2 禁句と無知とはミヤをも殺す
うららかな日差しの中、ちっともうららかじゃない人物と静かにお茶を飲むって、なかなかスリリングである。
「あの~、お口に合いますか、それ」
「ああ、毒は入っていないようだな」
意外にも美し所作でエイリス特製茶を啜りながらの一言に、ちょっとだけ関西ツッコミ魂が首をもたげた。
入ってるかそんなもんっ!殺し屋じゃあるまいに。
あ、殺し屋でしたね、この方は。
口元の布をずりっと下に下げて隠していた顔を露わになさった殺し屋さんは、エキゾチックなイケメンだった。
お名前をレリレプトさんと仰るそうな彼は、無表情な上に感情が欠落しているんじゃなかろうかと心配になる言動が多い。
さっきの毒云々もそうだけれど、互いに自己紹介しましょうと提案してあっさり名前を教えてくれちゃうから、素性がばれて平気かと尋ねれば『知った相手を皆殺せば良い』との簡潔すぎるお答え。
殺しちゃダメです。都合の悪いものを端から消していったら、世の中びっくりするくらい人口が減っちゃいますよ!
こんな当たり前の窘めさえ『風通しがよくなりそうだ』で済ましちゃうって、色々大事なもの無くしちゃってる感じですよね~。
そんなわけですから適温のお茶をコクリと喉に流し込みながら、さてどう会話をかみ合わせようかとわたしの脳はフル回転中です。ともかく無難な話題で繋がないと、こっちが先にシナプス焼き切れそうです。
「あ~え~レリレプトさんは、なんて種族なんですか?」
じっくり検討した結果、1番妥当な質問をしたつもりだったのだけれど、冷たい上に殺気まで帯びだした無表情に悟りたくないことを悟る。
地雷、踏みました!
今なら視線で殺されうる気がするわたしは、まずいまずいを胸の内で繰り返しつつどこが不味かったのか考えて考えて…思い至った。
「すいません、ごめんなさい!悪気はなかったんです、ただ無知なだけだったんです!!!」
必死に頭をさげ倒しながら、以前聞いたメトロスさんの言葉が脳内で反響していた。
『凶悪な暗殺者』になっている天使と悪魔の間に産まれた子供。
種族を問われてこれほどの怒りを発するのなら、そして己を暗殺者だと称するのなら、彼は間違いなく両親が違う一族のはずだ。
闇の中に隠れ住み、誰からも受け容れられずに殺すことを生業とするしかなかったのなら、無表情も無感情も大いに頷ける。なにしろ彼等に優しく接する人は、この世界に皆無だったんだろうから。
今日ほど自分の記憶力の悪さと、無神経さを呪ったことはない。
ひたすら頭を下げながら、これで殺されるなら仕方ないかなと思っていた時だ。
「…悪魔の館に住み、自分を無知だというのか。その辺の子供でも知っている我々の特徴を見て尚、種族を問うことを無知だと謝罪する、お前は何者だ」
えっと顔を上げると、無表情に輝く灰色の瞳が純粋な疑問をわたしにぶつけている。
誰も教えてくれなかったけれど、彼等には何か身体的特徴があるんだろうか?
はてと首を傾げて、思い当たったのは肌の色だけだった。
基本的に白人と黄色人種で占められているジャルジー国(他の国にはどんな肌の色の人がいるか知らない)で、褐色の肌というのは初めて見た。
酷く単純な色の足し算をすれば、白と黒を混ぜて褐色ってことがないわけじゃないと思う。だけど、アゼルさん達やメトロスさん達はあきらかに白人だ。2つを混ぜたからって、褐色の肌になるワケがない。
何が違うんだと思い悩んでいると、じれたようにレリレプトさんは答えを投げつけてきた。
「目だ。この灰色は他のどの種族にも出ない。天使と悪魔の血が混じった者だけが持つ、特別な色なのだ」
それは初めて知ったと、マジマジと灰色の瞳を眺めていて気付いた。
これ、ただ灰色のワケじゃない。うっすら光を反射して輝く…銀みたいなシルバーグレイだ。
「へぇ…すごですね、銀色の目とかちょっと羨ましい…」
独り言のように呟いて、再び地雷を踏んだことに気付いた。
バカーわたしのバカーっ!!その目玉のせいで苦しんできた人になんてこというかな、自分!無神経だ、マジに神経が切れいているとしか思えない!!
