1 殺し屋さんとお茶会のお誘い
大騒ぎが一段落して、わたしの生活は少しだけ変わった。
約束通り当分旦那様は悪魔の双子だけで落ち着いたんだけれど、メトロスさんとサンフォルさんとよく知り合いたいって大前提があったものだから、生活拠点が分散されることになったのだ。
基本的に夜帰るのはアゼルさん達のお屋敷なんだけれど、日中はお隣にいることが増えた…というより月の半分近くはお隣で過ごしている。
朝ごはんをアゼルさん達と一緒にメトロスさん達のお屋敷で食べて、日中はリワンさんに世話を焼かれ、夕ご飯までいただいてから連れて帰られるかお迎えを待つか、まるで保育園児のように誰かに預かってもらう、そうして残りの半月はこれまで通りカイムさんに世話を焼かれて過ごす。
最初の内はこの状態に不満はなかった。
なにしろ上げ膳据え膳の上に誰もがわたしを甘やかして、優しく丁寧に扱ってくれる。まるでお姫様にでもなったような気分で、ご機嫌に過ごしていた。
だけど半月もすれば贅沢に、飽きる。それはもう贅沢すぎる不満だが、贅沢に飽きるのだ。
欲しいのは自由。中でも勤労の自由と行動の自由はいかにしても勝ち取りたいものだった。
外出はどっちかの双子が一緒じゃなきゃ許してもらえないし、たまに来るのがエイリスとジャイロさんだけじゃあストレスだって溜まるでしょ?
更にテレビもネットもマンガもないんだから暇つぶしと言ったら読書しかないわけで、あんまりにもインドア過ぎるからせめて体を動かして運動不足の解消をしてみようとお掃除のお手伝いを申し出たら、全身全霊を込めて丁重にお断りされてしまった。
これって暇すぎるでしょう?やることなさ過ぎでしょう?軟禁だーって叫びたくなるでしょう?
でも誰もわたしの主張なんて聞いてくれないんです。アゼルさん曰く『大事な妻で希少な人間で、あまりにも世間を知らない貴女を自由にさせることは、夫としてできかねます』なんですって。
それって横暴だよね。優しいけど、ちっとも優しくないよね。
けれど腕力でも魔力でも彼等過保護ブラザーズに勝てる筈もなく、今日もわたしは悪魔のお屋敷で大人しく引き籠もってるわけです。
なのでお客様は大歓迎、なんだけど。
「あの、どちら様ですか?」
退屈にあかせて魔術書に載っていた怪しい薬品を調合していた手を止めて、正面にいきなり現れた人物に首を傾げる。
全身黒づくめで顔の下半分を布で隠し、青みががかった金髪とくすんだ灰色の瞳、褐色の肌の男の人が正規の訪問者じゃないことはわかるけれど、急にこの部屋に現れたことがわからない。
なにしろここにはアゼルさんとベリスさんが特別製の結界を張ってくれている。外部から許可なく侵入することは極めて難しのだ。
…ついでに、いかにも斬れそうな小型のナイフを両手に持っている理由は、わかるけれどなんとなく、わかりたくない。
なのでとぼけて聞いてみたっていうのに、正面の人物は空気を読んでくれなかった。
「お前を殺しに来た」
予想済みの答えだけに、衝撃は少ないですが反応に困ります。
ご多分に漏れず高い身長とわざわざ作っているとも思えない低い声が、とっても威圧的で非常に真実味を加えてくれるからなお困る。
「えっと、お断りしますっていうのがいいのか、なぜって聞くのがいいのか質問に苦慮するところなんですが、どうしましょう?」
「断られても困るが…なぜかと聞かれれば依頼されたからとしか答えようがないな」
敵は律儀な方のようです。これから殺そうっていう相手の質問になど答える義務はないでしょうに、困惑した口調ながらも返事をしてくれましたから。
けれどこれではっきりしました。この方、お金で雇われた殺し屋さんのようです。
ならば対抗策があると、1メートルほど先に佇む彼に提案を持ちかけてみた。
「ではその依頼、わたしに倍額で買い取らせていただけませんか?個人的に八つ裂きにしたいほど憎いとか言われちゃったらどうしようかと思ったんですけど、お金で雇われたならそんなのもありじゃありません?」
