3 狂気に怯える人間は撤退を強く希望する
今回少々短めです。すみません。
エイリス・ジャイロさん親子VSレリレプトさん…なんでこう、のんびりとした空気が流れているわけで?
睨みあうでなく、緊張も殺気もない両者の空気にわたしが首を捻っていると、相変わらず何が楽しいのか浮かれた声でジャイロさんが言うのだ。
「へえぇ~あのお嬢さんたち、少々お頭は足りないみたいだったのに、鼻は利くんだね。当代きっての暗殺者を探し出して雇うなんて、かなりいいよ」
「…よくないですよ、それ。わたしが非常に危険てことじゃないですか!」
「でも死んでないでしょ、君」
「殺されるところだっただけですよ、確かに」
ジャイロさんはわたしの嫌味なんて全く聞いてないし堪えていない。興味の先は主にレリレプトさんオンリーに向いていて、ちっとも状況把握なんてする気はないんだ。
それならば頼れるのはエイリスだけと、すがる視線を向けると…外国人仕草で肩を竦められてしまった。
「我が子ながら、ちょっとおかしいの」
「ちょっと?!あれはちょっとじゃなくてすっごくでしょ!」
「うん…まあ、その辺はどうでもいいんだけどね」
「よくない!」
「いいのよ。それより問題なところが山ほどるんだから。好奇心旺盛すぎて危険を顧みることはないし、刹那主義で一瞬楽しければその他の事象はすべて無視するし…どうして慎重派の私からあんな子が生まれたのかしら…」
「猫だからでしょ」
首を傾げるエイリスに言い切った時、わたしの頭を慣用句が横切って行った。
『好奇心は猫をも殺す』
ミステリー小説好きの友達が目を輝かせながら意味を説明してくれたっけ。
余計なことに首を突っ込むと死ぬほどの目に合うんだけど、猫って好奇心がいっぱい過ぎてその衝動を止められないのよねぇ…って。
ジャイロさん、猫だし。しかもとびっきり特徴を前面に押し出した猫だし。
きょろきょろ不躾にレリレプトさんを観察するのも、他人(この場合わたし)の置かれてる状況なんか無視で自分の好奇心を満たさんが為だけの行動だし。
マッドサイエンティストっぽいよね、魔術師だけど。
お茶を飲んでいる暗殺者に好奇心むき出しで近づく魔術師を眺めていて、納得できた。
わたし、間違いました。完全に助けを求める相手を間違いました。
「エイリス。アゼルさんかべリスさんか、この際メトロスさんでもサンフォルさんでもいい、とりあえずわたしの命を守る気のある人、呼んでもらえない?」
「…わかったわ」
引き攣った笑顔でお願いすると、彼女は疲れたように頷いてすぐに行動に移ってくれた。
そして、さまざま諸々棚上げしておいて、昼。
皆さん、お揃いです。悪魔天使の双子に加え、なぜだか元王様のお嬢様方までわたしのお部屋に集っていらっしゃいます。
静かに怒ってるアゼルさんや、前面に不機嫌を押し出したメトロスさんも怖いですけど、すぐにでも腰に帯びた危険物を抜き放ってお嬢様方並びに暗殺者さんを葬り去る気満々のベリスさんとサンフォルさんが1番怖いです。
傲岸不遜が売りの娘さんも、これにはちょっとばかり顔色変えているんですけど、平然とお茶を飲めるレリレプトさんとジャイロさんの神経回路が全く持って不明です。
というかお願い、空気読んで…。
「懲りないな、貴女方は」
冷や汗吹きそうな沈黙を破ったのは、サンフォルさんだった。
長椅子に並んで腰掛けている彼女達を睨め付けると、感情が消えた声で静かに言う。
「サ、ンフォル様、これは…」
「誰が言い訳を聞きたいと言った?」
こう無碍に切り捨てられては、セフィーラ様も開いた口を閉じるしかない。
言い訳もダメ、なんですか。じゃあ、どうしたら?
