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キレイの定義  作者: 他紀ゆずる
承編
60/80

16 ありがたい偶然って、果たして本当にあるんでしょうか?

「とりあえず、お茶くれる?」


 言うなり乱雑にソファーに身を沈めたジャイロさんは、盛大なため息とともに疲労もはき出しているようだった。

 その常にない様子に眉根を寄せると、同じようにアゼルさんの難しい顔も目に入る。


「どうしたんです?いつも飄々としているのが売りの貴方が、随分お疲れの様ですが」

「そりゃあ疲れるって。ただでさえ経験のない外交交渉なんてしてるところに、新しく人間が召喚されたなんて情報が入っちゃさ」

「えっ?本当に?!」


 意外すぎる内容にすぐさま反応したのは、わたしだけじゃありませんよ?アゼルさんだって驚いています、表情だけ。

 でもわたしに比べたらそんなの可愛いもんです。いきなり知らない星に呼び出されてから2年近くなりますが、いつの召喚でもどこの召喚でも、人間が喚ばれたことはなかったんですから。やっと仲間に会えるかと思うと、胸が躍るに決まっているじゃないですか!


「どこどこ?どこの国です?ジャルジーじゃないですよね」

 この国の召喚は現在エイリスが担っていて、次回の召喚は確か来月末だって言っていたから、違うはず。ではどこなんだろうと、わくわく聞いているっていうのに当のジャイロさんときたら、うんざりって表情を作ってハイジェントっと吐き捨てる。


「ミヤを見慣れていたせいか…すっごいタイプの違いに驚きすぎてあいた口が塞がらないような女だよ」

「……何かありましたか」

「大有り」


 あまりに不機嫌な彼に不審を抱いたらしいアゼルさんの質問に、帰ったのは憎々しげな声だ。

 いつも陽気な食えない猫さんにしたら、とっても珍しい態度じゃありませんか?

 さすがのわたしだって、比較対象にされてまでこんなこと言われたら気になります。


「どんな方なんです?知らない星にいきなり来て混乱しているのかもしれないし、もしなんならわたしが直接会ってお話…」

「絶対させない。ま、どのみちあの女もミヤも自国を出ることはできないだろうけど、それだけじゃなくてあれに君が感化されるとか考えただけで吐き気がするね」


 どうやら不機嫌がマックスを突き抜けているらしいジャイロさんは、大事な筈の人間をあれ呼ばわりまでする始末。

 こうなるとますます気になるじゃありませんか、一体どんな人なのか。綺麗って条件で呼ばれてるんだから、強靱な魂の持ち主だって言うのはわかるんですけど、それだけじゃなく、ハイジェントに現れた2人目の人間なんて奇跡みたいな存在に興味を抱くなって言う方が無理です。

 ジャイロさんの個人的感想はいらないんで切に客観的説明を求めますと視線で訴えたら、更に嫌そうに眉根を寄せられてしまったけれど、それでも希望だけは叶えてくれました。


「嫌な女。高慢で、我が儘で、自己中心的。あれなら魂が強烈な輝きを放つのもよーくわかるね。なにしろ自分の欲望を満たすことに果てしなく貪欲で、崇められるのが大好きなんだから。宝石や望みの男を侍らせて喜びを垂れ流し、周囲の些細な不満に始終感情を爆発させている。それを食われてもさして体調に影響がないほど煩悩まみれの魂なんて、初めてお目にかかったよ。不快極まりない」

「…そんな人をこの世界では綺麗というのですか?」

「だーかーらー、あっちの魔術師の腕が悪いんだよ。キレイの定義が間違っているんだ。魂が捕食に耐えられるほど強ければ綺麗なわけじゃない、捕食されても尚輝きを失わない魂をキレイって定義する。こんな初歩の初歩で躓くなんて、馬鹿らしくて教えてやる気にもなれない。だから人間が喚べたって浮かれてる馬鹿共を放り出して返ってきたんだよ」


 たっぷり感情を供給できる人間をキレイだって召還したんじゃないとは、初耳。

 むかつく、不愉快、疲れた、を無限ループで呟いているジャイロさんを言葉もなく眺めながら、わたしは本気で驚いていた。

 ずーっと周囲が言う『キレイ』の意味がはっきりわからずにいたけれど、今日更に混乱しました。

 なんですか、キレイの定義って。美人とか、食べられても壊れない魂をそう呼ぶんだって、ずっと信じてたんですが?


