3 ヒロインシンドローム
「条件付けって、大事だったんですねぇ…」
スローネテス様の溢れ出る愚痴を聞き終わっての感想は、それでした。
キレイな人間。キレイな魂。
このあたりの定義づけは未だによくわかっていないわたしだけれど(何しろ自分のことなので、あまりほめ言葉を並べられると落ち着かない)、少なくとも悪魔や天使に自分の要求を飲ませようと頑張る方を喚ぶと、あとがすごく大変だっていうのは理解できました。
コジマ・ユウナさんが欲しいのは、楽してできる贅沢と、イケメン集団のようです。その上、自分の要求がなんでも通るなら尚可。
そんなの、現代日本じゃありえませんから。というか、わたしと同じ日本からいらした事実にびっくりです。地球はそれなりに人種がいて、一人だけピックアップするなら山と女性がいるはずなのに、また日本人なんて。容姿と名前から同郷だとは思ってましたが、外国在住、国籍だけ日本とかかと思ってました。
なにか裏がありそうで、嫌な予感がひしひしとしますよ、ええ。
「条件云々はともかく、どれほどそちらが大変でもミヤにできることはないのではないでしょうか?」
よろしくない想像で身震いしそうなわたしを余所に、これまで渋い表情でスローネテス様のお話を聞いていたエイリスがやけにはっきりした口調で言う。
偉い人達に対する尊敬の念が全くないわたしと違って、彼女はそれなりの地位を持った方達には弁えた(ように見える)態度をそこそこ保っていただけに、慇懃無礼なこの様子には驚いた。
自国ではないとは言え、お父さんが王様なスローネテス様にこんな口を利いて、不敬罪とかで断罪されたりしないんだろうかと不安になれば、次に口を開いた人も大差無いものの言い様だった。
「そうですね、お手伝いして差し上げたいとは思いますが妻も子を宿す身、無理をさせることはできませんし、何よりそちらの事情をこちらに押しつけられてもというのが、本音です」
メトロスさんの外交向きの言葉遣いを初めて聞けたのは嬉しい発見だったけれど、笑顔で辛辣なことを並べるのはどっちの時でも変わらないんだと、嬉しくない発見もしました。
2人とも正論だけど、もうちょっと歯に衣着せることを覚えないと、スローネテス様がちょっとへこんでますよ?初対面の傲岸不遜はどこに置いてきたんだろうってくらい、疲れてますその方。
ちょっと見ていられないほど気の毒になったんで、助け船、出しますか。
「まあまあ、ちょっと落ち着きましょう。確かにわたしはコジマ・ユウナさんをどうにかできたりはしません。といいますか、現代日本人の中で物欲がなく、ちやほやされることが嫌いな女性を捜す方が大変だと思います。その観点から見ますと、彼女の態度は極当たり前なモノに思えるんですよ」
「ミヤは違ったではありませんか」
「それは誤解です、アゼルさん。わたしだってこの世界について直ぐ、貴女は貴重でみんなに大切にされ、王様と同じほどの権利を持っていますと言われたら、浮かれてのぼせ上がっていた気がします。その上、この中から好きなだけ夫を選んで下さいとイケメンな天使や悪魔を並べられたら、自惚れます。自分の容姿や性格を棚の上に勢いよく放り投げて”どれにしようかな”を、やりましたとも、ええ」
まあ、2人も3人も伴侶を選ぶかと聞かれたら疑問ですけど、1人は選んでます。
確信を持って、疑惑の目を向ける旦那様方と魔女に頷きましたよ。だって、本当のことだから。
コジマ・ユウナさんとわたしの大きな違いは、こちらに喚ばれた時の対応だった気がします。勿論、初めて喚ばれた人間さんもわたし寄りですから、これの意味するところは1つ。
選民意識。
ファンタジーの世界なら、使命を持った異世界召還だったり、勇者は君だ的なRPGの主人公的設定だったり、俗に言う中二病…いえいえ、まあ、その、その類いです。あはは。
当然わたしだってその1人ですよ。いつか王子様が、ならぬ、いつか異世界に、です。根っこはただの現実逃避ですけど。
だけど初めの人間さんもわたしも、このスタートで躓きます。
きっと理由があって喚ばれたはずだと信じる間もなく、自分の置かれた現状と浴びせられた罵詈雑言を理解するので精一杯。しんみり泣く暇も無く、誰もに不要なモノとして切り捨てられる。
こんな目に遭ってすさまない人間がいるだろうか。いやいない。
彼女もわたしも必死に生きていく術を模索して、この星を知って、だからこそ辿り着いた幸せを幸せだと言えるのだけれど、もう1人の人間はそこを間違えたんだと思う。
若い女性が、見たこともない世界でいきなりちやほやされたら、女神のように崇められたら、それももともと美しい人だったのなら。
自分は選ばれたんだって、自惚れても当然だと思う。自分が産む子供が世界の窮状を救うなんて言われたら、嬉しくないはずがない。
喚ばれてからずっと、王宮から出てもいないってスローネテス様は言った。だから彼女は街に女性がほとんどいない事実を知らない。異性の少なさに必死になった男の人達が、魔女の家で女性の気を引くための怪しい薬を買っていくことを知らない。
つまりは、世間知らずなのだ。
「だがミヤは、こうして暮らせるようになってからも我が儘を言わないではないか」
「そりゃあ、街の生活を知っていますし、自分の立ち位置を知っていますから」
不満そうなサンフォルさんに胸を張って見せたけれど、あまり自慢できたことではない。己がエサであり、エサを生み出せる存在であると理解しているってだけなのだ。
自分で言ってて悲しくなってきましたよ。
「では、ハイジェントの人間も、現状を知れば変わるかも知れないと?」
「確信はありませんが、がっつり感情を食べられてみるのも手じゃないかとは思います」
「その程度で大人しくなりますか」
「確信はありません。ただ、何も知らないままよりは、良いんじゃないでしょうか」
悪魔の旦那様達には断言できなくて済みませんと苦笑いを零しつつ、考え込んでしまいそうなスローネテス様に視線を向けた。
「どなたかコジマ・ユウナさんの感情を食べた方はいらっしゃいますか?」
「…人間だと確認するために舐めた程度だな。あれが脱力するほどに食事した者はいない。なにしろ長老達が『人間の感情をむさぼれるのは伴侶のみ』と勝手に協定を結んだんでしまったから、悪魔も天使も迂闊に手は出せんのだ」
「ではどうかその訳のわからない決まりを破って、エサになる気分を教えてあげて下さい。そしてこの国の現状も教えてあげて下さい」
何も変わらないかも知れないけれど、何もしないよりはきっといいはず。
わたしの提案を検討すると頷いたスローネテス様は、早速ハイジェントに帰って作戦を遂行するべく立ちあがった。
人間の伴侶問題が解決したわけではないけれど、お手上げ状態だったところに新たな手ができたことだけは事実で、試す価値ありと彼は判断してくれたらしい。提案したかいがありました。よかったよかった。
ふわりと舞い上がった黒い翼に手を振りつつ、暴風のような訪問者を見送って胸をなで下ろしたわたしですが。
「…本質とは、そう簡単に変わるものではない」
滅多に自発的に話さないレリレプトさんの不吉な予言を聞いてしまいました。
早速、脳内消去に励もうと思います。
お願いだから、わたしの後ろで呟かないで下さい…。