あなたにあの子がチョッカイ出すので気をつけて欲しいだけなんだから!
遂に十二神将の名前が明らかになります(笑)。
有栖川亜梨沙は大富豪である有栖川龍之介の一人娘で、高校二年生です。
ちなみに亜梨沙はそれなりに美少女です。
そんな亜梨沙の邸に新しく執事が来ました。
その人の名はトーマス・バトラー。執事の本場である英国の出身です。
金髪で碧眼。その上イケメンで、亜梨沙は完全に一目惚れしてしまいました。
でも誰にも内緒にしています。
「では、行って来る」
龍之介はいつものように会社に出勤です。
メイド十人、庭師五人、コック三人、警備員二十人が龍之介を見送ります。
そしてトーマスも見送ります。メイド達は龍之介に顔だけ向けてトーマスに目を向けています。
皆、トーマスの虜です。
警備員の一人も熱い視線をトーマスに送っています。どうやらそちらの方のようです。
「亜梨沙」
龍之介はいつものように亜梨沙に向かって頬を突き出します。
行ってらっしゃいのキスの要求です。
「もう、仕方ないなあ」
亜梨沙は本当は嫌ではないのに、苦笑いしながら父に近づきます。
トーマスが微笑んでこちらを見ているのがわかります。
(ここでまたキスしなかったら、私がトムを好きな事を悟られちゃう!)
亜梨沙は意を決して、ガツンと龍之介の頬にキスをしました。
「おう、今日は何だか気合が入っていたな、亜梨沙? 三日ぶりだからかな?」
龍之介は嬉しそうに亜梨沙を見下ろします。
亜梨沙はその「三日ぶり」に反応してしまいました。
「パ、パパ、そんな事、ここで言わないでよね!」
亜梨沙は真っ赤になってそこから駆け出し、玄関に飛び込みました。
龍之介には何の事かわかりません。
「あのくらいの年齢は、一番難しいな」
彼は肩を竦めてリムジンに乗り込みました。
「行ってらっしゃいませ」
トーマス達は走り去るリムジンに深々と頭を下げました。
早とちりが制服を着ているような性格の亜梨沙は、父がてっきり便秘の事を言ったと勘違いし、慌てて逃げ出したのでした。
(もう、パパッたら、私のお通じが三日ぶりだったなんて、トムの前で言わないでよね!)
龍之介が亜梨沙のお通じの事を知るはずがないのですが、いろいろとテンパっている亜梨沙にはそれがわかりません。
「ああ、また遅刻しそうだわ!」
亜梨沙は慌てて鞄を肩に駆け、庭を走り出します。例によって、赤チェックのプリーツスカートがヒラヒラしてパンチラ必至です。
「お嬢様、どうなさったのですか?」
庭の先に何故かトーマスがいます。亜梨沙は慌ててスカートの裾を押さえ、
「遅刻しそうなの!」
とトーマスから顔を背けて答えます。するとトーマスは、
「では、私がお送り致します」
「この前その事で担任の先生に注意されたから、ダメよ!」
亜梨沙はトーマスの横をすり抜け、また走り出しました。
「坂野上先生でしたら、これからはいつでも車で来てくださいとおっしゃってくださいましたが?」
トーマスのその言葉に、亜梨沙はクラス担任の坂野上麻莉乃先生の恐るべき陰謀を感じます。
「そうなんだ……」
亜梨沙は麻莉乃先生の用意周到さに項垂れました。
「では、お乗りください、お嬢様」
トーマスはたちどころに亜梨沙専用の白のリムジンで乗り付け、亜梨沙の右手を取って後部ドアを開き、彼女を乗せてくれました。
またトーマスに握られた右手をポオッと見つめる亜梨沙です。
「到着致しました、お嬢様」
またポオッとしているうちに学園に着いてしまいました。
(ああ、この時間が短過ぎるわ……)
トーマスと同じ車内にいる喜びをもう少し堪能したい亜梨沙でした。
学園前は、亜梨沙のリムジンの登場に人だかりができています。
亜梨沙目当ての男子達もたくさんいるのですが、それ以上にトーマス目当ての女子生徒がたくさんいます。
よく見ると、女性の先生方まで遠巻きにリムジンを見ています。