ここで頷いてくれないかなぁと、微かな期待を持って見つめるけれど強い視線は揺るぐことなく、静かに首が振られた。
「ありえないな。我々に殺人を依頼する連中は大抵が金持ちだ。そしてターゲットにされる連中も金持ち。彼等の命乞いをいちいち聞いていてはこの商売は成り立たなくなってしまう。これでも信用商売なんだ」
「うっ…ぐうの音も出ないほどの正論ですね、それ」
ちょっと考えれば行き着けたはずの答えに、思わず眉根が寄る。
確かにいちいち殺し屋が買収されていたんじゃあ、いつまで経ってもお仕事が完遂できないだろう。なにしろあっちで依頼され、こっちで買収され、更に倍額で依頼され、またまた買収され、じゃいたちごっこだ。終わりどころがわからない無限ループに陥ること請け合いだ。
「まるで卵が先か鶏が先かの終わりなき議論…そうだ、因みにお兄さんは鶏と卵どっちが先にあったんだと思います?」
「…質問の趣旨がまるで掴めないが、親がいなければ子は産まれないのではないか?」
「でも、子が大きくならなきゃ親はできませんよ?」
「確かに。しかし親がおらねば子は産まれまい」
うーんと、何故か2人で考え込みつつまたまた思ってしまった。
なんて律儀な人なんだ。こんな戯言に付き合って一緒に頭を悩ませてくれるなんて、きっと殺し屋さんって肩書きを外したらいい人であるに違いない。
1人完結で納得したら妙に親近感が湧いてきて、思わず椅子を勧めてしまった。ついでにお茶を飲むかとも聞いてみたんですが、
「君は正気か?これから殺そうという者と殺されようという者が向かい合って茶など飲むわけがなかろう」
さすがに却下されました。すっごく呆れた表情付きで。
それはそうだ。そんな馴れ合いを希望する奇天烈な被害者はそうはいないだろう。
だけど殺し屋さんに命を狙われるなんて非日常、あまりに現実感がなさ過ぎて緊張感がついてこないのだ。この人も意外にフレンドリーだし。
思わずお客様をもてなすスタンスになってしまったのは、許して欲しい。
「ですよねぇ。うーんでも、大人しく殺されるほど悪いことをした覚えがないので…というか、そもそもわたしこの世界で知っている人が1人2人…んーと、10人位なんですよね。恨みを買うとすればこの人達の中の誰かって事になるんですが……すいません、なんとなく犯人がわかりました」
頭を整理しながら話していて、瞬間的に犯人に心当たりができてしまう辺り、本当になんて残念な人達なんだろう。
わたしの言葉に探るよう目を眇めた殺し屋さんに苦笑して見せながら、多分犯人であろう方々の名前を唇に載せた。
「オフィエール様とセフィーラ様からの依頼ですよね?恨まれてるって言ったらこの2人しか思い浮かばないんです。後はわたしを嫌っている悪魔とか天使だと思うんですけど…」
どうでしょうと問いかけると、一瞬沈黙してから彼は、
「…答えられない」
とほぼ肯定のお返事。
ですか、お2人とも殺したいほどわたしがお嫌いですか。…うん、嫌いだろうなぁ。恨まれてて当然か。
「了解です。でも、やっぱり黙って殺されるわけにはいかない気がするんですよね」
「…そうだな。君は何故だかこれまでの連中と違って、殺されうる理由がない気がする」
抑揚のない声でこう返されて、びっくりしたのはわたしの方だ。思わずさして大きくもない目を限界まで見開いてしまったくらいに。
殺しに来たくせにこんなこと言っていていいんだろうか?というかもっとビジネスライクにお仕事をこなさないと、それこそさっき彼自身が言ったように依頼が来なくなる気がするんですけど…。
思わずいらない心配をしてしまったもので、さっき断られているというのに再びお茶と席を勧めて…今度は逡巡の後、差し向かいでお茶会を始めることになってしまいました。
えーっと、大丈夫なんでしょうか、わたし?
やっと最後の1人が出せました。
名前出てませんが…。