名と同じともいえる。俺たちが、簡単にどうのこうの対処できる相手じゃない」
玄之介が口を挟んだ。
「しかし、手懸りにはなりますでしょう。まず、会って見る必要はありますな。江戸で現在、検校を名乗っているのは……」
俺は頭の中で、江戸についての最新情報を検索した。【遊客】は、常に仮想現実の情報を入手できる。たちまち、回答が出た。
同じ検索を、玄之介もしたのだろう。お互いの視線がかち合った。
「松戸検校!」
二人とも同時に声を上げていた。
俺は再び検索に戻り、松戸検校についての詳細を入手した。それによると、松戸検校とは、かなり厄介な相手らしい。
厄介というより、変人の部類に入る。
俺は立ち上がり、屋敷に響き渡る叫び声を上げる。
「左内! 左内はいるかえ? 頼みがある」
俺の叫びに、左内老人が皴深い顔に、思い切り渋面を張り付かせ、急ぎ足でやってくる。
「堂間声を張り上げおって! 拙者の名前を、気安く呼ぶでない」
俺は宥めるために、手を上げた。
「すまん! あんたの力が必要だ」
左内老人は、顰め面を保ったまま返事をした。
「それで、用と申すは?」
「松戸検校に会いたい。人を遣ってくれないか」
老人は驚きに、両眉を思い切り跳ね上げた。
江戸では、人を訪ねる際、かならず事前にアポイトメンを必要とする。特に、相手が身分あるなら、なおさらだ。
この場合、我々が訪問しても良いかどうか、会うならいつの時間が都合が良いか、確かめなければならない。
このため、他人を訪問するのは、場合によっては、一日がかりの仕事となる。
左内老人は、源五郎に言い含められているのだろう。俺の頼みを、ぶつぶつ文句を垂れながらも、手早く叶えてくれた。
俺たちは、返事を待った。