8 異星は不思議に満ちていすぎて理解不能です。
「へー…それは不思議だね」
明日生まれてもおかしくない状態になってきた日、定期的に訪問してきているエイリスとお茶を飲みながらまたまたびっくりな話を聞いた。
200年前に1度だけ現れた人間の女性が生んだのは、全て女の子だったんだそうです。
まあ、地球でだって5人産んで全部女の子だったってことは多いわけだし、ありえない話じゃないんだけれど、今わたしのお腹の中にいるのも女の子なんだと思うと、偶然の一致にしてはできすぎだと思ってしまったわけで。
「あら、悪魔や天使に感情を提供できるのは女の子だけなんだから、同族に感情提供をする為に生まれる子供が女の子だけっていうのはこっちとしてはありがたいわよ」
「にっこり笑って言われても、それはそれで複雑」
まんまるお腹に手をやりながら、この子もやっぱり『エサ』認定なのかとわたしは渋い顔をしてしまった。
すっかり慣れてしまったとはいえ、相変わらず食事を提供する身の上としてはその辺り苦労をしているのだ。
天使に与えるプラスの感情は、始めの頃は確かに楽勝で作れていた。美味しいケーキとかきれいなお花のプレゼントとかで。
だけどそういうのって慣れちゃうんだよね。メトロスさんに言わせれば『愛し合って生まれる快感』を作り出すのが1番簡単らしいんだけど…この子が生まれるまでそういうのはちょっとってことで、観光地へ連れ出してもらったりしてできるだけ大きな嬉しいや楽しいを作り出す努力をしていたりする。
対して、悪魔に与える感情を作るのもこれまた難しい。こちらも始めの頃はその、ベッドの上で…なかなか言いにくい方法で作り出していたんだけれど、妊婦ではあまり無茶もできないので地道に怒らせてもらったり故意に切り傷を作ったり(これをやると悪魔の双子に後でひどく怒られるんだけど、結局その怯えた感情も食べてるからオッケってことで)でなんとかやってる感じなのだ。
さらに最近抱え込んだレリレプトさんの分の感情もあるんだけれど、これは結構簡単なんだよね。あの人の卑屈さは無意識にわたしを怒らせるので。しかも同時にお腹の中のお嬢さんも怒っているから、なんなく食事にありつけているらしい。
ぽっと出の割にはおいしいところをさらっていく方です、はい。
「まあ、だからってこの先も全部女の子しか生まれないって決まったわけじゃないし、この辺はお楽しみよねぇ」
なにしろ前例が少ないしっと、お茶をすするエイリスは極めて楽しそうだ。こっちは楽しくないけど。
だって、子供産むのって痛いのよ?それをできる限り生む約束してるんだから、今から戦々恐々です。この子だって出てくるとき、相当痛いんだろうなぁ…スイカ産むって表現があるけど、うーん…。
いやだいやだとお菓子に手を伸ばしたとき、背後に控えていたはずのレリレプトさんが急に隣に現れた。
「ミヤ」
「わぁ!!」
びっくりしたぁとドキドキする胸を押さえていると、今度は上空から派手な羽音を響かせて金銀の眩しい双子が降ってくる。
「「ミヤ!」」
「え?はいぃ?!」
いきなりなんなんですか!
周囲に並んだ男たちに眉を寄せていると、間延びした声でエイリスが笑う。
「よくわかったわねぇ」
「わざわざ知らせてくる、できた娘なもので」
「仕事などしている場合ではなくなりましたよ」
「…俺にも伝えてきた」
「???」
自分達だけで会話をするものだから、全く意味がわからない私は首を傾げるしかない。
ただ、言葉の端々からこの状況を作り出したのがお腹の中の赤ちゃんだったことは理解できたんだけれど、しかしそれがなんの役に立つというわけでもなく、結局知りたいことは口に出すしかないのだ。
「で、勢揃いの理由ってなんなんですか?」
首を傾げた本気の疑問に、3人の男達は不思議そうに顔を見合わせ、疑問返しをしてきたのだった。
「その子が産まれるからですが?」
代表で口を開いたアゼルさんがあんまり怪訝な様子なので、思わずお腹に手を置いてみるけれど痛みもないし出産に至る気配もない。
「産まれないと思いますよ?痛くないし」
「どうして痛むのよ。獣人じゃないのに」
バカにする口調のエイリスに顔を顰めてしまったのは仕方のないことだと思う。
獣人は痛むけど人間は痛まないお産なんて、あるの?初耳なんだけど?
