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キレイの定義  作者: 他紀ゆずる
起編
37/80

35 過去の教訓がわたしを守ってくれています

ともかく説明文が多いです。文字が詰まってます。辛くなったら適当に斜め読みで、話の筋だけ拾って下さい。

お手数をおかけします…。

「さて、もう失脚が決まっている方々が放った暴言について、なんですが」

 ひとしきりお嬢様達をこき下ろしてすっきりしたのか、混じりっけなし本物の笑顔を浮かべたアゼルさんは、落ち着きを取り戻したわたしに温くなってしまったお茶を勧めながら、1つ昔話を聞いて下さいと語り始めた。



 それは、200年前のこと。

 繁殖用に雌を定期的に召還していたこの星に、奇妙な娘が喚び出された。

 外見の美しさ、体の丈夫さを条件に女を喚んだ筈なのに、獣相もなく子供ほどに小さい彼女は一見するとなんの価値もない。焦げ茶の髪も平凡で青い瞳もありふれている。体つきも痩せて貧相、顔立ちもぱっとしない、となれば引き取り手などいるはずもなく、術に失敗したと魔術師が責めを負わねばならない話しになった。


 ところがそこで彼は言ったのだ。

『この娘の魂は、喚び出されたどの女よりも美しい。子を成すことはできずとも、天使族や悪魔族の腹を満たすことはできましょう』

 と。しかし素性も知れない彼女を受け入れようなどという、心の広い者はそうそういない。時の天使王は困り果てていたのだが、彼の息子は違った。

『父上、彼の娘を私に頂くことはできませんか?』

 誰に、否やのあろう筈もない。


 かくして王の長子に引き取られた娘は、何故か『エサ』としてだけではなく屋敷で彼の恋人のように扱われるようになった。どうしてそのようなことになったのかは、後年になっても2人は笑うばかりで詳細を語ろうとはしなかったから謎のままではあるが、ともかくいつしか番のように過ごした彼等の間に娘が生まれる。

 父の金髪と、母の青い瞳を受け継いだ彼女は、何故か天使そのものの性質を持っていた。正の感情を喰らわねば生きることの叶わない不思議な存在。

 異種族間結婚で生まれた娘など、一族に加える気のなかった天使達は驚いた。当然スラムに追いやられるはずの存在が、自分達と同じだということに。


 だが、長じれば変異するかも知れない。

 両親は薄氷を踏む思いで愛し子を育み…奇跡は起こる。世話をしていた乳母が、娘の発する甘やかな感情に欲求を抑えきれず、ひと舐めしてしまったのだ。

 途端に満たされる食欲に呆然とした。天使や悪魔は『エサ』となる感情を生み出すことはできないはずなのに、人の血の入った娘は平然と他人に感情を提供したのだ。

 そして、その母も。天使に感情を食われ始めてとうに10年は越そうというのに、一向に心が腐らない。喚ばれた当初と変わりなく、健やかに日々を過ごしている。


 人間は奇跡だと、誰が言ったのだろう。

 娘を殺された弱き種族か?壊れゆく『エサ』に心を痛めた天使や悪魔か?

 どちらにせよ、唯一無二の存在に人々は群がる。彼女を救ったのはただ1人の男であったはずなのに、手のひらを返した亡者共が、利益を欲しがり抵抗する術を持たない彼女を翻弄する。

 嘆き疲弊する妻が壊れるのではないかと、危惧したのは夫だった。

 けれどこのままでは騒ぎが収まらないと、知っていたのも夫だった。

 嫌がる妻を説得し、父王の助けを借り、他にも夫を作り、子を成すことを条件に煩わしい老人達を黙らせた。


 かくして選ばれたのは、彼の友人で妻を蔑ろにすることなく対等に扱ってくれた3人の天使と、ライバルで誠実だった1人の悪魔。

 人間の娘は己の倫理観を押さえ込んでこの理不尽な要求を飲んだのだが、最終的には優しい5人の夫と幸せに暮らしたのだという。

 ただ1つだけ、後世のために天使と悪魔に掟を作らせることだけは忘れなかった。

 自分と同じ思いをする娘が出ることのないよう、数少ない人間の血を継いだ者が不当に扱われることのないよう、死ぬまで願っていたという。



「ですから、ミヤがあの女性達の言葉に心を痛める必要は、ないんです」

 長い物語を話し終えたアゼルさんに続いて、ベリスさんが微笑む。

 わたしはその顔をぼんやり見上げながら、始めの人間が味わった葛藤に心をはせていた。


 容姿から、彼女は東洋人ではなく西洋人だったろう。だとすれば200年前…ちょうど江戸末期辺りの人だ。キリスト教徒なら、重婚とか一妻多夫なんて受け容れがたい現実だったに違いない。

