39 大団円ならぬ大混乱
ミヤ、怒られる。
「というわけで、時間はかかるでしょうけどメトロスさんとサンフォルさんの他に、獣人の方とも1人結婚することにしました」
勢いがついたので、そのまま下の客間降りてアゼルさんとべリスさんに決意のほどを告げたのですが…なぜか2人とも非常に恐ろしい顔をしているんです、これが。
なにかまずかったんですかね?よくわからないんですけど。
戦々恐々、彼等の言葉を待っていると盛大なため息とともにアゼルさんが首を振る。
「来ていたのは、誰です?」
「は?」
「ですから、ミヤの部屋に誰かいたでしょう?さっきまで」
「何で知ってるんですか?!」
もしかしてアゼルさんもジャイロさんと同じようにわたしのこと監視してた?!って、うっかり怯えてしまってから気づく。
…そうだった、悪魔や天使の方が魔術師より魔力があるんでしたね。それにメトロスさんやサンフォルさんが天使の中で抜きんでて優秀だっていうなら、いつもライバル視されてるアゼルさんやべリスさんだって同等の可能性が大。
バレバレですか、バレバレですよね、侵入者がいたことなんて。
それなら隠さず素直に白状するのがいいだろうと、ジャイロさんの名前を挙げると途端に2人とも顔を顰めた。
「魔女ではなかった、か。ならばすぐにも踏み込むべきだった」
「ええ、あの男はどこか胡散臭い。腹に一物抱えた人間特有の笑い方をしますからね」
声を潜めた双子の会話は、どことなく剣呑だ。お隣の双子を貶すときだってここまで殺気だってないのに、ジャイロさんに対しては敵意むき出しではたで聞いていても十分怖い。
「あの、ジャイロさんに会ったらダメ、でした?」
「「だめでした」」
恐る恐る聞くと、ざっくり真顔で返される。
ジャイロさん、あなた1度しか2人に会ってないのに、どうしてこんなに評判が悪いんですか?
抑えきれない疑問は、彼らの口からあふれ出る理由によってあっという間に解決された。
「エイリスの息子という人物にあまりいい印象を抱けなかったものですから、あの後いろいろ調べたんです。けれど彼にはあまりにも謎が多い。魔術師としての才は疑いようもないのですが、調査のために放った密偵は何度もまかれ、数日姿を見かけないこともざらでした」
苦虫をかみつぶしたようなアゼルさんの顔って、珍しいんですよ?この旦那様はいつでも余裕があって、にこやかですから。
「ならば実力行使に出てみようと、腕に覚えのある騎士を数人、話を聞きたいという理由で迎えにやったんですがね、あのもやしのような男に深手を負わされてしばらく使い物にならなくなってしまったんです。捕えることも話をすることもできない、なんとも不気味な魔術師です」
ベリスさんが忌々しそうに舌打ちするなんて、ありえなすぎてびっくりです。そりゃあたまに口調が崩れていることはありましたけど、基本的に紳士だったのにどうしたんでしょう。
…どうもこうも、それだけジャイロさんが不審人物だって事ですよね~。
よかったのか、わたし?あの人の言うこと素直に聞いて。でもでもおかげで覚悟ができたのも事実だし…でも。
そんな不安が掠めていたところで、アゼルさんに何があったか聞かれたものだから、正直に全部話した。
なんだか今日はこんな作業を2度繰り返しているデジャブに襲われたけど、間違っていないはず。日に2度の告白大会ですよ、ははは。
で、2人の反応なんですが。
「どうしてそう、よく知りもしない人間の言葉に耳を傾けるんですか、貴女は」
「少しは警戒心というものがないのですか?」
怒られました。静かにお説教が始まりました。懇々切々と、いかにわたしが他人の意見に左右されやすく無防備であるのかを、付き合いの短い悪魔さんに教えていただいた次第です。
17年目にして本当の自分を知るって、新鮮ですよね。
「誤魔化してもダメです」
遠い目をして新発見に思いを馳せて更に怒られる。
あ、ちょっとアゼルさんお母さんモードですよねぇ。あはは………。
