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キレイの定義  作者: 他紀ゆずる
結編
79/80

未来編2 イオ

 生まれた時から結婚相手を決めていた姉と違って、イオは恋愛に関しては奥手というかそもそも興味がないというか、のほほんと十五年ほどを生きてきた。


 だが、転機というのは突然訪れる。


「はじめまして、奥方様、魔女様、イオ様。アスフルトと申します」


 ハニーブロンドに夏空の瞳、レリレプトが連れてきた近衛第二隊の隊長は典型的な天使族の容姿をした、若く美しい男だった。

 父たちを見慣れているイオにはっと息を飲ませる印象的な美青年は、にこやかに母と結菜に騎士の礼をとった後、儀礼的に彼女を一瞥しただけですぐにこちらを見向きもしなくなってしまった。


 いつもなら、イオの興味もここで途切れる。


 王や長老達が送り込んでくる若い男は多く、人間の血を継いだ彼女を手中に収めようとあの手この手を使ってくるのだが、当の本人が彼らに目もくれずそこまでとなってしまうのが常だった。

 しかし、今回は違った。なぜだかイオは目の前の男のことが知りたくて仕方がない。母やユウナに向けられている視線を、自分に向けてもらいたくて落ち着かない。


 もしや、これが一目惚れというものなのだろうか?


 物語の中で描写される到底信じられなかった感情が、急に痛いほど理解できるようになったのだからそうなのだろう。

 遅まきながらようやく初恋に到達したイオは、目を輝かせて立ち上がった。


「結婚してください!」


 一瞬にして、室内を静寂が包む。

 ミヤとユウナは驚愕のあと揃ってこめかみを押さえると、深々とため息を吐いた。


「コジマさんに張り付いてる時も一途でしたけど、今回もですか?」

「みたいね。というより、ちょっと痛い子じゃない?」

「確かに…リーリアがしっかりしすぎなのかなぁ」

「いやいや、こっちがぼんやりしすぎなのよ」


 ボソボソと聞こえよがしに囁かれる悪口に膨れつつも、イオはめげない。笑顔を浮かべたまま返事をしてくれないアスフルトに、もう一度言い募った。


「私と、結婚していただけませんか」

「無理です」

「どうしてっ?!」

「どうしてもです」

「私がお嫌いですか?」

「いえ、貴女個人をどうということはありません」

「では、なぜ!」


 笑顔の男と、必死の形相の女。

 どんな修羅場かというところであろうが、周囲の反応はいたって冷静だった。ミヤもユウナもレリレプトも、焦ることなく黙って成り行きを見守っていた。

 しかし、楽しんでいるのか嫌がらせなのか、一向に”理由”を明かさない男のせいでどんどん感情を暴走させるイオに、とうとう面倒になったレリレプトが口を開く。


「腹が満たされるのはありがたいが、これ以上は食えない。いい加減に真実を教えてやれ」

「総隊長がおっしゃるのであれば」


 縋る勢いのイオを尻目に恭しく一礼したアスフルトは、芝居がかった仕草で腕を広げるとばさりとその背に翼を広げた。

 輝ける容姿に不釣り合いなほど闇を含んだ、漆黒の翼がイオの視界を見る間に覆う。


「お分かりですか?」


 説明など必要ない事実の提示に、彼女は目を丸めてからことりと首をかしげた。


「なにが、ですか?」

「…ですから、私は悪魔で貴女は天使だということです」

「そんなこと、初めからわかっていましたけれど」

「「え!知ってたの?!」」


 それを知らないからバカなことを言っていたんじゃなかったんだ!とは、ミヤとユウナの談である。イオは頬を膨らませて抗議していたが。

 ともかく、それを聞いて驚いたのはレリレプトとアスフルトだ。前者は実体験から、後者は本能から、異種族同士の婚姻に彼女が全く抵抗感を持っていないことに大いなる驚愕を抱いたのだ。


「…お前は、理解していて結婚を申し込んだのか?」

「はい」

「私を見ていて、このような子を増やしてはならないと思わなかったのか?」

「見ていたから、平気なんです。レリ様は純血ばかりを重んじる天使などよりよほどお強いし、何より銀の翼はとても美しいわ」

「…そうか」


 滅多にないことだが、レリレプトの表情がふわりと崩れた。やわらかく弧を描く唇や、僅かに下がった目じりが作り物めいた彼の美貌をきちんと血の通った者に見せる。リーリアの前以外では、非常にまれな事象だった。


「写メしたかったなぁ。リーリアに見せたげたら、悔しがっただろうになぁ」

「…何その性格悪い発言。っていうか、イオがあのぶっ飛んだ発想するようになったの絶対ミヤが原因でしょう」

「えー別にぶっ飛んでないですよ。コジマさんだって種族差別とかしないんだら、それが伝染したんじゃないですか」

「病気じゃないんだからうつらないわよ。それより人間のあたしたちが種族気にしないのと、イオが気にしないのは全く違うでしょ?」

「違いませんよ。本人がよければいいんです、恋愛なんて」

「………正論ぶちかますじゃない」


 外野の会話はともかく、天使がするにはあまりに常識はずれな考え方は、本来歓迎されるものではない。けれど、特殊な場合だってある。


「私も、総隊長は誰より優れた方だと思っています。…貴女とはとても気が合いそうだ」

「まあ、嬉しいです!」


 純粋培養されたはずなのに思考だけが人間くさい天使のイオと、混血のレリレプトを最上の上司と尊敬してやまない悪魔のアスフルトと、彼らのロマンスが囁かれるのはもう少し後のこと。



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