 信教を持つ人の少ない日本でだって普通の感覚としてそういうのダメなのに、神様に禁じられてるんじゃ苦痛以外何ものでもなかったろう。

 でも彼女は、自分を助けてくれた旦那様のため、この世界での理のため、全てを享受した。時間はかかっただろうけれど、日本風に言うのなら郷に入ったら郷に従え、だ。


「偉かったですね…その旦那さんと、人間さんは」

 何事も先駆者というのは苦労するものだ。

 わたしが最初に浴びた侮蔑や誹りを、彼女はずっと受け続けた。どれほど時間がかかったのかはわからないが、救いの手が延べられるまで長い時間を1人で耐えた。その上、愛する夫に重婚してくれと頼み込まれ、5人も父親の違う子供を産んで。

 絵本のように表面をなぞるだけの語りでは彼女の心情まではわからないけれど、最後…死の間際に幸せだったと思えるまで、どれほどの時を過ごしたのか。流されるまま、大きく躓くまでことの重要さに気付けなかったわたしとは、悩んだ時間も違うだろう。


 けれど、1つだけ彼女と同じでありたいと思うのだ。


「その人にとって、旦那さんは心の底から愛した、ただ1人の人だったんでしょうね」

 すっかり冷たくなってしまったお茶を飲みながら、呟く。

 伴侶を独占したい本能を持つ悪魔。けれどアゼルさんとベリスさんはわたしが他にも夫を持つことを許した。

 少し、考えなかったわけじゃない。好きだって言いながら他の人と伴侶を共有できるのは、その気持ちが同族の女性に抱くものより軽いからじゃないかって。

 だから心のどこかで仕方がないと納得したのだ。じっくりと愛を育む時間なんかない。子供はこの世界に必要で救世主となる存在、悪魔だけじゃなく天使の子供も産まなくちゃ、バランスが崩れるって。


 でも、もし。


 見上げればいつでもわたしに微笑んでいる彼等が、少しだけ笑みを曇らせていた。それは悲しげで、諦めを含んでいて。

 ならば、望みは叶うのかも知れない。希望があるのかもしれない。

「わたし…メトロスさんとサンフォルさんが彼女たちに触れられてるのを見て、これがアゼルさんやベリスさんだったら絶対許さないって思ったんですよ?自分から2人と結婚するって宣言しておきながら、そんな光景を見せられて考えていたのはそんなことなんです。その前には子供は産みますから、奥さんは他に持って下さいって言っちゃいましたし」

 さっきは白状しなかった心の中や、やりとりまで口にすると、一瞬目を見開いた2人は直ぐに破顔した。


「私達には、嫉妬して下さるんですか?」

「します。家出するか、口もきかないで部屋に籠もるって考えたくらいですもん」

 本当に嬉しそうに聞いてきたアゼルさんは、わたしの答えに更に喜んで頬にキスをくれる。

「私達には、他に妻を持つようにと薦めたりはしなかったじゃないですか」

「当たりまえです。そんなことしたら、離婚しますから」

 冷たく返したつもりだったのに、やっぱりこれまで見たこともないくらい上機嫌になったべリスさんも、反対側の頬にキスをくれた。


 ああちゃんと愛されてる。伴侶として認められている。


 これまで言葉を尽くされても信じられなかった愛情が、すとんと胸に落ちた。安心して良いんだと、やっと気を抜くことができるんだと、安堵が広がる。

 初めて召還された人間の女性が手に入れたのと同じものは、ずっと前からここにあった。切望しなくてもちゃんと、差し出されていたのだ。

「…1つ、我が儘を来てくれますか?」

 ならば無理を承知で願ってみようと、上目遣いに2人の表情を探る。

「はい」

「いいですよ」

 まだまだ上機嫌を保ったままの旦那様達は、なんでも聞いてくれそうな勢いで頷いた。

「わたし…本当は他の人と結婚なんてしたくないです。そりゃあずっとは無理だってわかってますけど、まだ3人でいたい。せめてわたし達の子供が産まれるまで…ダメ、ですか?」


 貴重な人間と結婚しているのが、悪魔だけではいけないことはわかっている。いつかは天使の夫も持たなくちゃならないだろうことも。

 だけど多少の権利が認められているらしい人間だし、1、2年、夫は増やさないことを了承してもらえないかな?って打算一杯のお願いだったんだけど、無理だろうかと見上げた先で2人は大丈夫ですと力強く頷いてくれた。

「貴女の権利は、自分で思うよりずっと強いんです。確かに子供を1人産んでしまえば天使族の連中が騒ぎ出してあちらの子供も産まなければならないでしょうが、その程度の我が儘なら通らない筈ないです」

「そうです。サンフォルやメトロスがなんと言おうと、ミヤがそれを望むなら奴らにも拒否することはできない。いいじゃないですか、身辺整理の時間が持てて彼等も喜びますよ」


 請け合ってもらえて安心した。

 ゆっくり物事を進められるなら、わたしだってこの世界に順応できるかも知れない。

「ありがとうございます!」

 終始笑顔の2人に抱きついて、なんだかやっと心を落ち着けることができると、わたしは思っていた。


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