32 温度差はいつか埋めるつもりです
知り合うと言えば、お話をするのがスタートラインでしょう。
ということで、そのまま客間でだらだらと会話を始めたわたしたち、初っ端から躓きました。
「ミヤは僕たちのどこが好き?」
何気なく、本当に何気なくメトロスさんは聞いたんだと思う。結婚を前提にお付き合いする相手に対する質問としては最も妥当で、害のないモノだから。
でも、わたしにとってこれは鬼門な問いかけなのです。食べかけのクッキーを噛み損ね、舌先を噛んじゃうくらいには。
「え、あの、その…」
血の味が広がりだした口内のことより、どう答えたらいいのか必死に頭を巡らせるんですが、その時間が長引けば長引くほど、メトロスさんの機嫌が目に見えて悪くなっていくわけで。
「答えられないの?」
「え~その~…あの、顔?顔が好きです、よ?」
迫力に負けて、1番無難な返答をしてしまいました。だって、美人はみんな好きでしょう?
なのに、上目づかいで窺ったメトロスさんはあからさまに不機嫌だと眉を顰め、隣でサンフォルさんまで苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
何気に地雷、踏みました?
背中を流れる冷や汗に、何かフォローをと考えても都合よくは出てこない。むしろパニックで頭は真っ白。
そこに追い打ちをかけて、サンフォルさんから質問がもう1つ。
「では、アゼルニクスやべリスバドンのどこが好きなんだ」
じっと見られていても、これなら答えられます。なにしろ一月、一緒にいたんですよ。
「優しいところです。意地悪しないと感情が食べられないから、時と場合によっては痛かったり辛かったりしますけど、それ以外の時間は2人ともとっても優しいんです。お仕事の合間に顔を見に寄ってくれたり、小さな花束をお土産にくれたり、わたしが1日何をしていたかなんて大して面白くもない話を真剣に聞いてくれたり、大事にされてるなって実感させてくれるところが好きです」
些細なことの積み重ねだと言われれば、それまでなのだろうけれど、わたしが彼等の好意を抱き始めるにはそれで充分だった。少々手順と順番がぐちゃぐちゃになっている節はあるけれど、じっくりゆっくり、好きが増えていく。確実に昨日より、今日の方が2人を好きだと言える。
今は、そんな関係だ。
「…ふーん。あいつらも気の毒に。それじゃあ、報われないよね」
けれどしみじみ幸せをかみしめていたところに、そんな爆弾を落としたのは、少しだけ機嫌が上向いたらしいメトロスさん。
意味が分からず視線でその先を促すと、にやりと人の悪い笑みを浮かべて続ける。
「僕たちはこれと決めた伴侶に、心も体も奪われる。じっくりとお互いを愛していく場合もあるけれど、大抵は一目で相手を見定めるんだ。とても不思議な感覚で、うまく表現できないけれど、これは本能に近い。愛しくて、離したくなくて、閉じ込めてしまいたい。狂気じみた独占欲を互いにぶつけあって番になり、添い遂げる。僕たちがミヤに対して持つこの感情を、奴らも持っているんだ。なのに、君の感情はとても稚拙で、子供が親を好きな程度、友人より多少はましって代物だ。身を焦がすほどミヤを愛している2人にとって、これほどの苦痛はないだろうさ」
感情の温度差。
わざわざ説明してもらうと明確になるそれは、ここのところ自分でも感じていただけに、言葉に詰まってしまう。
彼等が注いでくれるのと同等の愛を、わたしは返すことができない。もちろん嫌いなわけではないけれど、なんとなく流されてここまで来てしまったというのは、偽らざる事実としてあって、その延長線上の結婚が深い愛に溢れているかときかれれば、答えは否だ。
もちろん、同じことは目の前の2人にだって言える。
じっと私の反応をうかがっている彼等に真実を見通されるのが苦痛で、ふと視線を逸らせばサンフォルさんがため息交じりに笑った。
「メトロスが言ったことなど、気にすることはない。あれは、貴女の気持ちが自分に向いていると言い切れない苛立ちをぶつけただけの、幼稚な行為だ。人間がそう簡単に複数の夫を決められないというのは、前回の記録にもある。感情面で獣人たちに近しいというのは本能だから、理屈でどうこうできるものではないだろう」
「すいません…」
なんとなく、謝る。ずっと1人の人だけを好きでいる天使や悪魔に比べて、多情で不誠実だと遠まわしに言われた気がして、申し訳なくなってきたのだ。
確かに、人間はよく浮気する生き物だしなぁ。男女関係なく、心変わりすることがよくあるんだよねぇ。
正面の2人をちらちら見やりながら、自分の旦那さんはほかにもいるんだと隣家に想いを飛ばすわたしは、十分すぎるくらいに人間だ。悲しくなっちゃうくらい、彼等には似合わない。
「あの…子供は産みますから、メトロスさんとサンフォルさんは本当の奥さん、持った方がいいと思いますよ?」
言いながら思い出していたのは、数日前に見た傲慢で気の毒な悪魔だった。あの人が求めたのはわたしの人間っていう特性だけ。
アゼルさんやべリスさんは何度も愛している、そばにいてほしいと言ってくれたので、きっと伴侶としてわたしを認めてくれているんだと思う。
でも、メトロスさんとサンフォルさんは?もともと同じ双子ということもあり、悪魔の彼等に並々ならぬ対抗心を持っていたから、人間との子供という貴重な存在をあちらにだけ取られるのは我慢が出来なかった、だからわたしと結婚したいと言った。
常識的に考えてこのルートが正解な気がして、俯けた顔から視線だけを2人に送っていたのだけれど、それに返されたのは殺気を含んだ声だった。
「どういう意味?」
低い、少しふざけたところのあるメトロスさんには似つかない声に、肩が反射的に跳ねた。
「ミヤは我々が貴女を利用しようとしている、そう思っているのか」
ぶっきらぼうな口調とは反対に、お兄さんのように優しく面倒見のいいサンフォルさんが本気で怒っている。
彼らの全身から立ち上る怒気に、どうしていいのかわからず下唇を噛んでいると素早くテーブルを回り込んできたメトロスさんがわたしの正面にしゃがみ込んだ。
深い、海の色にも見える群青がひたとこちらを見つめる。
「ほぼ一目ぼれで伴侶を決めるっていったろう?僕はあいつらの屋敷で君を見た瞬間、自分のものにするって決めた」
偽りのない告白は、ゆっくり胸に沁みる。
「私も同じだ。初対面での印象は良くなかっただろうが、あれは奴らに貴女を独占されまいと、この手に貴女を抱きたいという、強い願望の表れだったんだ」
向かいのソファーで、サンフォルさんも同じ目をしてわたしを見ていた。
こんな風に思われるほど、わたしは彼等を愛していない。
自分の気持ちがわかるほど、居たたまれなくなって黙っていることができなくて。
「わたしは、お2人ほど強い想いがあるわけじゃないです。まだまだ小さな芽が胸の中にあるだけで…それでも、こんなわたしでいいんですか?」
問えば、メトロスさんもサンフォルさんも微笑んで頷いている。
「いいよ。いつか愛しているっていわせるから」
「かまわない。それでも貴女が傍にあってくれるなら」
ジンと胸が熱くなったのは、申し訳なさからか、恋がつぼみを付けたからか。
わからないけれど、無性に嬉しくてなぜだか泣けてきた。