2 それから ユウナとジャイロ1
魔女2人にさんざん肴にされ、疲れ切った午後。
「本当に、可愛いいよね」
話が切れたのを機に、膝にころりと転がってお茶菓子を齧っているイオを撫でまわして、コジマさんがため息を吐く。
「どうしたんですか、改まって」
生まれた時から迷惑なまでに纏わりついている子供に、今更しみじみとそんな感想を漏らすなんて珍しいと、思わず何かあったのかと心配をしてしまった。
イオは、確かに可愛らしい。
父親譲りの輝く銀の巻き毛と、空色の瞳。抜けるように白い肌色と小さな羽根がそれらに色を添えて、地球で表される天使そのものの容姿なのだ。
加えて性格は控えめでおとなしく、少々粘着質な執着心さえ見ないふりをすれば、動くお人形と言われても頷ける完璧な姿をしているから、美しさを誇る天使族の中においても群を抜いた見かけである。
でも。
四六時中強制的にくっつかれているコジマさんは、そんなイオを一番見慣れている人だ。
その彼女はこれまでこの子の見かけに何か言うってことはなかったのに、いったいどうしたんだろう。
心配して様子を窺うと、だってねぇとしみじみコジマさんはつぶやいた。
「あたし獣人の子供ってほとんど見たことがなくて、赤ちゃんや幼児の基本がイオとリーリアなんだよね。おかげで子供はみんな人形みたいな顔して羽根生えてるってイメージが固定しちゃってさ、これってまずいなぁって」
「確かに。人間の子供だって獣人の子供だって、みんなすっごい可愛くって羽根生えるとかないですもんねぇ。でも、それのどこがまずいにつながるんですか?」
確かにすべての子供がイオやリーリア並みの美しさだと思い込むのはよくないかもしれないけれど、別段それに問題があるとは思えない。
目くばせしたエイリスも同じことを考えたみたいで、2人で首をかしげながら彼女を窺うと、いつもは歯切れのいい喋りをモットーとするコジマさんが、珍しく口ごもった。
「う~ん、だから?えっと、いろいろあるじゃない、ねぇ?」
「はぁ」
同意を求められても困る。いろいろで理解できるほどわたしの頭はよろしくないんです。
「なんなの?はっきり言いなさい」
エイリスにも促されて、それでももじもじとイオの髪をいじっていた彼女は、意を決して顔をあげる。
「だから、あたしが産むのは捻くれ者で毒舌の猫の子だから、こんなに可愛くはないんだろうなってこと」
「ああ、そういうこと…じゃないですよ、なんですかそれっ」
「猫?猫って、うちの猫?」
言いたいことが言えてすっきりした顔のコジマさんと対照的に、明らかに動揺したのはわたしとエイリスだ。
あ、だの、い、だの、え、だの母音を繰り返しながら、お互いの頭の中を駆け巡っている疑問符を、追いかけるのに忙しい。
それって、そういうことなの?って具合です。
「つまり、コジマさんはジャイロさんとお付き合いしてるの?」
まどろっこしいことをしていても埒が明かないと、ストレートに切り込んだら首を傾げられた。
「付き合う…なのかな?違うような、いやそういう風に言うわけ、この星じゃあ」
「言わないんですか、地球じゃ」
「言わないんじゃない。これを付き合ってると言ったら、全否定される気がするもん」
きっぱり言い切られると、じゃあどういう関係なんだと更に頭はこんがらがる。もちろんエイリスだってそれは同じで、いえむしろ身内な分だけ混乱具合はひどい気がしますよ。
「なのにユウナは将来ジャイロの子供を産む気なの?」
どう聞いても曖昧にしか思えない関係に、母親としてのエイリスが眉をひそめる。
彼女はジャイロさんのお母さんだけど、わたしとコジマさんのお母さんのつもりでもいるのだ。現在の彼女の心境を言葉にするのなら、可愛い娘に悪い虫がついたけれど、それが自分の子だから強く出られないってところだろうか。
「産む気というか、産まざる得ないというか…」
「脅されでもしてるの、その言い方」
「や、合意の上です」
相変わらず歯切れは悪い癖に、最後の一言だけはやけにきっぱり言い切ったコジマさんは、そっとお腹に指を這わせてエイリスとわたしとにゆっくり視線を巡らせた。
…このジェスチャーで気づけないのは、よっぽど鈍感な人間だと思うのね。でもでも、わかってもわからなかったふりをしたいのも人間だと思うのよ、ええ!
