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キレイの定義  作者: 他紀ゆずる
起編
39/80

37 後始末は辛くて痛くて当然です

 だからといって、このままお嬢様方を放り出すわけにも行かない。なにしろ、部屋の中で2人を説得できそうなのはわたしだけなんだから。

 メトロスさんやサンフォルさんにこれ以上の努力を強いるのは気の毒だし、端から戦力外のアゼルさんやベリスさんをやる気にさせる方が大変そうだもの。

 そんなわけで、何を言っても怒られるだろう覚悟で口を開く。


「えっと、わたしが人間だとメトロスさんやサンフォルさんが伴侶だって決めても、自分達が妻になれると思う理由はなんですか?」

 スタート地点はここだった気がしているんだけれど、どうだろう?

 予想は的中したみたいで、怒れるお嬢様方はしばらく矛を収めて天使というものが人間に比べていかに優れているかを揚々と語り始めた。


「人間は獣人達下等生物と同じ生き物です。節操なく男の方と関係を持ち、誰の子かもわからない子を産み落とす。特に雌は享楽に弱く、狡猾で堕落している。200年前に喚ばれた娘も己の欲望のままに何人もの天使と悪魔を毒牙にかけたのですよ。例え結果的に産まれた子が特異な性質と強い魔力を持っていたとして、それがなんだというんです。わたくし達のように、ただ1人を愛し慈しむ高等な精神を持たない者の腹から出でた輩など、誇り高き天使を名乗ることさえおぞましい」

「そうですわ。お前、サンフォル様とメトロス様がジャルジーの天使の中で、最も優れた力を持つと言われているのを知らないのでしょう?それ故に人間などと望まない婚姻を強要されて、強き子孫を残すために犠牲になられるお2人の気持ちを考えたことがあって?本来ならば美貌と知性、家柄を兼ね備えた良家の子女を娶ることができる方達の妻に人間如きがなって良いはずがないでしょう」


 完全に見下されて、唖然とした。

 彼女達にとっては、天使以外は蔑みの対象でしかないのか。力なき者は差別の対象になって当然なのか。

 小さい島国でほぼ単一民族として育ったわたしには、酷いカルチャーショックだった。アメリカやフランスで人種差別の問題が取りざたされても対岸の火事だったけれど、実際面と向かってぼろくそ言われると少し…ううん、かなり辛いものがある。

 更に美人でないことや家柄のことまであげつらわれるんだからたまらない。自分で顔が選べて産まれる家が選べるなら、誰だって彼女達のように恵まれた環境を選ぶだろう。

 そうできないから、他の種族の人達は権力者の『エサ』にならざる得ない現状に甘んじているのに。


 理解してしまうと、さっきまで謝る気だったことなんて頭からきれいに飛んで、ジワリと怒りが湧いてくる。

「…人間だって、本当は1人の人としか結婚しないんですよ?宗教によっては離婚を禁じているくらいで、年々離婚率が上がっているって言っても基本的に1度選んだたった1人と添い遂げることがほとんどなんです。それでも、天使より劣ってますか?」

 200年前の人も、わたしも、だからこそ簡単に夫を増やすことができなくて困っているのに、他の種族の人だって、これほど女性が少なくならなければ一生を同じ伴侶とだけ過ごす人だっているだろうに。


 負けないよう顔を上げて、立ったままの彼女達を強く見据えると、鼻で笑われてしまった。

「既に夫を2人持っているお前が言っても、説得力がないわね」

 美少女の嘲りは心臓に悪い。

 確かにその通りだよね。わたしの今の夫はアゼルさんとベリスさん。うっかり勢いに乗って結婚していたけれど、この状態で日本なら充分犯罪である重婚だ。

 結婚相手は1人だけと大見得切った後に発覚した事実は、結構なダメージポイントだった。


「ミヤがそう望んだわけじゃない。我々2人を夫にしてくれと、こちらが言いだしたことだ」

 がっくり項垂れていると、ベリスさんが涼しい顔のままフォローを入れてくれる。

 究極にへこんでいるところにさらっと入る助け船って、いいよね!拝む勢いで彼に感謝の眼差しを送っていたのに、あっちは全然容赦なかった。

「まあ、悪魔の言いそうなことですこと。妻を共有しようだなんて、品のない」

………そうでした。彼女達は悪魔も嫌いなんでした。

 余計なことで旦那様方にまで暴言を吐かせる羽目になってしまったわたしは、もちろん更に落ち込んだ。盛大に己の軽率さを悔やみ、再び項垂れる。

 うう、申し訳なくて2人の顔が見られないよう。


 けれど、味方は当然やってくる。

「僕たちもミヤを共有しようとしてたんだけど?」

 いつの間にやらカイムさんが淹れてくれたお茶を飲みつつ、お嬢様達をちらりとも見ずにメトロスさんが落とした爆弾に、顔色を変えたのは水色美女だ。

「ですからそれはっ!長老方がお決めになったから仕方なく、でしょう?本来ならメトロス様もサンフォル様も、好きな方を選ぶことができるというのに、わざわざ人間1人をご兄弟や悪魔と共有なさる必要はないじゃありませんか」

