15 現実は厳しいからこそ現実なのです
公平って、素晴らしい言葉だと思ってました。
自分がその犠牲になるまでは。
麗しの双子に交互に食べられ尽くしたわたし、10日近く屍状態でした。別に精神崩壊起こしたわけじゃないですが、体力の限界は来るんですよ、必然的に。お二人は公平にわたしを食べたつもりでしょうが、食べられる方が1人だって事、忘れすぎです。
過ぎた快楽に溺れる→食事で補う→悲しみや苦痛を作り出して旦那様と娘に与える→始めに戻る。
無限ループです。ぐるぐると回ります。メトロスさんとサンフォルさんのお食事は初日に充分なさったそうで、10日の間はありませんでしたが、夜、ごにょごにょ…な状態になるので一緒です。疲れるんです、すごく。
それでも人間て馴れる生き物なんですよ。一月をそのサイクルでやり過ごしたら、順応してきました。
公平に天使の双子と過ごしても、昼間にリーリアと遊んでいられる体力が残りました。おかげさまで。
そんな日々の中、午後のお茶の時間でした。
「刑の執行が成されました」
ここのところ、夕食時にだけ天使の館に訪れていたアゼルさんが庭に舞い降り、レリレプトさんとリーリアを下がらせた後、教えてくれました。
饗されたお茶で口を潤しながら、少し疲れた表情の彼は居住まいを正したわたしを確認して先を続けます。
「処罰対象者は30数名。内、最高刑を言い渡されたのが元王に王妃、側近であった3名です」
「…皆さん、生きて洞窟に行かれたんですか?」
『最高刑』の中身をわたしが知っていたことにアゼルさんは一瞬驚いた素振りを見せたけれど、苦笑いを浮かべるとはっきり頷いた。
「珍しく保守派の方々までもが私達の意見を聞き入れて下さいましてね、翼を奪う際の苦痛は生命に支障がない程度に取り除いての執行となりました。藻掻き、泣き叫んではいましたが、存命です。今、ベリスバドンとサンフォルも一緒に島へ移送しています。夕暮れには彼等も戻るでしょう」
それは罪人が、夕暮れには長く続くであろう恐怖に耐える時間が始まると言うこと。メトロスさん達と話して納得はしていたけれど、いざ現実のものとなると何やら胸に来るものがある。
悲しみや同情ではないけれど、哀れみではある気がした。
バカなことさえしなければ、まだ生きていられたのにと思うと、気分のいいものではない。例えそれがわたしの大切な人や国を危険にさらした者の末路だとしても、だ。
「オフィエール様達は、どうなったんですか?」
ただ、恋する乙女だった彼女達が酷い目に遭っていなければいい、そんな考えでアゼルさんを見やると彼は暗い表情で首を振る。
「メトロスやサンフォルに迷惑をかけただけで済んでいれば、よかったんですがね。あの方々は中々悪辣な行いをなさっておいでだったようで、彼等に近づく女性達に脅しをかけ、尚屈しなければ父親に耳打ちしてありもしない罪をでっち上げたりと、おかげで中央を追われたり、取りつぶしの憂き目に遭った貴族がいたようです。もちろん調べ上げて彼等の復権は済んでいますが、好き放題に政治をかき回したことに変わりはありません。息子よりも一等重い刑…両の翼を切られた上で、修道院送りとなりました」
「翼…切っちゃったんです、か?」
「ええ、大鉈で。間接的とはいえ、彼女達の行為により自ら命を絶った者がいましたので、これ以上の減刑は望めませんでした。それでも生きていられるだけ幸せなのですよ」
翼は、この星で1番優れた種族である証だ。
他の種族が魔力を持ってしか為し得ない、空を舞うという行為を産まれながらにできる者。天使や悪魔の矜持の源。本にはそう、書いてあった。
世界を統べる彼等が、その地位を維持できるのには理由がある。生まれ持つ魔力然り、優れた政治能力然り、大空を支配する術然り。だがなにより特権を維持するため、他種族、国、同族に仇成す輩に厳しい処罰を科しているという事が大きいのだ。
仮に敵国に内通していた者がいたとして、獣人であれば獄中に一生繋がれるだけで済む。けれどこれが天使や悪魔であったなら、翼を落とされ、拷問を受け、必要な情報を全て聞き出した上で首をはねられる。