「再び三度すみません!!お嫌ですよね、その色。褒められたらイヤミですよね、本当にわたしってばバカですみません、すみませんっ」
もういろいろ謝ったくらいじゃどうしようもなけれど、ともかくごめんなさいは基本だと教育されて生きてきたわたしは頭を下げ倒した。お茶の載っているテーブルに額をすりつけて謝罪した。
どうして口を突いた言葉は返らないんだろうと、泣きたくなるくらいの後悔を抱えて。
「我々を羨むとは、どれほどおめでたいのか。お前、召還者なのだな」
侮蔑と諦めと怒りと、様々名感情をない交ぜにした声にちいさく頷くと、オフィエール様達が彼に教えていなかったらしい自分の素性を正直に告げた。
『人間』です、と。
で、再び凍る空気にもう怯える気力すら残っていない。
殺気はないけれど、光る銀の瞳は明らかにわたしにロックオンされている気がします。これってあれですか?無尽蔵のエサ、みーつけた!みたいなノリ?
じりっと距離を詰めてきたレリレプトさんから同じだけ身を引いたのは、防衛本能の成せる技だ。
そりゃあわたしだって疲れることもお腹空くこともなく感情を提供できるなら、様々な人に分け与えて食糧危機からこの国の皆さんを救ってみたいとは思いますよ?思いますけど、現在結構限界なんです。
悪魔と天使4人は賄うのにぎりぎりの数字です。この上といわれれば、1人2人…うーん、やっぱり1人が限界。どんなに頑張ってもそれ以上は無理です。
ということですから、申し訳ないと思いつつもぷるぷる首を振っておいた。
「現在、悪魔と天使を4人ほど養っていますので、あ、金銭的な面じゃなく精神的な面で。そんなわけで、スラムのレリレプトさんのお友達とかその彼女とか更にその友達とか、食べさせてあげる余裕ないです。限界、無理」
「だが、人間は狂わず生涯『エサ』を提供できるのだろう?」
「できますが許容量くらい考えて下さい」
テーブルを回り込んだレリレプトさんが大股で互いの距離を縮めてくるのに、わたしは無駄と知りつつ空気の玉を放って扉へダッシュした。
悪魔や天使には到底敵わない微々たる魔力ではあるが、足止めくらいにはなるのだ。…ほんの数秒だけど。
でも、これだけあれば十分すぎるほど時間は稼げていて、ドアノブに手をかけたわたしは…凍り付いた。
なんで?なんか開きませんが、ここ。
「無駄だ。標的と考えもなく無謀に茶を啜ると思うか?結界くらい張っているに決まっているだろう?」
背後から近づく声にじっとりと手のひらを汗で濡らしつつ、振り返って最後の手段に出ることにした。
どうか気付いてくれていますようにと、迫り来る無表情から目を離さず声の限りに叫ぶ。
「エイリース!!覗いてるんでしょう?!ついでにジャイロさん!貴方も絶対覗いてるはず!助けて」
わたしの監視と保護を約束してくれたエイリスと、ダメと言われたら絶対にやる気まぐれ我が儘マイペースのジャイロさんが、この部屋の異変に気付いてどうぞ結界を破ってくれていますように!
ばくばく五月蠅い心臓を宥めながら迫り来る恐怖に震えていると、声から数秒と空けずにするりと2つの影がわたしとレリレプトさんの間に降ってくる。
「酷いなぁ。少しは品行方正なジャイロさんって、評価を書き換えておいてくれないかな」
「本当のこと言われて怒らないの。ごめんなさいね、ミヤ。少々結界を解くのに時間がかかっちゃって」
ちょっと意地の悪いチェシャー猫と、信頼に足る師匠が来てくれた。
たちまちわたしの心臓は、落ち着きを取り戻したのだった。