二
俺は、いかにも間の抜けた面をぶら下げていたろう。晶は慌てて座り直し「何か文句ある?」とでも言いたそうな顔をすると、澄ました表情を作ってツンと顎を上げた。
「お、お、お前! な、な、何で?」
俺は完全に頭の中が真っ白になっていた。まさか、この女が登場するとは、今の今まで完全に予想外だった。
晶は、にいーっ、と『不思議の国のアリス』に出てくるチェシャー・キャットのような笑みを浮かべた。
「あんたに言われた、品川の口入屋に、あたしの就職先を紹介して貰ったの! 大したものね! 伊呂波の旦那って名前を出したら、口入屋の親爺、親身になって相談に乗ってくれたわ。それで、榊原さんに、紹介状を持ってやって来た、って訳」
源五郎は「榊原さん」という晶の言葉に、ピクリと眉を上げただけで何も言わなかった。本来なら「お頭」と呼びかけるべきだが。
源五郎は腕組みをして、表情を変えず、俺に向かって口を開いた。
「この娘、江戸で何やら人捜しをしたいそうじゃ。しかし、江戸については、まるっきり無知でな。それで、まず江戸の人情、地理などを身につけるため、儂の所へ口入屋が案内したのじゃ。何しろ火付盗賊改の仕事は広範囲にわたるでな。女であるから、同心などにはなれぬが、まあ、岡っ引き、下っ引きなら、あり得ぬ訳ではない。そこの、松原玄之介与力の配下という名目で、お主に面倒を見て貰いたい」
俺は、仰け反っていた。
「俺に? こいつの面倒を見ろってのか! 冗談じゃない! こんな、ただの時代劇ファンなんか、お荷物でしかない!」
晶は憤然として、俺に噛み付いた。
「何が、お荷物よ! それに、いつ、あたしが時代劇ファンだなんて、あんたに言ったの?」
俺は晶の反撃に首を捻った。
「時代劇が好きで、江戸に来たんじゃないのか? だって、その女忍者姿……」
「あたし、時代劇なんて、大っ嫌い! あんなの、爺さんや、婆さんが見るもんじゃないの。江戸で色んな場所に忍び込む場面があるかもしれないから、忍者になったの!」
俺は、源五郎の言葉の切れ端に引っ掛かった。
「人捜しが目的だと言ってたな。本当か?」
晶は頷いた。
「本当よ。でも、今は言いたくない」
晶の表情は頑なだった。
源五郎は人の悪い笑いを浮かべると、立ち上がった。
「さて、儂は仕事が詰まって、そうそうお主らの相手もしてはおられぬ。後はお主らで、良いように相談せい!」
座敷をさっさと退出する寸前、俺に向かって思い出したように質問を投げかける。
「ところで、時代劇ファンとは、何じゃ?」
俺はズッコケた。