7 無知では人生、渡っていけません
固定観念にとらわれてはいけません。
そんな教科書にでも書いてありそうなことを考えつつ、応接室でお茶をすすっているわたしは、当然アゼルさんとベリスさんの間に腰を下ろしていた。
対する天使の双子は、向かい側で難しい表情のままこちらを見ている。
邪魔された朝食はあのまま食べ続けられるはずもなく、腹八分目どころか半分も満たしていない状態で応接室に移動するはめになった。
だというのに、早朝から人の家を襲撃した迷惑天使は『保護する』とか『助けに来た』とか言い募って、悪魔の双子からわたしを引き離そうとしたのだ。
そこで、さっきの考え事に戻るわけだが、天使が善で悪魔が悪なんてのは物語だけの話しなんじゃないかと思うわけ。だって現実ときたら、明らかに天使の方が無理難題を押し通そうとする悪い人(?)に見える。横でわたしを守るように座ってる悪魔の方がよほど善人(?)だ。
「とにかく話しを聞いてくれないか」
さっきから何度目かになる台詞を繰り返しつつ、金髪の天使が言う。その真剣な群青色の瞳を見る限り、彼等はまだ、なぜわたしの態度が硬化したままなのか理由がわからないらしい。
すごく簡単なことだと思うんだけど、どうして理解できないのやら。
「1つ、いいですか?」
いい加減お茶を飲み続けるのも限界だったので、天使達に問いかけると、彼等はすぐに頷いた。
「貴方たちは人の家を訪ねようと思った時、まず第一に何を気にします?」
「そりゃあ、服装や時間なんかを…」
「今、何時?」
ぐずぐず続きそうな説明をぶった切って示したのは、大きなのっぽの古時計。レトロな置き時計である。
振り返ってその文字盤を読んだ金髪天使は、ちょっと顔を顰めた後言いにくそうに6時と呟いた。
「ですよね~。この世界ではどうか知りませんが、わたしの住んでいた世界では人の家を訪ねるのに適した時間じゃありません」
日本人なので曖昧な表現を使っているが、直訳したら『朝っぱらからインターホン鳴らすんじゃない』ってなる。
もちろんその辺は気づいたのだろう。双子天使は一層顔を顰めた。
「ところでそこの2人組の天使。非常識にも早朝から人様の家を襲撃したのは、並々ならない理由があったんですよね?天使」
意味もなく種族名を繰り返すと、今度は銀髪の天使が苦虫を噛みつぶしたような顔をして、視線を逸らした。
気づいたかな?気づいたよね。
「再び繰り返します。この世界ではどうか知りませんが、わたしの住んでいた世界では種族、というか人種なんですが、それで他人を呼ぶのは非常に嫌がられました。おい日本人、アメリカ人、中国人、などがその例です。貴方方はいかがでしょう?天使と一括りに呼ばれて気分はよろしかったですか?」
良いわけがないと、無言の表情が語っているからわたしが口をきかなかった理由にも思い当たったようだ。素直に2人揃って頭を下げると、小さく謝罪の言葉を述べたから。
そこでやっと仕切り直しだと、わたしは微笑んで自己紹介する。
「ミヤと言います。よろしければお2人のお名前も教えていただけますか?」
エイリスのところにいた半年間。訪ねてくるお客相手の対応で敬語をたたき込まれていたのが役立った。無知な女子高生のままじゃ、こんな丁寧な言い回しはできなかったろうなぁとちょっぴり魔女に感謝する。
「失礼した、ミヤ。私はサンフォル。天使族の公爵だ」
銀の天使がそう言って軽く会釈すると、ポニーテールにされた銀髪が肩を滑る。
「僕はメトロス。同じく天使族の公爵だよ」
金の天使もそれに倣うと、こちらは解き放っている金髪が顔を覆う。
2人とも同じような長さに髪を伸ばしているようだから、背中の真ん中くらいだろうか。腰につくほど伸ばしているアゼルさんやベリスさんよりか少し短いみたいだけど、やっぱりロン毛だ。なんかこの世界ではロン毛がはやってるのかな?
おかげで2組の双子共にやたらとキレイな顔をしている分、黙っていれば女性モデルにでも見えそうなほど中性的だった。
身長はアゼルさん達と同じくらい。つまり2メートル前後あるから大きいんだけど、肌や髪の色が薄いのに意志の強そうな鮮やかな色の瞳がなんていうかすっごく天使。どっかの美術館にでも飾ってありそうな、理想の天使像そのままなの。
それに比べてと、両側を見やると悪魔がいるんだけど。
ねじれた角も、尖った鼻も(これは魔女だっけ?)、狡猾そうな顔もしていない。おじさんでもなきゃ、髭もない。強いて言うなら引き込まれそうに綺麗な漆黒の瞳だけが悪魔の色を宿した、美しい双子。
「2人は悪魔、ですよね?」
思わず再確認してしまったんだけど、それに頷いた彼等は直後にああっと妙に納得する。
そうして正面の天使に少しイヤそうに視線をやると、示し合わせたタイミングでハモった。
「やはり、様々なことを詳しく説明しなければならないようですね」
え?わたし、なんか間違ってました?