表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電脳遊客  作者: 万卜人
第一回 鞍家二郎三郎の闇の本拠地への侵入と、悲劇的な結末の巻
2/87

 ゆっくりと俺は廃寺に近づき、両目の暗視モードを、赤外線に切り替えた。【遊客】のみが使える、一種の特殊能力だ。

 超能力とは言いたくない。あれは不可知論の領域なのだが、俺たちの能力は、完全に科学で説明可能なのだ。


 一瞬で、灰色の視界が、揺らめく紅蓮の炎に包まれた荒れ寺に変化した。昼間の熱が、寺の崩れかけた塀や、屋根の瓦から放射されているのが判別できた。ほとんどは、昼間の日差しの名残りだが、廃寺の奥からは、別の熱の放射が感知される。

 門を見ると、幾人かの足跡が、熱のわだかまりを見せ、廃寺の正面に消えている。確実に、夜になって、誰かがこの場所に足を踏み入れている。それも一人ではない。


 俺は、にやりと唇を歪め、他人からは「ハイエナの笑い」と呼ばれる表情を作った。そんなに俺の顔は悪どいのかと、俺は常々疑問に思っているが、他人の評価など、そんなものだ。


 ぴたりと動きを止め、耳を澄ます。


 途端に、それまで意識していなかった虫の音、葦が僅かな風に嬲られ、掠れる音、遠くのざわめき、風の音がわっ、とばかりに、俺の耳に飛び込んでくる。感度を上げすぎたせいだ。

 俺は意識操作で、俺にとって意味のない音をカットする〝カクテル・パーティ〟フィルターを起動させた。通常、聴取できない超低音──二十ヘルツ以下の超低周波に意識を集中させる。


 思ったとおりだ!


 微かな律動音シグナルが、地面の下から聞こえてくる。地面に耳を押し当てると、さらに律動音は、くっきりと聞き取れた。

 会心の笑みが浮かぶ。その時ばかりは、俺は、狼が獲物を前にした時の、涎がたらたら口の端から垂れそうな、凄みのある笑みを浮かべているはずだ。


 じわじわと、俺の体温で、辺りが赤外線の放射を見せ始めたので、俺は視界を通常より、やや感度を上げた、夜目に変えた。暗視モードほど、辺りははっきりと見てとれないが、うっかり星空を見上げると、星の光さえあまりに眩しすぎるので、このほうが都合がいい。

 俺は門を潜り、境内に足を踏み入れた。

 荒れ果てた庭に、覆い被さるような木々が鬱蒼と茂っている。湿気が強いのか、ぷん、と苔の匂いが籠もっていた。


 慎重に、廃寺に近づいた。

 足音は立てない。


 俺は自分の仮想人格をデザインする際、感覚を研ぎ澄ませた、忍者のような性格を頭に入れて製作している。多少、通常のNPCに比べれば体力は上回り、苦痛に耐える上限も高めにしているが、見かけはぱっとしない、ただの男である。

 他の【遊客】は、山のような筋肉の固まりか、あるいは女と見間違うほどの優男、女なら、目の飛び出るような絢爛豪華な美女にするのだが、俺はほぼ、現実の自分と同じ見かけにしている。

 よくからかわれる長い顔。大きな口。両目は細く、狡賢そうな表情をしている。どう見ても、水も滴るいい男、とは言いかねるが、なあに、これでも、俺は結構もてるのだ。


 話が横道に逸れた。


 俺は全身の神経を、ぴりぴりと緊張させ、一歩一歩、そこに爆弾が埋まっているかのように、足を下ろし、じわりと体重を乗せると、次の一歩を踏み出した。

 廃寺の障子は開け広げになっている。俺は土足で踏み込むと、周囲を抜け目なく見渡した。


 あの柱が怪しい。


 他の柱が、雨風に打たれ、今にも折れそうな枯れ切った状態なのに対し、なぜか、俺の目のつけた柱だけは、つやつやと表面が黒光りしている。何人もの手が触り、手脂が表面を保護しているのだ。

 確認のため、一瞬赤外線モードにすると、柱の周りには、以前の足跡が熱の残滓を見せ、微かに光っている。

 顔を押し付けるようにして、しげしげと見入る。目を精細モードにして、表面を拡大する。


 あった!


 目に見えるか、見えないほどの、小さな合わせ目が見てとれた。俺は指先を近づけ、爪先を引っ掛けるようにして、ぐいと力を込めた。

 呆気なく、ぱたりと表面が開き、十進キーが俺の目の前に顕わになる。確実に、暗証入力装置だ! キーの下には、カードを挿入する細い隙間があった。

 俺は懐から、かねて用意の開錠セットを取り出した。指先で薄い読取装置を掴むと、カード挿入口に押し込む。読取装置のディスプレイが忙しく瞬き、電子の指先が、目の前の暗証入力装置に隠された、開錠システムをまさぐる。


 ぴーっ! と、俺にとっては、一杯に膨らんだゴム風船が勢い良く破裂したほどの音が響き、暗証を探し当てたと読取装置が誇らしげに作業の終了を告げる。

 溜息のような音が洩れ、寺の床板の一部が僅かに持ち上がった。あれが入口だ!

 俺は屈みこみ、床板をゆっくりと押し開けた。歯ぎしりするほど、自分でも慎重な動きである。


 落ち着け! 落ち着け!


 留吉に言い聞かせた台詞を、自分に呪文のように繰り替えす。


 開いた!


 黒々と、地下への入口が、俺の目の前に現れた。階段がついている。

 俺は腰の大刀の鯉口を切り、いつでも抜き打ちできる構えを取って、地下への階段に足を載せた……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