恐るべし、トーマスです。
「おはようございます、有栖川さん」
そこへ魔女の麻莉乃先生が笑顔全開、胸元も全開で現れました。いつもより目に来る強烈なピンクのパンツスーツです。
某芸人夫婦を思い出させます。
そして、男子達の、
「おおお!」
という雄叫びのような歓声と、
「はあ」
という女子生徒達の溜息が聞こえます。
「お、おはようございます、麻莉乃先生」
亜梨沙はトーマスにまた右手を掴まれてリムジンを降りたので、ポオッとしたままで挨拶しました。
麻莉乃先生はトーマスに微笑んで、
「先日は失礼致しました」
とお辞儀をします。トーマスもそれに応じて、
「こちらこそ、至らないお世話で申し訳ありませんでした」
と華麗にお辞儀を返します。それを見て失神する女子生徒が何人もいました。
麻莉乃先生も危うくクラッと来ましたが、さすが三十路目前の貫禄です。踏み止まりました。
(もう貴方の視線や行動くらいで落とされなくてよ、執事さん)
麻莉乃先生は悪い魔女の顔になりました。
「またお話したいですわね、バトラーさん」
麻莉乃先生は大きく深く開いた胸元を強調して言います。ドヤ顔が怖いです。
男子生徒の多くが、それを見て前屈みになりました。
何があったのでしょうか?
「いつでもおいでください。私のような者でよろしければ、お相手させていただきます」
トーマスは白い歯をキラッと輝かせて言いました。
「ふうう……」
その輝きの直撃を受けて、麻莉乃先生はとうとう倒れてしまい、近くにいた女子生徒達もクラクラしてしまいます。
「いかがなさいましたか、坂野上先生?」
トーマスは崩れ落ちる麻莉乃先生を素早く抱き止めます。
(いやああ、トムゥッ!)
それを目の当たりにして心の中で絶叫する亜梨沙です。
天照学園高等部の正門付近は、トーマスによって大混乱に陥りました。
「有栖川亜梨沙の邸の執事か。おのれ、坂野上先生を抱きしめやがって!」
それを離れた場所から見ている 美津瑠木新之助先生です。
彼は麻莉乃先生が好きなので、トーマスに敵意を抱きました。
(許さん、許さんぞ! いつか勝負してやる!)
勝手に対戦モードの新之助先生です。
そして、麻莉乃先生は保健室に運ばれ、亜梨沙のクラスのホームルームはクラス委員が仕切り、一時間目の英語は自習になりました。
「それにしても凄かったわね、亜梨沙の邸の執事さん」
親友の桜小路蘭が言います。
「大した事ないわよ。麻莉乃先生、具合が悪かったんじゃないの?」
亜梨沙はそう言いながら、
(許してェ、トムゥ! 本心じゃないのよォ!)
と心の中で血の涙を流します。
(でも、さすがトムね。麻莉乃先生を返り討ちよ)
密かにほくそ笑む亜梨沙です。
「そうかなあ。私はジョニデの方がカッコいいと思うわ」
天然炸裂娘の桃之木彩乃が言います。
彼女は遠くからトーマスを見ただけなので、本当の凄さを知りません。
「そうね。ジョニデの方がカッコいいわね」
また心にもない事を口にし、
(そんな事ないわよォ、トムゥ! 貴方が一番よォ!)
と心の中で絶叫する亜梨沙です。もう重症です。
「でもいいなあ、亜梨沙は。私の邸の執事は全員おじ様で、全くときめかないのよね」
蘭が溜息混じりに言います。すると亜梨沙はここぞとばかりに、
「あれえ、蘭はトーマスが気になるのかなあ?」
とからかいます。しかし、蘭は、
「ええ、とっても気になるわ」
その返しにギクッとする亜梨沙です。それでも何とか、
「だったら今日ウチに来れば? 会わせてあげるわよ」
亜梨沙は心の内で、
(いくら男子捕獲率100%の蘭だって、トムにかかれば敵じゃないわ)
と得意そうです。別に亜梨沙が威張る事ではありませんが。
「遠慮しとくわ。ちょっと忙しいのよ、いろいろと」
何故か蘭は乗って来ません。
(さては蘭め、麻莉乃先生が撃沈したので、警戒してるな?)
