8 大人の反撃とは思えない大人げなさです
そして、その凍り付いた空気を溶かしたのは、わたし。
「ギブアンドテイクというか、ものの道理と言うのか、受け取り方は様々だと思いますけど、コジマさんにはできなくてわたしにはできたことがあるから、扱いに差があるんだと思いますよ」
これまで受け身で、結構なことを言われても納得できたり己を振り返ったりできたんで黙っていたけれど、言いたいことがなかったわけじゃない。
なので、びっくりする旦那様方とハイジェントの方々を尻目に、この世界で生きて行くに当たって、わたしなりに自分を納得させた持論を展開してみることにしたのだ。
「貴女の言う通り、現状はとても理不尽です。いきなり全てを奪われて、こっちの都合も気持ちも無視で結婚を迫ったり、子供を産めと言われたり、挙げ句にわたしは『キレイじゃないかいらない』って召還場所に取り残されたんですよ?そりゃあ腹が立つし、この星ごと呪われればいいとか考えるし、寂しいし、辛いし、悲しいし…帰りたくて一月は夜こっそり泣いてたくらいです」
それがどうしたと言わんばかりのコジマさんに苦笑しつつも、あの頃の気持ちから今の気持ちまで、何がどう変わったのかわかって欲しくて、わたしは話すことをやめなかった。
「でも、どれだけ願っても地球には戻れないし、家族や友達には一生会えない。だから徐々に気持ちを切り替えました。せめて楽しく生きてやろうって。エイリスから教わる魔法で生計を立てて珍しい市場を冷やかし、いつか…いつかキレイじゃないって烙印を押されたわたしでも好きになってくれる優しい旦那さんと、結婚したいなとか、本気で思ってたんです。結構早い段階で、人生設計狂いましたけどね」
ちらりと、攫うようにわたしをエイリスの元から連れ出した旦那様方を振り返ると、どちらも少しだけ眉尻を下げて困ったように笑っている。
「おや、貴女の夢の邪魔をしてしまいましたか?我々は」
わかっているくせに、そんな風に聞くアゼルさんは、わたしが首を横に振ると嬉しそうに笑顔を全開にした。
ベリスさんも、以下同文です。
「やっと冷静に周囲を見回せるようになった頃、悪魔の旦那様達にここへ連れてこられた時はすっごく頭にきたんですよ。この上まだそっちの勝手な理由を押し付けるのかって。だけどやっと、自分がここにいることに意味を見出せるようになったし、確かにみんな何某かの思惑があってわたしを利用しようとしていることに変わりはないんですけど、こっちだって衣食住は保障されて結構我儘は通るんだから、お互い様なんです」
まだ納得できないってコジマさんは全身で訴えているけれど、この辺は追々自分で答えを見つけてくれたらいいんじゃないかと、わたしは思う。
彼女の性格や日本での暮らしぶりを推察するに、これまでの常識が通らない世界を受け入れるのはとても難しいだろうから。
でも、いやでもここで生きていくしないのも現実で、だから少しでも馴染んでくれたらいいとも思うのだ。
「それにね、コジマさん」
「…なによ」
一番言いたかったことだから、しっかり彼女の眼をわたしに向けてから、できるだけ幸せそうに見えるよう、笑う。
「みんな、ちゃんと好きになってくれますよ?確かに最初は利用価値が高いとか、そんな理由で近づいてくるかもしれないです。でも、恋愛してくれます。傍から見たらマンガ展開なご都合主義になるので、鼻で笑っちゃったとしても、わたし旦那様たちが本当に好きなんです。皆さんも…好き、ですよね?」
偉そうに他人の気持ちを代弁したはいいけれど、そんなこと思ってないとか言われたら、どうしよう?
恐る恐る両隣を固めた4人に視線を巡らせると、メトロスさんがやれやれと肩をすくめて見せる。
あ、やっぱり違いました?
