7 自己主張はされるとされたで困ります
どんどん膨らむ、お腹は膨らむ。
大騒ぎなあの日から本日まで、妊娠期間も3分の2を越えた今日この頃、周囲は相も変わらずです。
「…殺さないというのは、なかなか難しいものだな」
「そう?簡単にやってのけてるように見えるけど」
「それはレリレプトの能力がずば抜けているからだろう」
「生まれた娘の護衛も引き続きお願いしますね」
「待て。その後は我々の子を産んでもらうんだぞ?妊娠中の護衛はどうするんだ」
「2人一緒でも彼の実力なら護りきれるでしょう。昼の間だけのことですし、問題ないですよね?」
「ないが…生まれてもいないうちから次の子の心配をするのか?」
「そりゃあするよ。ミヤはできる限り子供を産むって約束したんだから」
ほのぼのと明るいんだか明るくないんだかの未来を語っている皆さんが着いているのは、朝食の席です。
半死半生の男を3人、拘束用の鎖でぐるぐる巻きにして庭の隅に転がした状態で、男性5人とわたしが食事をしているわけなんですが、目にも鮮やかな血を視界に入れながら食欲が落ちない現状が不思議です。エイリス曰く、それはお腹の子供の精神状態にわたしが引っ張られている結果らしいのですが、どんだけ殺伐とした娘さんなんでしょう…。
お腹に手を当てて思わずため息をついてしまいましたよ。
余談だけれど、なんでこの子が娘だとわかったのかエイリスに尋ねたら女の子と男の子は精神の波動が違うんだって。それは大人でも子供でも胎児でも変わらなくて、魔女にはこのあたりが見えるらしい。そこまではよかったんだけど、見えちゃうのはジャイロさんも一緒で、あの人こともあろうか『その子、僕がお嫁にもらおうかな』とか気軽に言ったものだからベリスさんに剣先を突きつけられ、アゼルさんには社会的抹殺宣言をもらい、エイリスに怒鳴られ、最後に誰だかわからない人にみぞおちを攻撃されて崩れ落ちていた。
あくまで、誰だがわからないんだからね?決しておなかの辺りがムズムズしたとかそういったことはないから。あったとしても私は知りません。絶対。
ともかく最後のダメ押しはレリレプトさんの『俺の警護対象に不埒なことを考えるようなら抹殺する』だと思うんだけれど。無表情であれをいわれるのって、怖い以外何者でもなかったからなぁ…。
そんなわけでお腹の子は家の中では大切に愛されて育っているわけですが、お外には危険がいっぱいなわけでして。
「しかしうっとうしいよね、保守派の馬鹿どもは」
品良く千切ったクロワッサンを口に放り込みながら、メトロスさんが転がっている侵入者に一瞥をくれる。
「全くです。何が気に入らないのかと問われれば薄っぺらい矜持を持ち出すしか能がないくせに、やることがいちいち卑劣で腹立たしい」
お茶を飲む姿は優雅に、けれど辛辣に言い放ったアゼルさんは、アンバランスさが尚一層恐ろしかった。
「俺は絶えず仕事がある分、退屈せずにすむが、連中が気に入らないのはミヤではなく俺ではないのか?」
既に食事を終えていたレリレプトさんは平然と、自分を卑下するようなことを言うものだから思わず顔を顰めてしまう。
ここ数カ月一緒に暮らしてわかった彼は、己がひどく価値のない存在だと信じ込んでいる、ということだった。
誰がそう思わしたのかなんて言わずと知れているけれど、本当は悪魔と天使の混血というのは非常に能力の強い者が生まれる確率が髙いらしい。ただし、全く力が無い子供が生まれることもあって、その実力差が激しいが故に、忌避される存在でもあるのだとか。
というのがアゼルさんに教えてもらったレリレプトさんの真実だったんだけれど、本人は子供のころから辛酸を舐めてきたせいかそれを認めない。ひたすらに自分は卑しい、生きていく価値のない存在だと言い続ける。
