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キレイの定義  作者: 他紀ゆずる
承編
47/80

4 ミヤのお口は故障中

 階下のダイニングで昼食を取り、怪しげな薬の作り方について講義を受けていたのは、険悪で最悪な部屋から避難して1時間以上が経過した頃だった。

「あら?」

 久々の師匠モードだったエイリスが、流れるような説明を不意に途切れさせ眉根を寄せる。

「どうかした?」

 まさか流血騒ぎとかに発展したのかと、冷や冷やしながら問いかけると彼女は何やら数を数えている。

「1、2…5人ね。あらあらまあ、随分面倒な連中ばかりが集まったものじゃない」

 ニヤリと口角を上げた表情が息子さんそっくりですねって言ったら、風の玉で攻撃されるだろうか?いやいや今はそんなことどうでも良い想像で時間を無駄にするべきじゃない。それより何が起こっているかが重要なんだから。

「ね、1人でわかってないで教えてよ。何があったの、上?」

 天井を指さすと人の悪い笑みを浮かべたままのエイリスは大したことじゃない、客が来ただけだと言う。

 メンツは元王様、参謀様に参議様、騎士団長に宰相様だそうで、

「他の連中はともかく、宰相っていうのは大抵次期王と決められた者が役に就いているの。今の王は悪魔の長なわけだから、実質天使族の長が2階にいるってことよ」

「それ、すっごい大したことだから!!」


 ああ、ちょっと前にも同じ様な叫びを上げた気がする。多少内容は違ったとしてもこれはわたしとエイリスの価値観が違うって証拠でもあるわよね。

 血相を変えた大声にわざとらしく耳を押さえて顔を顰めた彼女を見ても、その辺は明らかじゃないかな。

 だって普通驚くでしょ?!家の中にいきなり大臣とか次期国王とか来ちゃったらびっくりしない方が変じゃない!違うの?ここの星の人達は違うわけ?!

 カルチャーショックに耐えきれずエイリスに縋って問い質すと、あっさり彼女はわたしを肯定するのだ。


「そりゃあ驚くでしょうね、大抵の場合。だけどここは最上級の地位にいる悪魔の屋敷であり、問題を起こしたのは前王の娘であり、狙われたのは貴重すぎる人間なのよ?王は滅多なことで王宮を出られないんだから、名代としてある程度の地位にいる連中が処理に当たるのは当然でしょう」

「あー…そういう意味ね。ならいいや。わたしの感覚が変じゃないなら…って、違うから」

 ほっと胸をなで下ろし、直ぐにひとりつっこみを入れる。

 冗談じゃない。それだけ大事に発展したって証拠でしょうが、それは。

 命を狙われるのは冗談じゃないけれど、だからってあんまり大事になるのを望んでいるワケではない。できれば穏便に、できなくても穏便に済ませたいのが日本人の気質なのだ。


「何がどうなってそんな人達が来る状況になったのか、やたらと興味が尽きないしいざとなったら止めたりしたいんで部屋に戻ろう」

 決意して立ちあがったていうのに、エイリスってば怠いとか言いながら一向に動こうとしない。

 この怠惰な魔女、どうしてくれよう?

 だけど説得するのも時間の無駄なんで自分だけでも乗り込もうと踵を返すと、仕方ないとか呟きながら嫌々腰を上げた彼女はわたしの腕を掴んで一気に空間をひとっ飛び。

 見慣れた光景の中、いっぱいの視線に急に晒される羽目になった訳です。そう、一瞬で自室に出てました。しかも並み居る皆様のど真ん中、部屋の中心です。目の前には見慣れないおじさまが5人ほどと見慣れた6人が揃ってます。

 言うまでもありませんが、全員目が点です。


「あ、えーっと、あはは…すいません、急に」

 苦し紛れに笑いながら誤魔化そうとして…無駄だって気付きました。

 アゼルさん、ベリスさんの苦笑いと、メトロスさんサンフォルさんの生暖かい視線が苦しいです。お嬢様達のうつろな目が怖いです。おじさんたちの顰められたお顔に竦みます。

「ちょ、エイリスっなんで急に飛ぶの?!もっとこう穏便に、こっそり侵入とかできなかったわけ?!」

 面倒そうに突っ立っていたエイリスの腕を引っ張って小声で抗議しつつ、部屋の隅へ移動していたわたしははっきり涙目だ。ここに来たかったけど、こんなに急に現れたかったわけじゃないんだから。

「こっそりする方が良くないのよ、この場合。なにしろ気が立ってる連中が多いし、暗殺者までいるんだから下手したら部屋覗いた瞬間に殺されるわよ」

「どんな戦場なのよ、ここはっ」

「こんな感じ?」


 グルリと実際殺伐とした空気に満ちた周囲を示されれば、口を噤むしかない。

 仕方なしに大人しく書き物机の椅子付近まで避難したわたしは、できる限り物騒な方々を見ないようにして大人しく椅子に座ったのだが。

「…あれが、人間か。魔女までいるとは、悪魔は愉快な屋敷に住んでいるのだな」

 紛れもない侮蔑を含んだ声にそろりと視線だけ上げると、40中頃の薄水色の髪をしたおじさんが汚らわしいものでも見るようにわたしとエイリスを睨み付けていた。


 聞かずとも正体はわかるけれど、一応確認せずして疑ってはいけない、よね?

