5 会うには会えたのですが
「ちょっとっ、随分余計なことしてくれたじゃないの!」
陽だまりでリーリアとお昼寝中、いきなり降ってきた怒声にびっくりして目を開けると、女の人が金髪イケメンを2人従えて仁王立ちしていた。
何事が起ったのかさっぱり理解できてないわたしだけど、それをフォローするように闖入者の背後に回ったレリレプトさんが刃の先にしっかり標的を捕えていて、むしろそちらに焦ってしまう。
「ダメですっ!怪我させたらダメですよ!」
「大丈夫だ。きちんと殺す」
「もっとダメです!」
さらっと物騒なこと言わないでください!ほら、女の人が顔色をなくしちゃいましたよ。イケメンさん達なんかまったく身動きできずに固まってるじゃないですか。
目を覚ましてレリレプトさんの方へ飛んで行こうとするリーリアをなだめつつ、いろいろやる気満々の彼にわたしはため息交じりのお願いをした。
「怪我させたり殺しちゃったりすると外交問題に発展するので、やめてください」
「…その言い様だと、まるでこの女を知っているように聞こえるが、まさか?」
「そのまさかだと思います。なにしろ現状で開口一番『余計なこと』と言えるのは、彼女だけだと思いません?」
「わかった。殺すのはあの男にしよう」
「そっちも外交問題になりますってば」
彼女の正体がなんとなくわかっていたわたしは、久々のお仕事に張り切ったレリレプトさんを止めるため、遠回しに答えを明かして事態の収拾を図ったんだけど、失敗したみたい。危うく重要人物の死体を作っちゃう所よ。
だけど彼の察しの良さは、この場ではとても役に立った。
いる筈がない…ううん、いちゃいけない人が、いちゃいけない場所に存在することを、早急に知らせる必要がわたしにはあったから。
「ええっと、コジマ・ユウナさんですよね?」
初めの怯えはどこへやら、怒りに顔を歪ませて立っているアジア系の美人さんは、多分正しいであろう名を呼ばれるとちいさく頷いた。それを確認してレリレプトさんは、いつの間にやら近くに控えていたリワンさんと一瞬視線を絡ませる。
彼は悪魔や天使同様、テレパシーを飛ばすことができるらしい。距離にかなりの個人差が出るこの能力を、最高値を誇るアゼルさん並みに使いこなせるものだからこんな場面でとっても役に立つのだそうだ。
侵入者の正体がうっすら分かった先ほどから、ハッキリしたら旦那様方に伝えて欲しいというわたしの意思を読み取って、彼女が名乗るのを彼は待っていてくれたのだ。
正確には名乗ったんじゃなく、頷いたんだけれど。
ともかく、コジマ・ユウナさんはジャルジーにいる。
国外に出る許可をとっていようといまいと、これはとっても厄介なことだ。
だって、無許可で飛び出した彼女に下手な事を言ったり、あまつさえここに滞在なんかさせたら外交問題。
大丈夫、許可はあるのって状態でも、万一傷を負わせたりこの国のめぼしい天使や悪魔と、口にするはちょっとって関係になったりしたら、外交問題。
地雷が多すぎなんですよ、彼女!
「ふーん。あたしの前にも召還された人間がいて、しかも4人の夫と子持ちって聞いたから、どんだけ美人が出てくるのかと思ったら、すっごい十人並み」
それなのに、頭を悩ませている初対面の人間を鼻で笑って、コジマ・ユウナさんは仰いました。人が気にしていることをズケズケと。
えーえー貴方と違って容姿はいたって凡庸なんですよっ。頭だってずば抜けて良いわけじゃないし、自慢できることなんて全くありませんとも。
「その上、何?その体。もしかしてまた妊娠してるとか?信じられない!あんたまだ10代でしょう。1人産んですぐにまた次とか、体型崩れるじゃない。まさかここの連中の言いなりになって都合のいい女とかやってるの?それとも子供産むことで男をつなぎ止めてるとか?大変ね、生き残るために手段を選べないのって」
同情、されたわけじゃないよね?あの笑みはとても友好的には見えないもん。鼻で笑うっていうのは、バカにしている相手にすることでしょう。
なにより、レリレプトさんと何故かリーリアが殺気立っているのが証拠だと思うんだ。
話しが理解できないからこそ、彼女は悪意に敏感なのだ。自分の周りにいる人達にそれが向けられると、本能で排除しようとする。
…ちょっと方法が過激なのが問題なんだけど。
そんなわけだから、コジマ・ユウナさんがわたしに好意を持っていないのはよくわかったんだけれど、早々にこの場からリーリアを離脱させないと危険なんです。外交的に!
「そうですね。わたしがここにいる理由の1つは、子供を産むことなのでコジマさんの言う通りかも知れません。ただ大変ではないですし、幸せですよ?」
そう言ってリーリアの頭を撫でると、尖っていた空気が途端に丸くなり尖っていた唇が緩やかなカーブを描く。
よかった。どうやらほんの少し、ご機嫌が直ったようですよ。
「それ、錯覚だと思うわ。本当に幸せになりたいなら、せめて子供を産めるってことを武器にして生きて行きなさいよ。取り立てて美人でもないんだからさ」
あああっ!リーリアが、黒いっ。ほら、コジマさんの後ろでピリピリ放電してるの、気付きません?!
「それに、こんないい男を選び放題なんて、すっごいラッキーなんだから結婚したり旦那決めたりする必要、なくない?2股3股もオッケーとか、いいよね~奥さんいる男でも、一晩だけなら良いって言われたよ」
何が?!っていうか、ハイジェントの方達、コジマさんに一体何を吹き込んだのーっ!!
彼女の後ろでオロオロするばかりの金髪イケメンに視線をやると、自分達は知らないとばかりに激しく首を振っていた。
ということは、スローネテス様の言っていた長老達が言ったのかな。どっちにしても余計なことを…ただでさえ自分に都合よく回る世界を気に入っているらしいコジマさんが、それ聞いたら更に暴走すると思います。違う、してます。現在進行形です!
いかにハイジェントで優遇されているかを、並べ立てている彼女は知らない。背後でイケメン達が渋い顔をしているのを。リーリアが爆発しそうなのを。
事態に気付いてレリレプトさんが娘を宥めてくれなかったら、あなた今頃感電してましたよ?この子、気にくわないとかなりの頻度で雷発生させるんですよ?
「あ、あの!天使や悪魔ってすごく伴侶を大事にするので、そういうのしたがらないと思います、けど…」
「はぁ?知らないわよ、この世界の事情なんて。勝手にこんなとこ連れてきて、人の人生めちゃくちゃにしたんだから、あたしのお願い叶えて当然でしょ。あーでも、内定取れなかったし、ニートするより楽しいからむしろありがとうって感じ?」
コジマさんの言ってる事って大筋で間違ってないんだけど(勝手に喚びだしたとか、この星の事情を押しつけられてるとか)、言動の端々にそれを利用して楽しんでるのが見て取れるからあんまり不幸そうじゃないよね…。
貴重な人間でも、悪魔と天使に遭遇する第一歩が違うと、こうも別の道を歩くことになるんだと感動してしまった。
本来持ってる性格の違いもあるんだろうけど、ここまで吹っ切れたら気持ちいいし楽だろうなぁ。
そんなことを考えていると、
「だからさ、あんたむかつくのよね。あの煩い男にいろいろ吹き込まないでくれない?すっごいうざいんだけど。ハッキリ言って迷惑」
低くなった声で凄まれてしまった。
そっか。いきなり怒られたのは、ここへ繋がるわけですね。