「へらへらしないで、少しは自衛というモノを覚えて下さい」
うっ…厳しいです、ベリスさん。なにやらお父さんに反省を促されている娘の気分ですよ。
などと逃げ回っていても首根っこを押さえられているので、どうにもなりません。
ともかく2人に今後はこのようなことを致しませんと誓うまで、解放してくれなそうな勢いです。
でも、でもなんです。
「えーそれでも女の子達より幸せなわたしは、ちょっとですが現実を知れて良かったと思う次第で」
「確かに選択権がないのは気の毒ですが、彼女達は基本的に獣人族や蛇族です。伴侶が替わったり複数いることを当然とする種族なんですよ」
あ、初耳ですそれ。
そんなオチがあったのかと、教えてくれたベリスさんをマジマジ見てしまいましたよ。カルチャーショック。
「あーでも、人間の血が入った子供がたくさんいた方が良いんですよね?だから旦那様もたくさんいた方がいいし、蛇とか魚は生理的に無理なんで獣人の旦那さんもいた方がいいんじゃないかと」
「別に夫など1人や2人でも構わないでしょう。子供をたくさん産んでいただけるというのは正直ありがたいですが、ミヤは自分がいくつだか覚えていますか?まだ17やそこらじゃないですか。休みなく妊娠していたいのならあえて止めはしませんが、多少は体を休めないと身が持ちませんよ」
考えてませんでした…そうですね、いつでも双子や三つ子を妊娠するならともかく、通常は1度のお産で1人の子供。出産は体の負担が大きいっていわれているのに、そうぽこぽこ産めないですよねぇ。
現実的に止めてもらうと、やっぱり無理は良くないとか思っちゃうわたし。
本当に、自分の意思がない。なんて流されやすい意志薄弱人間なんだろう。
あ、本格的に落ち込んできた。自分で自分が嫌いになっちゃいました。
三度の説得にまたもや考えを変えた自分にさすがに呆れたところで、気の毒に思ったのかアゼルさんとベリスさんが厳しかった表情を和らげてくれる。
「…まあ、貴女の欠点も含めて好きになったんですから」
「ええ、どんどん流されていっそ海まで漂着して下さい」
「お断りです。なんで海で遭難?!無人島暮らしとかできません」
「なにもそこまでしろとは…」
「言ってませんよ、私達は…」
疲れを滲ませる2人にいや言ったと、揉める兆候が出始めたところで開戦…とはいかないんだなあ。
中庭に続くドアがね、勢いよく開くんです。絶妙のタイミングで。
「ミヤ!僕はやっぱり白紙撤回とか認めないから!」
「別の伴侶を見つけるのもごめんだ」
「目を覚まして下さいませ、メトロス様!」
「そうですわ、あんな下等生物のどこがよろしいのですか、サンフォル様!」
本当に諦めませんでしたね、天使のお2人は。ついでにお嬢様方も夜が始っても変わりなくお元気そうで何より。
燃える4人の天使を前に、いよいよ収拾がつかなくなってきたぞぅと胡乱な目をしたのもつかの間、今度は背後から急に人の気配が現れる。
「ミヤ、大丈夫?!ごめんなさいね、バカ息子が酷いこと言って」
「痛い、痛いってば母さん、尻尾引っ張らないでっ」
「うるさい!あなた弱ってる女の子を利用するなんて、男としてどころか人間として最低じゃない」
「その辺は自覚があるんで安心して…って、痛い痛い、本気で痛いから!そんな引っ張ったら抜けるでしょうが!」
「猫の尻尾がそんなに簡単に取れますか。っていうかあんたみたいに邪悪な男がこんな可愛らしいものつけるんじゃないわよ」
「酷いなぁ。つけて産んだの母さんじゃないか」
「しょうがないでしょ。角の方が似合うのに尻尾選んだのはあんたなんだから」
「いやいやいや、胎児は自分の容姿とか選べないから…」
なんか、漫才やってるし、あそこ。
ぎゃいぎゃい煩い客間で珍客を眺めているわたしは、これ全部に自分が関わっているのかと思ったら頭が痛くなってきた。
どうやって収めたら良いんですか?この騒ぎ。
ミヤ、困惑する。