 またまた正論です。涙が出ちゃうくらいその通りです。

 メトロスさん達は彼女が言うように有能で力の強い天使の様ですから、わざわざわたしを選ぶ必要ないんですよね。やっぱり偉い人たちに子供を作るよう言われたんでしょうかね?初対面は、確かにそんな雰囲気もあったし…。


 静かに人間であることを悔やんでいると、いかにもバカにしたようにメトロスさんがそれを鼻で笑い飛ばした。

「冗談でしょ?力があるからこそ、あんなじじい共の言いなりになるわけないんだよ。でも、ミヤは1人しかいない。先細りの未来を憂うことしかできない連中の思惑通りになるのはしゃくだったけど、彼女を欲しいと思ったら、誰かと共有するしかないことはわかっていた」

 始めの勢いはどこへやら、だんだんと自嘲を含んだ言い様になるのを継いだのはサンフォルさんだ。

「そうだな。少なくとも私達はそこの悪魔と違って、2人で1人の伴侶を持とうなどという非倫理的な構想は抱いていない。けれど1つしかないものが欲しいのだから、現状は当然の結果だろうな」


 ずくりと胸が痛む。

 自分で言うのもなんだけれど、わたしには人に誇れる美貌も、驚くほどの性格の良さも、ずば抜けたスタイルもない。ど真ん中一直線の容姿と、長短バランスよく配合された普通の性格と、低めの身長に寸胴でない程度の腰と控えめな胸しか持っていないのだ。

 ここにお集まりの美貌の皆様からは当然百歩も二百歩も劣るわけで、なのに生意気にもここまで自分を想ってくれるメトロスさんとサンフォルさんに失礼極まりないことを言おうとしている。しかも自分が軽率に了解したことを、更に自分の都合でひっくり返そうっていうんだから、これで罪悪感に逃げ出したくならないわけがない。


「あ、の、それ、なんですけど」

 このタイミングで言っていいのか、わからなかったけれど黙っていることができなくて声を上げる。 

 途端に集まった視線に竦みそうになったけれど、逃げ腰になる自分を叱りつけた。

 きちんと責任を取れって。

「いつかお2人の妻になるっていう、あの約束…もう少し待ってもらえませんか?」

 勢いよく言い切ると、途端にメトロスさんが纏う空気が冷気を帯びる。サンフォルさんは何を言われているのかわからないとでもいう風に、眉根を寄せていた。

「………どういう意味?この人達のことで僕たちがイヤになった、そういうこと?」

 くいっと顎で指されたお嬢様達はとっても不満そうだけれど、違うと首を振る。


「そうじゃなくて…あの、さっきも言ったようにわたしの国では、たくさんの男の人と結婚するのは犯罪で、警察に捕まって刑務所に入らなきゃいけない罪だったんです。…言い訳になりますけど、ここでは重婚は当然だっていうこととあの他国からのお客さんのせいで、うっかり勢いに乗って天使ならお2人と結婚するって決めちゃいましたけど、実は全然気持ちが追いついてません。子供産むのにそんなもの必要ないかもしれないですけど、どうしてもきちんと好きになりきっていない人と、その……そういうことするの、抵抗があって…だから、このお話しはいったん白紙に戻して貰うか、いっそ別の方を伴侶にすることを考えて貰えないでしょうか…?」


 ベリスさんに天使や悪魔の性質については聞いていたけれど、わたしが全面的に悪すぎる現状に彼等が愛想を尽かしたらその限りじゃないんじゃないだろうか。

 そう考えてのお願いは、無言で立ちあがりこちらをちらりとも見ずに立ち去ったメトロスさんと、小さく辞意を告げて部屋を出たサンフォルさんから、了承をもらえることはなかった。


「人間にしては、賢明な判断だったわね」

「たまには人の言うことを聞くのが、長生きのこつよ」

 代わりにお嬢様達からありがたくないお返事を頂いたけれど。

 立ち去る華奢な後ろ姿を見送りながら、当然の結果にわたしは落ち込むこともできず溜息さえも飲み込んだ。


 自業自得とはいえ、人に嫌われるって、辛いな。


責任は、痛い。

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