4 それから…
天使と悪魔が食事をする矛盾について考えるのは、何度目だろうか。
彼らに与える食事のせいで随分な大食いになってしまったわたしは、同じテーブルで優雅に食事をとる4人の旦那様を恨めし気に見つめながらため息を吐く。
女性の感情を食料にしているくせに、何故か彼らは経口摂取も必要としているのである。
量はそう多くはないけれど、毎日ちょっとずつとはいえ齧られている身としてはこの辺複雑だ。
普通のごはんで生命が維持できるなら、みんな幸せになれるんじゃないかと思うんで。
でも、ダメなんだって。それだと体は生き続けても心が死んじゃうらしい。そして、心が壊れた悪魔や天使は、破壊と殺戮の限りを本能のままに行う非常にたちの悪い生き物になるのだそうだ。
なんてはた迷惑な…。
悪い意味のカースト制度を放棄も反乱もなくこの星の人が受け入れている理由が、これらしい。
自分の種族の女性たちを壊される理不尽に耐えてでも、天使や悪魔に大人しくしてもらわないといけない程の力関係って可哀そうすぎる。
だからこそ、支配者にはより厳しい法が課せられるし、自分たちに贄を捧げてくれる他種族に寛大であることが義務なのだ。
公平とまでは言わないけれど、そこそこ配慮はされているみたい。
ま、これは余談だったけれど、ともかく食事は取るしわたしは齧るしで、とっても理不尽を感じちゃいますよ、ええ。
「どうした、ミヤ?」
突然膨れたわたしに気づいて、向いからサンフォルさんが気遣わしげな視線をくれた。
─── お腹に。
それってどうなの?余計に腹が立つんだけど?
「だーかーらーっどうしてお前はそうなのさ!この場合はミヤを一番に考えてしかるべきだろう?!」
さらに膨れたわたしをフォローする声がサンフォルさんの隣からしたけれど、今更機嫌は治りません。
「どうせわたしより赤ちゃんの方が大事ですよね」
「いや、そんなことは…」
「そう聞こえましたよ?」
「聞こえたね」
「聞こえました」
一斉に四方から攻められたサンフォルさんは、諦めたようにすまなかったと素直に謝って早々に白旗を上げてしまう。
恒例になったこの光景は、たびたびうっかりな一言を漏らす弟を矯正するため、メトロスさんがみんなに提案して採用されている教育方法なので、いじめてるわけじゃありません。なにしろ見かけによらず鈍感なサンフォルさんは、わたしがはっきり怒らないと自分が悪いことをしたり言ったりしたって気づかずに、やり過ごしてしまうことが多いんですよ。
それでメトロスさんが、わたしにははっきり怒ること、アゼルさんとべリスさんには間違っていたらそうと注意することを義務付けた結果、こうなってます。
成果は上々で、これを始めた2年ほど前に比べれば発動回数は10日に一度程度ですから、進歩でしょう?
「それはそうと。今日は面白いことがあったんですよ?」
ねーっと膝の上のイオに同意を求めると、意味が分からないまま彼女はわたしの仕草をまねてねーっと首をかしげて見せた。
親ばかですが、家の子は世界で一番可愛いと思います。
「え、いつ?」
アゼルさんのむこうから身を乗り出してきたリーリアまで、首をかしげないでください。可愛すぎます。なんか自分で産んだのが信じられないくらい、2人ともお人形さんみたいです。どうしましょうっ。
「…お母さん、にやにやしてないで教えて」
今度彼女たちに似合うお洋服をいっぱい作って、コジマさんと一緒に着せ替えごっこをしてみたいと妄想していたら、怒られました。
リーリアは年甲斐もなくしっかりしすぎているのがよくないと思うんです。もっと子供子供しててもいいのに!