亜梨沙はニヤリとしました。
それは半分当たっています。
蘭はトーマスより、亜梨沙の邸の庭にいる通称十二神将のドーベルマン達が怖いのです。
(今はまだ決戦の時ではない)
蘭は亜梨沙の挑発を受け流す事にしました。
そして、下校時刻です。
「また明日ね!」
陸上の短距離スプリンター並みの速さで学園を去る蘭です。
「一体どうしたのかしら、蘭は?」
亜梨沙が首を傾げていると、彩乃が、
「きっと何か嵌る趣味を見つけたのよ、蘭ちゃんも。でも、ジョニデだったら困るな」
と天然を炸裂です。
「それは絶対ないと思うよ」
亜梨沙は苦笑いして言いました。
(あの現実主義者の蘭が芸能人に嵌ったりする訳がないわ)
そして急に不安になる亜梨沙です。
(蘭は目的のためなら手段を選ばないタイプだわ。トムが危ないかしら?)
しかし、今朝の「戦い」を見る限り、蘭がトーマスに勝てる要素はないと思う亜梨沙です。
(心配ないか)
結構楽天的な亜梨沙です。
「隙あり!」
そんな亜梨沙の背後から、懲りない男、早乙女小次郎が迫ります。
「甘い!」
亜梨沙の左回し蹴りが炸裂し、小次郎は無残に跳ね飛ばされました。
「今日は、青の……ボーダーか……」
それでもしっかり亜梨沙のスカートの中だけは見逃さない小次郎です。
「何考えてるのよ、あんたは!?」
亜梨沙は仁王立ちで罵りました。ボロ雑巾のような小次郎からは返事はありません。
「多分何も考えてない」
離れたところから見ていた小次郎の親友である高司譲児が呟きました。
一方、邸に帰った蘭は自分の部屋の大きな扉の前で深呼吸しています。
「今日は逃げないわ。苦手は克服しないとね」
蘭はまるで戦場に赴く兵士のような顔で扉を開き、中に入ります。
中から犬の鳴き声が聞こえ、
「いやああ!」
蘭の断末魔のような叫び声が聞こえました。
何をしているのでしょうか?
亜梨沙は彩乃と邸の前で別れ、庭を歩きます。
(大丈夫だと思うけど……)
また不安になる亜梨沙です。
そこへ亜梨沙に気づいて駆け寄って来る十二神将です。皆大喜びです。
「只今、金比羅、伐折羅、迷企羅、安底羅、頞儞羅、珊底羅、因達羅、波夷羅、摩虎羅、真達羅、招杜羅、毘羯羅!」
亜梨沙にじゃれつく十二神将達ですが、知らない人が見たら、ドーベルマンに襲われている女子高生に見えるでしょう。
亜梨沙はしゃがみ込んで十二神将達を撫でました。前から見ると多分パ○ツ丸見えです。
「ねえ、貴女達、蘭がトムを狙っているらしいの。大丈夫かな?」
そんな事を犬に訊くのもどうかと思われます。でも、亜梨沙は真剣なのです。
十二神将達は亜梨沙に元気がないので、心配そうです。
クウンと鼻を鳴らして、亜梨沙を慰めているようです。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
そこへいきなりトーマスが現れました。
「た、只今、トム」
亜梨沙は慌てて立ち上がります。
(み、見られた?)
真っ赤になる亜梨沙です。
(でもトムになら見られても……)
バカな妄想をしてハッと我に返ります。
「いかがなさいましたか、お嬢様?」
不思議そうな顔で自分を見ているトーマスに気づき、
「あ、あなたにあの子がチョッカイ出すので気をつけて欲しいだけなんだから!」
とまたしても意味不明な事を言って駆け去る亜梨沙です。
「ありがとうございます、お嬢様」
トーマスは恭しくお辞儀をしました。
それをメイド達三人が見てしまい、卒倒しました。
またまたお読みいただき、ありがとうございます。