「わかってないね、ミヤは。僕は好きじゃなくて君を愛してるんだけど」
ため息交じりの言葉は、そんな甘ったるいもの。言われたこっちが恥ずかしくなっちゃうような。
「そうです。私は1年以上前から愛しているとしか言っていないはずですが?」
「ええ、確かに」
悪魔の双子は得意げに胸を張ると、そう笑っている。
「当然、愛だろうな。好き程度の気持ちで結婚する天使はいない。皆伴侶を狂おしく愛するが故に、結婚するんだ」
何気なくサンフォルさんが零した天使の結婚観は悪魔にも共通なんだろう。他の旦那様たちも同調してますから。
でも、それ初めて聞いたんですけど。ちゃんと教えてください、そのへんの種族固有の考え方。
ともあれ、好き以上だと自分の夫に宣言されて喜ばない妻はいないわけで、ついついにやけちゃう顔を誤魔化すよう火照った頬を手のひらで仰いでいたら、すでに耳に馴染み始めたコジマさんの鼻で笑う声が聞こえた。
あ、またバカらしいとか言われちゃうのかと振り返ると、案の定不快感に顔をゆがませた彼女がいて、だけど、それはさっきよりちょっとだけ敵意が薄れたようにも見えて。
「安っぽい昼メロとか、バカ?あんたの幸せ自慢なんか聞きたくないっつーの。それとも何?こうやれば男を手玉にとれるって自慢?ならそいつら全員、間抜けってことね」
口だけは、トーンダウンしてませんでした。相変わらずの毒舌全開です。
ま、そんな簡単に人間が変わったら、誰も苦労しないよね。
最初から説得しようってつもりで話していたわけじゃないから、どうしてわかってくれないのっ!…みたいな、それこそ昼メロ的心情には決してならず、わたしは生ぬるい笑みを浮かべただけだったんだけど、ハイジェントの面々は違ったみたいですよ。
「君は、彼女が貴重な経験談を話してくれたというのに、何も感じなかったのか?」
「呆れるほど品のない女性だな。口を開けば他人を罵ることばかりとは」
「お前ごときがミヤを貶めるんじゃない」
唾棄する様の皆さんに、どうやらわたしと同じくコジマさんの説得は早々に諦めていたらしい旦那様たちが、驚いていた。
少々顔をしかめて、珍しくしゃべり担当でないサンフォルさんがぼそっと呟いたくらいだから。
「まだあの娘に対して苦言が出てくるのか」
えー…それって、あれですか?言っても無駄、的な?…そこまでいくと、ちょっと暴言、じゃないかな?
さすがに心の声を人様に聞かせたらまずいんじゃないのかと、引き攣っていたら案の定、コジマさんが反応する。
「ちょっと、それどういう意味?!」
「言葉通りでしょ」
「わからないほど頭が悪いんですか?」
「説明する気にすらなりません」
怒りの形相はすぐに驚愕に変わり、言われた内容を噛みしめて再び憤怒に変わったんだけど、彼女の悲劇はここから始まったのだった。
「失礼でしょう!!」
「そろそろ中に入りませんか?日が陰ってきましたし」
「リーリアも心配ですからね」
「何シカトしてんのよ!」
「誰に預けたの?」
「カイムに頼んできた」
「…大丈夫なのか?」
「さあ?」
「ちょ、ちょっと…」
「聞きなさいよ!腹立つ!!」
「ミヤ、行くぞ」
「待って、コジマさんが…」
「ハイジェントの皆様もどうぞ中へ。お茶に致しましょう」
「…ああ、ありがとう」
「ええ?!スローネテス様まで、その態度?!」
「何1人で騒いでるの、ミヤってば」
「ゆっくり聞いてあげますから、取り敢えず中へ入りましょう」
「待ちなさい!なんで置いてくわけ?!ちょっと、ちょっと!!」
喚いているコジマさんをまるっと無視して、みんなはさっさと室内へ入っちゃうわけで、必死にわたしが引き留めようとしても誰も相手にしてくれなくて。
閉まるガラス戸を無理な体勢で振り返って何とか確認したコジマさんは、1人で憤慨する姿がだだをこねる子供のようで、寂寥感が滲み出ていた。
あの、この後の始末、誰がどうつけるつもりなんですか…?