10 怒りは爆発したんですが、尻すぼみです
またまた説明が無くてすみません。
そして、答えは最後の何行かを読んでいただければわかる仕様です。(読み飛ばし推奨?)
「スローネテス様、退場」
下手に喋ると不敬罪どころかその場で切り捨てられそうな暴言を吐く自信があったので、ドアをさして短く宣言する。これだって相当に無礼だけど。
当然プライドが異常に高い彼は心底不満げに顔を顰めたが、ジャルジーの人間はもとより、自国の天使達にも家族問題ですからと諭されて応接を出て行った。
そう、これって家族の問題なんです。ちょっと複雑で数人の人生が懸かっている大それた物ですが、関わる人間単位としては、笑っちゃうくらい小規模な物なんですよ。
「で、誰が言い出したんですか、この子を交渉材料にするって」
返事をしたのは、メトロスさんだ。
本当はわたしにジャイロさんの子供を産ませろと言われたのに、それを拒否しての代替え案だったって言われてもあまり嬉しくない。
子供よりわたしを取ってくれたのねと、胸を熱くできるほど恋愛体質ではないのだ。更に言うならリーリアを産んで以降、子供に対する愛情と恋愛に対する愛情は全くの別物だと知っているので、妻のために娘を犠牲にしようと考えられること自体が、理解できなかった。
「その子が大事じゃないから交渉材料にしたわけじゃない。でも、ミヤはきっとこれ以上夫を保つことができないと、僕たちは思っている」
「現時点で充分、貴方には無理を強いていますからね。4人の夫すらやっと受け容れているのに、ジャイロまでは無理でしょう」
問いかけでは無く断言なのは、旦那様達がわたしをよく見ていてくれている証拠なんだろう。その証拠にベリスさんもサンフォルさんも同意を示していたから。
白状してしまえば、みんなの言う通りなのだ。頭では納得している一妻多夫だけど、時折これまで持っていた倫理観と現状の相違に心がついてこなくなることがあった。
それは夜寝る前だったり、1人でお茶を飲んでいるときだったり、ふらりと押し寄せる感情に嫌な汗をかいてじっと目を閉じることがある。
誰にも知られていないと思っていたのに、ばれていたなんて。
秘密を暴かれて言葉を返すことができなかったわたしは、昂ぶっていた感情が少し冷めた。
だからって、自分の代わりにこの子を差し出そうなんて考えは、浮かんでこなかったけれど。
「ねえミヤ、覚えてる?いつか僕が君に、獣人の子供を産んで欲しいと願ったこと」
ぷすぷすと燻る怒りを宥めつつ、このバカな考えをどうやって改めさせようかと頭を働かせていると、嫌に落ち着いたジャイロさんの声がした。
内容が内容だっただけに、覚えているならお腹の子を大人しく寄越せとでもいうのかと警戒していると、彼は珍しく下心無い微笑を唇に刷いている。
「あの時、生物のバランスを取るために君に望んだ混血は、どうやらあっちの人間が叶えてくれそうなんだよね」
「へ?」
あっちの人間が指す先は、コジマさんだろうか?他にこの星に人間はいないし、やっぱり彼女?
首を傾げてジャイロさんを見ると、小さく首肯した魔術師は実はラッキーだったんだと真面目な顔でジャルジー側の裏事情を教えてくれた。
旦那様達が懸念していたわたしの限界について、非公認で監視という名の覗き見をしていたジャイロさんも気付いていたこと、計画ではどうしても外せなかった人間と獣人の混血について、9割方は諦め始めていたことを。
その上で、一縷の望みは捨てないまでも人間を使っての繁殖計画は、無期限で棚上げとする旨を国の中枢部の人々と決めたばかりだったのだという。
…ジャイロさんの企みって政府と共同事業なんだそうですよ。とんでもなく人権無視の国家プロジェクトに、仄暗い怒りを抑えきれずにいると、復讐は自分達がするから落ち着けと旦那様達に宥められました。皆さんも知らなかったとかで、素敵に暗黒オーラを製造してらっしゃいましたから、王様や参謀参議のおじ様方は夜道に注意です。
ま、今はその辺りはサラッと流すとして。
こんな時にハイジェントに召還されたのが、条件外の人間であるコジマさんでした。
彼の国も我が国も、喉から手が出るほど人間の血は欲しい。あちらにとっては幸運でこちらにとっては複雑なこの事件、彼女の素敵な行動と考え方によって局面が動きます。
いち早く見捨てた悪魔族と、最後まで足掻いた天使族。結論の時期は違えど彼等は見限った後のコジマさんの協力を得ることは未来永劫無理だし、必要ないと結論づけていたのだとか。
かといって国外に出すのは惜しい。天使や悪魔は欲しがらなくとも、他の種族はどうだろう?