「ちょっと、言いづらいからこんな回りくどい真似してるんだから、無言にならないでよ」
「そうは仰いますけど、ねぇ?」
ほんのり頬を染めたコジマさんは、可愛らしいですよ。できるものならお役に立ちたいのはやまやまです。でも、こっちだって言いにくいことはあるんですって。
「まさか…妊娠してるの?」
2人で照れたり、どっちが言うかで無言の攻防なんて繰り広げている内に、我慢できなくなったらしいエイリスがズバッと核心を突いてしまって、もちろん渡りに船とばかり、正解に頷いたんですが。
「いつの間に…いえ、ユウナを怒っているんじゃないわよ、違うの。怒っているのはジャイロにだから、誤解しないでね。あの子がやけに家に顔を見せるようになったなと気付いた辺りでね、不埒な真似をさせないための予防線としてユウナと2人だけで会わない、会うならばきちんと交際を申し込むか、結婚を申し込むことって約束させたの。当然、真っ先に許可をとるべきは私、次に本人の順よ。何しろ自分で産んだとはいえ、あのずる賢さに計算高さでしょ?ほっといたら絶対、既成事実ありきで妊娠くらいさせるだろうと踏んでの事だったんだけど…本当にやるとは」
長々と裏事情を説明していたエイリスは、最後の一言で何か良くないオーラを背後に纏うと、自分の世界に没頭しようとして気付いたらしい。
ジャイロさんのストッパーたらしめようとエイリスが先手を打ってくれたことに感動しつつも、コジマさんが硬直していることに。
これって、あれですか?怒れる魔女が恐くてだと思っていい?それとも、許可なく出入りを禁ずると突きつけられた筈のジャイロさんがちょっかいをかけてきた事実に?
「…エイリスはあたしなんかをジャイロのお嫁さんにするの、反対してたんじゃないの?」
コジマさんの答えはそのどちらとも違っていた。
おずおずと聞かれた内容に、あらぬ嫌疑をかけられた魔女は、大げさなくらいに首を振って無実を訴えている。
「なんで反対なんてするのよ。ジャイロみたいに性格が悪くて根性が曲がってる男のお嫁さんに、可愛い弟子がなってくれるって言うのよ?ユウナの心配をしても、バカ息子の心配なんかしないわ」
「わーすごい言われよう。ジャイロさん形無しだね」
「だってあの子の過去の行状を知っているもの。あっちの娘さん、こっちの娘さんに手だけつけて、追いかけられると面倒だって逃げて結婚はしない、子供は作らない。もしもユウナに同じことしたらって思うと心配で心配で…わかるでしょ?」
酷いね、それとコジマさんと2人頷いて、ようやくエイリスの気持ちが少しわかったのだった。
で、同時にまだ平らなお腹を押さえるコジマさんの未来を憂える。
まさか、もし。コジマさんとの子供いらないとか言い出したら、どうしよう。人間の血を他の種族に混ぜたいっていってたジャイロさんだから、恋とか愛とか関係なしに寧ろ赤ん坊だけ寄越せと言われたら?
なんでこんなに良くない想像ばかりさせるんだろう、あの人は。
「そうやってユウナに余計なことを吹き込まれるのが嫌で、黙ってたんだけどね」
相変わらず計ったタイミングで現れた猫の魔術師は、面倒そうに呟いた。