さっぱり意味がわからないとますます眉間の皺を深くすると、何事かに気付いたらしいアゼルさんがエイリスに鋭い視線を向けた。
「あなた、まさかいつもお茶を飲むだけでミヤに悪魔の子を産むというのがどういったことか、説明しなかったわけじゃないでしょうね?」
彼から発せられる怒気がその言葉に微妙な相乗効果をもたらしていると、気付けるのは地球人だけじゃないでしょうか?
なんかリメイクまでされた名作ホラー映画を思い出したんですけど…。
いえいえいえ、違います。わたしが産むのは○ミアンではないはず。なにしろ男の子じゃなくて女の子なんだから、落ち着くのよ、ミヤ。
大慌てで自分の彼方に飛んだ思考を引き戻して、改めてエイリスに目をやると彼女は明らかにしまったという表情で取り繕うように引き攣り笑いを浮かべていた。
つまり、アゼルさんの言葉通り、彼女は大事な説明とやらをし忘れていたらしい。
わたしが何を知らないのか、キリキリ話してもらいたいんですけどっと、無言で圧力をかけると魔女は早口で要点だけを言いました。
「天使と悪魔の子は、母親のお腹から飛び出すのよ」
………要点だけすぎます。
一瞬スプラッターな姿の自分を想像して悲鳴を上げそうになったわたしですが、すんでの所で優しく肩を抱いてくれたベリスさんのぬくもりに自我を保つことができました。
あるわけない、あるわけない。お腹を突き破って出てくる赤ん坊とか、ありえない。
恐怖に引き攣ったわたしの顔を見て自分の言葉が足りなかったことを悟ったエイリスは、慌ててそうじゃないと今度は落ち着いてきちんと説明してくれた。
「あのね、赤ちゃんは瞬間移動して産まれてくるの。獣人のように産道を通らず、かといって蛇族のように卵で産まれもせずにね、急にポンとこの世に飛び出してくるのよ」
………理解はできました。理解はできましたけれど、脳が理解することを微妙に拒否しています。
エイリスの口調からも3人の男性の様子からも、それが事実であると言うことは重々わかったのですがいかんせん内容が内容だけに、はいそうですかと納得できないものがあるのですよ。
なにしろわたしは天使や悪魔を魔法が使える『鳥人間』という風にカテゴライズしていたもので、蛇が卵で獣人が産道を使って産まれるなら、鳥も卵で産まれるなければ理屈に合わないんじゃないかと、考えてしまうわけないんです。
おかしくない論理だと思うんだけれど、どうもその常識は常識として通じないらしい。
だって非常識な赤ん坊がいきなりレリレプトさんの腕の中に、ぽんって具合に現れましたから。
「おや、父親よりレリレプトの方が好きですか?」
「迷ったのではないか?どちらが父なのか」
「これだけ好かれているなら、妻にするのに苦労がなくていいわね」
「………」
盛り上がる4人に対して、急にぺったんと引っ込んだお腹に手を当てて解せないわたしがいるんですけど、これ、普通の反応ですよね?人間だもの、おかしくないですよね?
ああ、今日ほど200年前の人間の方にお会いしたいと思った日はありません。
どうかこの混乱状態から、わたしを救って下さい!
すみません、この辺はあっさり流させて下さい。