わたしはそのことがとっても不満で、赤ちゃんの様子を定期的に診ているエイリスに言わせると、お腹の中の彼女も彼のこの態度に相当ご立腹らしかった。
なのでこの手の発言があった後は必ず、わたしが望まない発言をする羽目になるのだ。
「だったらレリレプトさんを馬鹿にした連中をみんな消しちゃえばいいんですよ。己を顧みず他人を貶す人に生きている価値なんてありません」
頬を膨らませて言い切ると、苦笑いを零したべリスさんがわたしのお腹を軽く叩いた。
「だめですよ、お母様の口を使って勝手なことを言っては。彼女がそれを望まないことを、君は知っているでしょう?」
途端に湧き上がっていた凶暴な感情がすっと引いていく。
妊娠が分かった頃に飛び出していた思いもかけない言葉が、実は娘の意思だったと知ってから、ことあるごとに彼らはこうして『教育』を施していた。
地球じゃ考えられないことだけれど、この星ではお腹に宿った子供の力が強いと母親を使って意思表示をすることがあるらしい。
まあ人間の妊娠中も嫌いだったものが無性に食べたくなるとかあるみたいだから、あれの過激化したものだと考えれば受け入れるのは簡単だった。
ただし、この状態から胎児教育に入るのだと教えてもらった時は衝撃が走ったけれど。
ませてますね、わたしの娘さんは。
それはともかく。アゼルさんやべリスさんがこうして赤ちゃんを窘めると、大抵わたしはわたしに戻れて、一瞬前の自分の言葉にびっくりしてフォローするのが常だった。
「今の殺人を推奨するような発言は忘れてくださいね、レリレプトさん。だけどお腹の子もわたしもとっても怒っちゃうので、自分のことを悪く言うのもやめてください。いいですね?」
「……努力する」
念押ししても彼の返答はいつも曖昧だったけれど、それでもいい。直そうとする意志があるなら、そのうちなんとかなるでしょう。
周囲のフォローもありますし。
テーブルを囲む面々を見回せば、彼等も無言でレリレプトさんに圧力をかけている最中だった。
「君さ、いちいちなにかあるたびに自分のせいにするのやめない?そりゃあ最初に差別意識を植え付けた僕らが言っても説得力ないかもしれないけれど、少なくとも城の騎士団で君に勝てる奴を探す方が骨だと思うんだよね。それだけの実力があるんだから、もっと堂々としていなよ」
怒る勢いで言ったメトロスさんは、けれど端々に優しさをにじませた叱責だった。
「ええ、そうですよ。君は頭も悪くない。戦術や瞬時の判断力ではただ登城してくるだけのごく潰し共より余程優秀です。うるさ方が代替わりした暁には私の部下として働いてもらおうかと考えているくらいなんですから、自分に自信を持ちなさい」
アゼルさんはより現実的な方法で、彼を認めて見せた。
これまでスラム街に打ち捨てられるだけだった混血の彼等に、門戸を開くと宣言したのだから。
すごいことだと内心拍手を送っていると、4対の瞳がそれにはとわたしを注視する。
「ミヤの生んだ子ともがレリレプトに感情を与える存在になることが大前提だな」
何を言い出すんですかサンフォルさん。
「できうるならこの娘を君が娶るといい。貴重な存在を妻に持てば誰も何も言えないだろう」
生まれてもいない娘をお嫁に出す気ですですか、べリスさん!
「あ、それいいね。理想的だ。悪魔の子が気に入らないなら、次に生まれる僕らの娘でもいいよ」
起こってもいない未来を確定した口調で語らないでください、メトロスさん!
「天使の子より悪魔の子の方がいいに決まっていますよ」
どっちの子もいい子です、アゼルさん!!
っていうか、なに?何いろいろ勝手に決めてるんですが、この人たちは!
疲れる、すごく疲れると頭を抱えていると、思わぬところから追撃が来ましたよ。
「俺はできるなら、その子がいい」
あの、人のお腹指してそんなときだけ自己主張するの、やめてください…。