 お馬鹿さんなわたしにもわかるようかみ砕いて教えてもらえないものかと、アゼルさんを見上げても難しい顔をするばかりでこっちに視線もくれない。どうやらこの旦那様も、ジャイロさんの話に思うところがあったらしく、己の思考の海に沈み込んでいて戻ってこないつもりらしい。

 となれば自力で何とかするしかないと、一生懸命覚えた知識をつなぎ合わせて現状を把握を計るんだけど、どうやら徒労のようだった。

 だってね、知らないことを無い知識で理解することなんてできないのですよ。無知はどこまで行っても無知なんです。

 だからしかたないんで、気になっていたことを聞いてみる。


「でも、人間ですよね?感情を食べられても壊れないし、血を混ぜれば天使や悪魔同士で自給自足できる娘さんが生まれるんですよね?」


 人間を切望していたんだから、多少性格に難有りでも大丈夫なんでしょう?と、定義が間違っていると断言したジャイロさんに確認すると、彼はひょいっと肩を上げた。


「強い魂であることと、人間であることは変わりないからどっちも問題ないんじゃない?だけど、あの女に惚れ込む天使や悪魔がいるかと聞かれれば、甚だ疑問が残るね。元々伴侶選びには煩い彼等が、一生を添い遂げる相手にそんなの選ぶ?」

「…選びませんね。確かに壊れないエサを求めてはいますが、妻にするならば性格と性質も吟味します。なにしろ生まれる子供にそれらは受け継がれてしまいますから」


 問われてアゼルさんもあっさり言い切る。

 そして再び疑問です。子供に親の性格って受け継がれちゃうの?そしたらリーリアって誰に似ちゃったの?

 生まれる前から好きな人を決めてべったり固執している愛娘を思い出して、思わず遠い目をしちゃったわたしを安心させてくれたのは意外にもジャイロさんだった。


「安心しなよ。リーリアは間違いなく悪魔の2人にそっくりだから。忘れてないだろ?強引に母さんの所から連れ去られたこと」

「納得です」

「酷いですねぇ」


 即答したところに苦笑いが被ってきたけれど、ここは事実なので流しておきましょう。

 そんなことより、問題はハイジェントの人間です。会わせてもらえないことと、ジャイロさん主観で多少問題のある方だとはわかりましたが(直接会ってないのであくまで理解したつもり)、彼女が現れたのならもしかして、生まれてくる予定の天使の娘はあの国にとられなくて済んだりしませんか?しますよね、流れ的に。

 不安のなかに一条の光が現れた気がして、男性2人を交互に見やるとどちらも頷いてくれました。


「人間の血が半分しか入ってない君の娘はもう必要ないって。一筆もらってもきたし、安心して」

「よかったですね、ミヤ」


 ひらりとどこかから紙を取り出したジャイロさんと、それを一目見て顔をほころばせたアゼルさん。

 どっど押し寄せた安堵に、久しぶりに心の底から晴れやかな気分になれたわたしは、性格が曲がっていようが誰かに迷惑をかけていようが、ハイジェントに望まれて現れてくれた彼女に本気で感謝したのでした。

 ありがとう!どこの誰だかわからない貴女!いつか機会があったら必ずお礼を言いに伺いますからね~。


 こうして、生まれる前からドナドナされちゃう予定だったお子さんは、そのはた迷惑な運命から逃れることができた訳なのですが、ジャイロさんが吐き捨てていた数々の不吉な言葉が、巡り巡って再びわたし達の元に降ってくる事になろうとは、この時は考えもしなかったのでした。


 平穏無事な人生が送りたいだけなんですけどね、わたし。



今更文中に登場した『キレイの定義』。

次回、転編でその辺りを詳しく説明したいと思います。

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