「エイリス、あの、もしかして今ってすっごくヤバイ?」
「もしかしなくてもすっごくヤバイわよ。この部屋、殺気が漲っているじゃない」
「だよね、だよね。一部地域を除いて、明らかに危険地帯だよね」
テーブルを囲む皆さんから少し離れて、部屋の隅っこに用意された書き物机の前へエイリスと2人避難していたわたしたちは、声を潜めてその一部地域に視線をやる。
当然陣取っている暗殺者と魔術師は、6人の悪魔と天使の無言の攻防など爪の先ほども気に留めず、不毛な一方通行の会話をなさっていた。
「君さ、感情はどこで食べてるの?もしかして成功報酬が若くて活きの良い女の子名ワケ?」
「………」
「暗器を持ってたけど、暗殺に魔力は使わないわけ?非効率的じゃない、それ」
「………」
「灰色の瞳は夜目が利くって聞いたけど、本当?暗闇の中で物が判別できるの?」
「………」
好奇心むき出しの猫と、無関心極まりない暗殺者。
見ている分にはとっても愉快だけれど、いつ無神経な言動が相手を怒らせるのかと思うと端で見ているこっちの方が気が気じゃない。
「ちょっとエイリス、止めてきなさいよ、おたくの息子」
「無理よ。ほら言うじゃない?バカは死ななきゃ治らないって。あの子もそうなのよ。いっそ殺されでもしたら、自分の口から飛び出した凶器について反省するじゃないかしらねぇ」
「それ、親の台詞じゃないから!」
諦め顔のエイリスを小突きながら、あっちはどうなっているだと目をやればとうとうアゼルさんとメトロスさんの毒舌が火を吹き始めたらしい。
「本気で頭悪いよね、君たち。ミヤが死んだら僕たちが君たちを愛するとでも思ったの?」
「面白いことを考えますね、メトロス。例え貴方方兄弟がとち狂ってこれらに目を向けようにも、その頃原型はないですよ。私とベリスバドンが切り刻んでいますから」
「そっちこそ、面白事言うじゃないか。ミヤを殺した相手をそう易々と殺してやるなんて、思いの外アゼルニクスはお優しいらしい。僕なら永遠の拷問にかけるけど?肉体的に毎日死ぬほど痛めつけて、翌朝それらを全部治す。そしてもう一度、拷問。どう?楽しそうだろう」
「確かに。でしたらそこに精神的拷問も加えませんか?両面から狂うギリギリ限界を見極めながら毎日繰り返したら、あれらはどれほど持つでしょう?」
「さあ。でも、最低でも10年は持たせたいよね、僕たちの精神衛生上」
にこやかに会話しないで下さい~。ほら、ほらほら、オフィエール様もセフィーラ様も既に失神寸前ですよ?顔色ないし、時折ふっと意識も飛んでるみたいですから!
「怖いんだけど、あっちもこっちもすっごい怖くて、わたし泣きそうなんだけど」
「奇遇ね、私もよ。ここなんなの?狂人が集会でも開いてるの?バカ息子は地雷を一生懸命踏み続けているし、暗殺者のお兄さんは微妙に表情が強ばってきたし、戦闘向きらしい天使と悪魔は今にも剣を抜きそうで、言葉で殺人が犯せそうな天使と悪魔は笑顔で若い娘を追い詰めてる。ここにいると気が変になりそう」
うんざり吐き捨てたエイリスにこっそり縋って、わたしは今1番のお願いをしてみることにした。
「じゃあ、逃げよう。今すぐ逃げよう。ともかく彼等がどんな決断を下してどんな行動に出るのか、全部決まったら聞かせて貰う方向で、途中経過はパス!」
「賛成」
こうして密約は無事成立し、気分が悪くなったわたしをエイリスが看病のために別室に移すってことで、みんなの同意は何とか取れた。
いいですか、残された皆さん。どうか、どうか穏便に事を運んで下さいね?取り敢えず死人を出すのだけはカンベンな方向で。
………大丈夫か、あんなに拷問方法で盛り上がってたもんね。………イヤな納得の仕方。