5 解決するならためらわず一息に
自分の言動にぐるぐるしているうちに、なにやら話が纏まっていたようです。
前王のおじさんは娘の監督不行き届きで自宅軟禁、娘たちは裁判を受けることになるようで王城の牢に拘留、となったらしい。
ここまではいいんだけど問題は、赤髪のおじさんがレリレプトさんに視線を向けたことで、
「数々の要人暗殺容疑がお前にはかかっている、よって連行し尋問の上、極刑に…」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
刑を執行するような口調で淡々と告げるところに慌ててストップを入れると、彼が抜こうとしていた剣の柄に手をかけてそれを押し留める。
背中からピリピリする殺気を感じるのは、レリレプトさんがどこかにしまっていたはずの暗器を出して戦闘態勢を整えたから、だと思うんだけどそれは本気で笑えないから困るんです!
「ミヤ?」
この行動にべリスさんが声音を低くして少々凄みを利かせてきたけれど、それどころではない。
今は旦那様方のご機嫌より、レリレプトさんを守ることの方が重要ですから。
「この男は君を殺そうとしたのに庇うのか」
「わたし、死んでないので庇います」
些かおかしな言い回しになってしまったけれど、ほんの少し話しただけでも背後にいる人がそれほど悪人だと思えなかったわたしは、赤髪のおじさんにきっぱり言い切った。
周囲の人たちの表情は何やら複雑な色を宿しているけれど、その辺は知ったことではない。ともかく、レリレプトさんを殺されたくないのだ、わたしは。
「無知で、この世界についての知識は子供以下かもしれない人間ですけど言わせてください。この人がたくさんの悪魔や天使を殺したというのなら、それは生きるための手段として仕方なかったんだと思います。どちらの種族からも受け入れられず、かといって他の種族にもなれない彼らが生きていこうとしたら、何か仕事をしなくてはならなくて、取捨選択していけば暗殺の仕事しかなかった人が殺されるのをわたしには黙って見ていることができません」
銀色の綺麗な瞳を忌まわしいものの印のように言うレリレプトさんが悲しかった。
いつだったか彼等を助けられないと悔しげだったメトロスさんが思い出された。
会ってみて初めて、普通の、その辺にいる悪魔や天使と変わらないって知った。
どの親から生まれるのかは、彼らが決めたわけじゃない。偶然なのか必然なのかは知らないけれど、少なくとも人を殺すことしか選べない子供がいていいはずがない。
でも、レリレプトさんはそう生まれ、そう育ち、そう生きざる得なかった。この上、悪魔や天使の都合で殺されなくちゃならないなんて、絶対だめだ。
誰が誰だかはわからなかったけれど、1人残らず国の要人らしいおじさんたちを見回してわたしはできうる限りの力を声に込めて静かに宣言する。
「人間に悪魔や天使の子供を生ませたいとおっしゃるのなら、できる限り生みます。だから代わりにわたしのお願いを聞いてください。今後も命を狙われるかもしれないから、ボディーガードが欲しいです。有能で腕利きの、力の強い人。…レリレプトさんを下さい」
1番大きく気配が揺れたのは、背後だった。
エイリスはちっとも驚いていないし、ジャイロさんは相変わらず楽しそうに表情を緩めているし、悪魔と天使の双子は少々渋面を作ったまま、おじさんたちは一瞬顔を歪めたものの小さく諦めの吐息を零してそれまで。
だって、みんな知っている。人間に与えられている特権、とやらを。大抵の我儘は通るってわたしに吹き込んだ人が悪いのだ。そんなもの行使する気はなかったけれど、レリレプトさんと引き合わせたりするからいけないのだ。
いつもは少し間抜けでも、ここぞという時には多少頭が回るんだからと得意になっていると、背後から多分の呆れを含んだ声がした。
「…俺は君を殺そうとした暗殺者だぞ?なのに傍に置こうというのか」
「はい、いてもらいます」
振り返り綺麗な銀色の瞳を見据えて、この星に喚ばれてから初めて命令じみた言葉を紡ぐ。拒絶を許さぬ権力を振りかざす。
「報酬はこれまでの罪滅ぼしを兼ねていますからナシです。でも、衣食住は保障します。といっても食以外はわたしじゃなくて旦那様たちが、ですけど…」
おそるおそる視線をやった先で、2人が苦笑いを漏らして頷いた。完全に諦めた、好きにしなさいって顔をしている。
どうやらオッケーをもらえたらしい。
我儘言ってごめんなさいって謝意を視線に込めて目礼してから、周囲は固めたとばかりにレリレプトさんを見やると、彼は初めて銀の瞳に困惑を覗かせていた。
本気で困ってますね、今。
「ダメ、でしょうか?わたしを守るなんてイヤ、ですか?」
自由を奪われて気ままに暮らすことはできなくなるし、きっと好きではないだろう悪魔や天使と四六時中顔を合わせなければいけない生活は、彼にとって苦痛かもしれない。
レリレプトさんの表情にそんな嫌悪が表れていないだろうか?