「母親がそんな風だから、この子が大人びるんだ」
リーリアの隣から上がったレリレプトさんの小さな指摘は、その通り過ぎて反論の余地がないから受け流すことにしました。下手に藪をつつくと蛇が出そうですからね。さて、話題を元に戻しましょう。
コホンといりもしない咳払いで現実に立ち返ると、わたしは昼にあったことを簡潔に説明する。
因みに、多少ごねてましたが本日はコジマさん、エイリスのお家にご帰宅です。ジャイロさんも含めた3人でお祝いをするんだそうで、きっと親子げんかしてそれに巻き込まれるんだよ、とイヤそうに肩を落としてドナドナされていきました。
「へぇ。最近ジャイロがおとなしいと思っていたら、そんなことになってたんだ」
「屋敷内にもあまり出没しませんでしたしね」
「その割にハイジェントへの牽制だけは抜かりなかった理由がそれか」
「おかげでスローネテス様が双子を諦めてくれたんですから、祝いの一つも贈らないとなりませんね」
「え、まだ赤ちゃんくれとか言ってたんですか?」
知らなかったと眉を顰めると、苦笑いを零したアゼルさんとメトロスさんがハイジェントはしつこいのだと零す。
「最終的には厄介ごとをこちらに押し付けたということを都合よく忘れて、人間をやったのだから子供を寄越せと馬鹿なことを申し入れてきたのですよ」
「全く腹が立つったらない言い分だよ。初めからきちんとユウナに対応していれば、彼女はあそこまで意固地にならなかったっていうのにね。挙句に人間を物扱いのあの言いよう、きっちり躾けなおしてやりたいくらいだ」
これに関してはわたしもちょっとだけ知っていた。アゼルさん達みたいに公式な書面ではないけれど、エイリスの下に届くハイジェントの密書を見せてもらったことがあるから。
高慢に綴られた文章は多少の装飾を施してあるけれど概ね同じ書き出しで始まって、同じ結び方がされていた。
『与えた人間の再教育はなったか。従順にこちらの命令に従うようになったなら、すぐに連絡をしろ。権利の放棄はしたが、人間はハイジェントの財産である。速やかに引き取る準備はできている』
憤慨したエイリスはコジマさんに、ハイジェントに渡すつもりはない、だがもし連中が甘言を弄して貴女に接触を図ったらこの文面を思い出しなさいと、わたし達に使者が渡した封筒を受け取ったままの状態で見せてくれた。
当然これは1通届いただけでなく、定期的に何度も配達されている。そのうち封を開けることさえ嫌がった魔女は、コジマさんに中身を確認したら始末していいと許可を与えたほどだ。
そんな文字目にするのも汚らわしいけれど、当事者である彼女は怒りを忘れないために見た方がいいんですって。いつか情にほだされたりすることがないように、安全なジャルジー(国の中枢にわたしの旦那様たちがいるから、コジマさんを粗略に扱う心配がない)からうっかり出たりしないようにって。
そんなこんなを思い出し怒りしていると、アゼルさんが心配いりませんと隣で微笑んだ。
「ユウナがこちらの国に馴染めば、元はハイジェントに彼女を所有する権利があると言い出す方々が国の中枢に居座っていらっしゃいますからね、スローネテス様がお帰りになってすぐ、コジマユウナに関する全権放棄の公式文章と、それに伴ういかなる利益も要求しない旨の誓約を書面にしてサインを頂いています」
「後で難癖つけられないように、周到に用意したんだよ。細々したこといちいち文章にしたし、王が替われば無効だなんて言い出せないよう、王としてのサインじゃなく国としてのサインを取り付けたし、ユウナだけじゃなくミヤや子供達にも手を出せないようにね、イロイロ細工したり」
ニヤリと企み事を披露するメトロスさんは、アゼルさんと組んだら無敵だったりする。2人とも頭がいいし、悪巧みも得意だし、彼等が安全だと保証してくれるなら、例え大国相手でもわたし達は安心して暮らせると信頼できるほどだ。
「それにジャイロも一枚噛んでいるようですからね、抜かりはないでしょう」
「ああ。愚かにも力尽くでと言うのなら、我々とレリレプト達で如何様にも対応できるしな」
そうして、護衛にはベリスさんとサンフォルさん、更にはレリレプトさんとそのお仲間がついているので、実力行使も恐くないのである。
頼もしい旦那様達で、本当に良かったとわたしは胸をなで下ろす。
「私だってお母さん守れるもん。レーだっているし」
「ああ、もちろんだ」
もちろん、娘達も優しいし、心強いのです。はい。
思えば地球からの誘拐で始まった、異星ライフ。
理不尽な罵声を皮切りに、数々の理不尽に襲われたけれど、落ち着くところに落ち着いてみれば大団円なのだから、中々にわたしは幸せなのかもしれない。
「これからも、よろしくお願いしますね?」
4人の旦那様と2人の娘、そして娘婿(予定)をぐるりと見渡しながら、頷く彼等にわたしは心からそう思った。
お付き合い、ありがとうございました。