「前の王様?」

「そう、玉座を下ろされた理由にさえ気付けない愚王」

 ひそひそと問いかけたのに、エイリスってば普通の声音で返すもんだから、おじさんの額にぴきっと擬音付きで血管が浮き上がる。

「ちょ、ちょっと!ダメだよそんなこと言っちゃ」

「あら何故?こんなのその辺の子供でも知ってる事実よ」

「だからこそ、でしょ!人は痛いとこ付かれると余計に怒るもんなんだよ」

「あなたも大概ひどいこと言ったわよ、今」

「え?あ、ああっ!」


 言外に愚王を肯定する発言だったと、慌てておじさんを見れば怒りも露わにわなわな震えていらっしゃる。

 なんで言葉って戻ってこないんだろう…っていうか、ジャイロさんの言いたい放題が移った?

「すいません、悪気はなかったんで…」

「謝る必要などない」

 謝罪の言葉を遮ったのは、黒髪黒目と見慣れた色合いを宿した壮年の男性だった。

 あまり悪魔や天使に出会ったことはないけれど、ナイスミドルで端正なお顔立ちをなさっているのは種族特有なんだろうか。感じは良くないけれど前王も、他のおじさんたちもみんな美しい容姿をしていらっしゃるし。

…って、今これはどうでもいいことだ。それより、なんで謝らなくていいのかがわからない。


 首を傾げているとおじさんはわたしの疑問を察して先を続けてくれた。

「差別的思考が強すぎて王としての力量不足を理由に解任されたのは事実だ」

 あー、自分のが悪くて王様やめさせられたんだから、本当のことを言っちゃったからって謝らなくていいってことですか?

 理解はできるけれど、そんなに冷たくあしらわなくても良いんじゃないかと余計なお世話的なことを考えていると、今度は絵に描いたように金髪金目のおじさんが彼に同感だとばかりに深く頷く。

「天使至上主義の前王のおかげで、我々の一族全てが迷惑を被った。未だにそれに気付けんのだから、市井で悪し様に言われたとて当然の報いだ」

 吐き捨てるという表現がぴったりの言い様に、さらに銀髪に柔和な雰囲気のおじさんが優しいげな微笑みをわたしに向けて問うのだ。

「人間を利用しようと真っ先に画策した人物に同情する必要はないのだよ。彼等から聞いているだろう?己の年も立場も、ましてや伴侶の意向さえ無視して君を子供を産むためだけの道具に、そして無限に湧き出る『エサ』にしようとした男がいることを」

 ちらりと視線を送られたアゼルさんとベリスさんがにわかに表情に怒りを滲ませ、おかげで記憶が勢いよく蘇った。


 王様がわたしを連れてこいって言ったって、いつだったか聞いた。

 そうだ、あの時のあの人がこのおじさんだったんだ!うーわー、最低、最悪。なんで同情した、わたし?!

 どんなに顔が良かろうとおじさんはおじさんで、人の顔見て真っ向からバカにできる相手と子作りしようとか考えてたのか、この人。

 こっちこそあんなおじさん願い下げだと思わず睨んだら、それまで黙っていた赤髪の精悍なおじさんがスラリと腰の剣を引き抜いた。

「もう面倒だ。いっそその男と娘、皆殺してしまえば済む話しだろう」

 怠そうなくせに切っ先はきっちり前王の首筋を捕らえている辺り、本気すぎてちっとも笑えません。なにより誰もそれを止めようとしないので、より一層笑えません!


「ちょ、ちょっとやめて下さい!人の部屋で人殺しなんてして、幽霊とか出るようになったらどうしてくれるんです!!」

 でも、動揺してわたしの口から飛び出した台詞も全く笑えませんでした。

 なにしろ屋敷の主達も同意とかしちゃうし、他の人も血で汚れるだの、後始末が面倒だのと、殺される人の命について倫理的批判をした人がいなかったんですから。


 どうした、自分?どこに置いて来ちゃったの、日本人的モラルは!!


主人公の道徳観が少々壊れておりますが、伏線です。いきなりキャラが変わったわけではないので、流していただけると助かります。

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