四方八方に打診するも、答えは否。どれほど彼女の素行を隠していても、人の口に戸は立てられずかなり正確な情報が回ってしまったハイジェントでは、我が儘で金がかかり、そのくせ繁殖には一切協力しない人間を引き取ってやろうという裕福な庶民はいなかった。
ここで国は困りはてる。
面倒を見たくないとコジマさんを放り出そうものなら、お金も手間もかからない代わりに犯罪者の思うつぼになるだろう。何も子供を作るのに相手の同意は必要ないと、いっそ潔い闇の世界の住人は彼女を種牡馬の如く扱うのは目に見えていたからだ。
腐っても鯛、中身はともかくブランドだけで価値のあるのが人間だ。政府が奴隷制を禁じていようと、金儲けに法などあってないような物。何より若い娘を次々奪われる庶民の事情は、天使や悪魔が考えるより深刻なのだ。
では護衛をつけて街に住まわせようと希望者を募っても、騎士は誰も首を縦に振らない。獣人や蛇人の魔術師達も手を上げる者はなかった。
最早国内での保護と、他種族による人間の繁殖は諦めるべきだ。
面倒事から手を切りたかったハイジェントは、決断すると早かった。
ジャルジーに行くと我が儘を言うコジマさんに付き添った天使が匙を投げたならば、そのままあちらに引き取ってもらえるよう交渉を始める。
断られるとかは考えない。だって貴重な人間をあげるんだから、ありがたくひれ伏すがいい。この程度の認識で始まった話し合いは、ごねにごねたジャイロさんの作戦勝ちだった。
数百年ぶりに出現した人間の面倒を見ていたエイリスは、実は近隣諸国に名の知れた偉大な魔術師だったんだとか。ついでにジャイロさんも素敵な二つ名と共に有名人だ。『口先の魔術師』名付けた人にこっそり拍手を送っておきました。
僕等親子を利用しようとか図々しいよね、他国のくせに。…から始まって、ただ働きとか冗談じゃ無い、元はといえば自分達の責任でしょう、厄介事を押しつけないでよ、と思いつく限りの駄々をこね、最後には相手に参りましたごめんなさいよろしくお願いしますと頭を下げさせたんだとか。
その時、ハイジェントからは相応の報酬を受け取り、ジャルジーからは人間の血を貰い受けることで同意を得た。
ただこれ、ジャイロさんが望んだのはわたしが子供を産むことだったんですって。
「そこのロリコンと一緒にしないでよ。なんで20を半分過ぎてる僕が、まだお腹にいる赤ん坊をくれとか言うと思うの」
正論ですが、レリレプトさんに罪は無いんで変態の烙印を押さないで下さい。あの場合はリーリアに目を付けられた彼こそが、被害者だと思うのです。
ま、結果オーライで幸せそうだからいいんですけど。
取り敢えず顔を顰めたジャイロさんは、この先もこの子を利用はしないような気がします。
ほっと胸をなで下ろしていると、これまでいるのかいないのか、静かに気配を殺していたエイリスが盛大な溜息をつきました。
「私はミヤが孫を生んでくれたら嬉しかったのに、ジャイロの子供は一生見られない気がしてきたわ」
「ま、そうかもね。人間の血を他の種族が混ぜてくれるなら、僕は結婚しなくてすむし」
まだそんなことを言っているのか、この魔女は…。
溜息をつきたいのはこっちだと思いながら、はてとわたしは一つの疑問にぶち当たる。
ジャルジーに突きつけた交換条件は、わたし。だけど旦那様達が差しだしたのはお腹の赤ちゃんで、でもジャイロさんはこの子が子供を産むことに興味は無く、他の種族が人間の血を混ぜてくれる?おや?
「…人間の血を混ぜる他の種族って…コジマさんとジャルジーの誰か?」
「ええ、そう。あの子には贅沢し放題の王宮より、現実が見えてちょっとシビアで、でも女の子には優しい街の生活の方が合っている気がするのよ」
「えー…我慢できる、彼女?イケメンがめちゃめちゃ甘やかしてくれるのが日常だったのに」
「できるさ。さっき見事に見捨てられて、今だって放置されてる。これまでと様子が違うことは肌で感じているだろうし、打算的って事は順応力があるって事だ。プライドの高さから言って底辺の生活をする気はないだろうから、その場所で最高の扱いを受けられるよう、街でも上手く立ち回ると思うよ」
「逃げたり、また天使や悪魔に取り入ろうとしたらどうするんです?」
「逃げる先が無いし、誰も相手にしやしないわよ。ま、他国で上手に生きられるなら、それはそれでいいじゃない」
2人の魔術師がくれる答えは、即席で導いたとはとても思えないものだった。
なんというか…計画的?こうなるように上手に物事を運んだとしか考えられない周到さなんだけど。
「あの、もしや…スローネテス様達に嘘とか、ついてます?」
であれば辻褄が合うんですが。
投げかけた疑問は、自分以外の全ての人から同意を得るという形で肯定された。
…お疲れ様でした。