食料として双方合意のもと他族の女性を売買するのは許されているが、無断でさらえばこれも同じ刑、同族殺しも、他種族の虐待も、国を荒廃させるのも、全て待つのは死だ。
天使と悪魔だけに課せられる厳罰は、決して他の種族には適用されない。
だからこそ街の人達は天使や悪魔が国を統治することに異を唱えず、自分達より優れた施政者を支持する。希に生まれる魔術師や学者などはきちんと中央に近い場所で保護されるし、法律自体が施政者に厳しく民に優しいのだから、平和に楽しく暮らせるのなら特権階級の生活を特に羨む者もいない、というのがここ最近エイリスから学んだこの世界の仕組みだった。
理不尽なのか公平なのか、判断に迷うような迷わないような、難しい価値観だ。けれどずっとこうやって来て巧く世界が回っていることが全ての答えなんだろう。
少なくとも、ハンムラビ法典よりは全然ましな法律に思えるし。
「…そう、ですか。じゃあこの先ずっと、修道女のままなんですね」
翼をなくした彼女達を受け容れてあげられる寛容さは、天使達にはない。一生を閉ざされてしまった2人に思わず眉根を寄せると、アゼルさんが厳しい表情で、他に道はないですと言い切った。
「例え恩赦が出ようと、いつか罪が許されようと、翼をなくした者は街ですら生きられません。私達同族だけでなく、他の種族も翼を落とされる意味を知っていますから、スラムですら蔑まれるのですよ」
「え…?スラム、でも?」
「はい。混じり子としてあんな場所に追いやられていようとも、彼等は私達の同胞です。背に翼があることは矜持。罪で翼を奪われた者より、謂われない迫害を受ける者が劣っているわけがない。ですから、神に仕える場所で贖罪に一生を捧げるほかに、彼女達に生きる場所はないのです」
なんというかさっきも感じた価値観の相違が、どんどん開きます。宇宙の彼方、地球までいっちゃいそうな勢いです。正確には地球の価値観しか持ち合わせてないんですけど。
どちらにしても罪の報いが恐ろしすぎて、前王一家の愚かさに今更ながらびっくりですよ。なんだってこんなおっかない刑があるのに好き放題しちゃったんだか、教えて欲しい。わたしならしない。絶対しない。なにしろ勧善懲悪が大好きな日本人ですから(主に水戸○門とか大○越前とか遠山の○さんとか)、悪いことすると己に返るって宗教がなくても理解できちゃう立派な道徳観念を持ってるんです。
悪はいつか滅びるもんなのに………。
「まぁ…なんと言いますか、やっちゃったことは仕方がないとしか言いようがないですよねぇ…」
温いお茶を啜りながら、全てが後の祭りだと納得せざるを得なかった。
なにしろわたしにはどんな決定権もない。アゼルさんが教えてくれたのも全部事後報告で、今更なかったことにはできないことばかりなのだ。
現実を受け容れる以外、道はない。
「そうですね。ミヤがお嬢様方のことを気にかけていたとメトロスに聞いたので、一応ご報告には来ましたが、貴女のそんな顔を見ると黙っていた方が良かったと思ってしまいますよ」
苦笑いを浮かべたアゼルさんの指がテーブル越しに伸ばされ、そっとわたしの頬をなぞっていく。
「どんな、顔ですか?」
「今にも泣き出しそうです。相変わらず極上ですが…今日のミヤの感情はほろ苦い」
どさくさに紛れて食事をしながら、それでも彼の声も指も優しかった。緩やかな脱力感に見舞われるけれど、どことなくもやもやしていた心もアゼルさんは吸い上げてくれたようで、先ほどより胸が軽い。
「美味しくなかったでしょう?わたし」
「いいえ…貴女はいつでも甘美です」
優しい優しい旦那様は、卑屈になるわたしにバードキスをくれながら囁いてくれて、
「ミ「はーい、わるいけどそこまでにしてくれる?急ぎなんだよ、こっちは」
甘いムードを一刀両断してくれたのは、庭にいきなり現れたジャイロさんだった。
果たして、いつもの余裕がなく疲労困憊して見えるのは何故なんでしょ?