探った顔はそんなものを吹き飛ばすくらいぼんやりとしていて、どことなく褐色の肌が紅色に染まっているように見えた。
「俺を…受け入れるというのか?君も、悪魔たちも」
戸惑いがちに声にされたのは重い一言、だなって思う。
これまで否定されてばかりだっただろう彼が、認められて必要とされるという事実を確かめ噛みしめている、そんな一言だ。
そして、レリレプトさんの言葉を肯定するなら、決して裏切ってはいけないとわたしも肝に銘じなければならない。
だって初めて信じた人に嘘をつかれたりしたら…わたしなら絶対人間不信になっちゃうもの。
「はい。幸か不幸かわたしはこの星の生まれではないので、レリレプトさんがどこの誰だろうと構わないんです。ただわたしを守ってくれるのか、見捨てずに傍にいてくれるのか、それだけです」
彼のような境遇の人を全て救えるなんて思い上がりはない。でも、出会ってしまった彼が極悪人でもないのに殺されるのを黙って見ていられるほど、冷たくもない。
命を救うためにできることがあるなら、したいのだ。
どうか思いが伝わりますようにと、そんな願いを込めて見つめているとアゼルさんにべリスさん、なぜかメトロスさんとサンフォルさんまで頷いていた。
「ミヤが…妻が望むのなら希望は叶えますよ。彼女に警護が必要だということは、今回よくわかりましたし」
「私たちが守れない時間、君ならばそばにいることは可能だろう。なにより強い」
「天使と悪魔の血が流れているからと言って、君を貶める理由が僕には見つからないね。寧ろ純粋な天使なんかより余程大きな魔力を秘めていることに驚いているくらいだ」
「ミヤが認め欲するのなら、君は信頼に足るのだろう」
「買いかぶりすぎです!!」
レリレプトさんを救うための後押しをしてくれるのは嬉しい。嬉しいけれど、最後のサンフォルさんのは言いすぎですから。わたしにはそんなに人を見る目はありません。
慌てて否定するのを、やけに意味深な笑い声でかき消したのはエイリスだった。
楽しげにこっちを見ながら、にいっと口の端を吊り上げる。
「あなたが身を守りたいと思うのは当然よ。それに足る力をもつ者としてレリレプトを選んだのも、至極妥当な選択と言えるわね。何しろそれを命じたのはここにいる誰より力を有する存在ですもの」
…また、なんて意味深な言い回しをするかな、この魔女は。
何もかも知っているくせに回りくどい言い方で周囲を煙に巻こうとするのを、ジャイロさんが受け継いだのか。
納得してかけて慌ててそうじゃないと思考を引き戻す。もっと重要なことを聞かなくちゃいけないと。
「ちょっとエイリス、わたし誰からも命令なんてされてないけど」
ずーっと一緒にいたんだし、ここに入ってからはこれだけの目があるのだ。誰かが気づかれないように命じようとしても絶対ばれるはず。
そんな確信をもって彼女に詰め寄ると、更に笑みは深くなる。
「されてるわよ、そこから」
細い指が指したのはわたしの下腹部で、その辺って言ったら…え?
「え?えええっ!」
「鈍いわねぇ。自分のことでしょう」
「自分のことだってこんなのわかんないよ、初めてだもの!」
言い争うわたしたちに刺すような視線が集まる気配がして、恐る恐る振り返ってみると、何となく理由がわかっている人、全く意味不明で眉根を寄せる人、憎悪に顔を歪める人、さまざまな様子である。
どっちにしろ、何か言わないと収まりそうもないことだけはわかるけど。
どうしようか、どういえばいいだろうか…考える時間も必要もないとわかったのは、その直後。
「子供、できたみたいよ。娘がね」
エイリスが言っちゃったから。
…そっか、娘なんだ。…ははは…はぁ。