6 天使は善良でなくてはならないはずです
なんだかんかと、昨日は平和だった。
連行されたばかりのわたしを気遣ってか、ただエサのおこぼれに預かろうとしてか、メイドさん達は優しいし、アゼルさんとベリスさんもいじめたり感情を食べたりはしないで、どっかのお城の一室みたいな部屋でゆっくり眠らせて貰うことができたんだから。
なので余計に、朝食の席に乱入してきた人物に対して、深い深い溜息が出たのだと思う。
「おまえ達がしたことは違法行為だって、わかっているんだろうな!!」
分厚くて重いであろう食堂の両開きのドアを勢いよく開けて叫んだのは、ベリスさんより淡いブロンドのお兄さんである。
お声はすてきなテノールだが、叫んで割れてしまったので評価点はマイナスです。
「落ち着けメトロス。だからこそ我々が召還された娘を引き取りに来たのだろう?」
今にもベリスさんに掴みかかりそうな彼の肩を押さえたのが、アゼルさんより白に近い銀髪を靡かせたお兄さん。
因みにお声はおなかに響くバリトンです。重厚な感じが落ち着いていて評価点はプラス。
しかし、イヤなことを思い出すからあんまり認識したくないのですが、彼等はよく似ています。まるっきり同じ顔が2つ並んでます。髪の色は違いますが、群青色の瞳は同じ。デジャブを感じさせるこのそっくり感。
「アゼルさんとベリスさんは双子ですよね?そちらもまさか双子ですか?」
昨日のうちに確認したかったのだけれど、脳が容認できる許容量を超えたので翌日に持ち越された質問を、丁度いいとばかりに今してみる。
もちろん空気を読んでないのは火を見るより明らか。ばっちり緊迫した空気をぶち壊したくだらない質問だ。
それを証明するように、殴り合いの喧嘩を始めそうだったベリスさんと闖入者は手を止めてこくりと頷き、比較的落ち着いて食事を続けていたアゼルさんと後続のお兄さんもうっすら笑みを浮かべながら肯定してくれた。
「………やはり、人間というのは神経の太い生き物なのだな」
「失礼な発言ですねサンフォル。そこはミヤの良いところです。貶さずに褒めて下さい」
どっちも失礼だと、私は思いますが?図太いと言われて喜ぶ女がどこにいる。
多分の恨みを込めて睨み付けたら、アゼルさんには極上の笑顔を、見知らぬお兄さんには感心した表情を貰ってしまった…微妙にむかつく。
「人間が意外に丈夫な生き物だというのは、今の一言で実感できたけど、だからといって易々とおまえらのエサにさせるわけにはいかないんだよ」
「エサではなくて花嫁だ。もちろんエサにもするが、扱いとしては花嫁なのだから天使如きに何を言われる筋合いもない」
そしてやっぱり、こっちの2人も失礼だった。エサエサ連呼するんじゃない。
と、腹を立てながらもぞんざいな口調でベリスさんが放った一言に、遅ればせながら反応する。
「天使ぃ?!」
素っ頓狂な叫びを上げれば、4対の瞳は一瞬こちらを見て、様々に言葉を交わす。
「この世界の種族構成くらい、きちんと教えてやれよ!」
「私達に言うな。ミヤを隠していた魔女が、故意に教えていなかったせいだ」
「ならば昨日引き取りに行った後に教えれば良かろう。博識でならしたアゼルニクスらしくもない失態だな」
「悪魔と天使が存在すると聞いただけで彼女は混乱してしまいましたので、世の仕組みについては今日、これから教えるつもりだったんですよ」
なんかこの様子だと、まだまだわたしの知らないことが山とありそうだよね。…一体、何を隠していたんだエイリスよ!強制的に呼びつけておいて半年も経つってのに、基本的な知識くらい授けておいて~。
自分がすっごいバカになった気分でへこんでいると、いつの間にやら隣に来ていたアゼルさんが優しく頭を撫でてくれる。
「やはり、ミヤの感情はとても美味です」
はぁっと顔を上げると、反対側ではベリスさんも満足そうに微笑んでいた。
…どうやら2人とも、人の自己嫌悪を召し上がったらしい。一体どうやって食べているんだか非常に気になるところだが、それより本気でエサだったのかと思うと怒りの方が湧いてくるから不思議だ。
ついでに自己嫌悪も負の感情としてエサになる事にびっくりした。喜怒哀楽、食べられないのはどんな感情なんだろう?
ま、それはともかく。
「黙って食べないで下さい」
いくら垂れ流しの感情でも、黙って食されるのは馴れていないのであまり嬉しくない。
顔を顰めると彼等は心得たとばかりに、神妙に頷いた。
「ならば今度は断ってからいただきますね」
「はい。ちゃんとミヤに言ってから啜ります」
「啜るとか言うなっ!」
なんて気味の悪い表現方法をとるんだと、ベリスさんを怒鳴ったのがまずかった。うっとりとした恍惚の表情…また食べられた…なんなんだ悪魔って生き物は一体…。
理解できないと小さく頭を振っていたら、アゼルさんを押しのけて、テノールのお兄さんが現れる。
「あんたバカ?!悪魔相手に負の感情をまき散らさないでよ。見な、あんたの感情を食らって連中の魔力がみるみる上がっていくじゃないか!」
そんな不可抗力を全力で怒られてもと困惑していると、今度はバリトンのお兄さんが彼を背後から窘めた。
「落ち着けメトロス。アゼルニクスがその辺りも説明していないのだから、その人間を責めても仕方あるまい。それよりこちらの話しを聞かせることの方が大切だ」
庇われているのに、仄かに腹立たしい理由は彼等がわたしを『あんた』だの『人間』だのと言うだけで一個人として扱っていないからなんだろうなぁと、ぼんやり思う。
その点、アゼルさんとベリスさんはきちんとわたしをミヤと呼んでくれた。初対面で名前を告げてからずっと『人間』の括りで呼ばれたことはない。
しかも『話しを聞かせる』とかめちゃくちゃ上から目線だよねぇ。
「わたしの世界の天使はですね」
今できる限り、最高の作り笑顔で唐突に話し出したわたしに、闖入者2人は視線をくれた。
「悪い悪魔と敵対する善の象徴として物語に登場したり、宗教で崇められたりするんですけど」
ここで僅かに顔を引き攣らせたのが悪魔の双子で、鷹揚に頷いて見せたのが天使の双子だ。
だけど話しはここで終わりじゃない。ちゃんと最後まで聞くように。
内心にやりとしたわたしは、天使をじっと見つめて、一拍置いた後、言ってやった。
「この世界の天使は、悪魔より高飛車で性格悪いですよね」
きっと漫画なら天使は真っ白に風化する場面なんだろうなぁ。
返す言葉もなく立ち尽くす双子を見ながら、性格悪くそんな想像をしたのだった。