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キレイの定義  作者: 他紀ゆずる
起編
31/80

30 お隣は、執事カフェですか?

「おかえりなさいませ、ご主人様、奥方様」

 玄関脇に整列した執事さんはじめとする使用人の方々に、こんな風に出迎えられたわたしは、思わず白亜のお屋敷の上にとあるものを探してしまった。

「なにしてるの?」

「や、どっかに”執事カフェ”って看板がないかなぁと思って」

「それはなんだ」

「…えーっと、世間につかれた女性の皆さんが通う癒しの空間、もしくは一部マニアが趣味を丸出しにしても許される、別世界のことです」


 真剣に聞かれると少々返答に窮してしまうが、あながち間違った説明はしていない、と思うのです。

 だって、悪魔のお屋敷の男性方も美しくはあったんですがこちらの皆さんはなんというか…王子様です。なんか、全体的に色素が薄い方たちばかりのせいか、高貴で神秘的な感じがバリバリです。

 あっちが魔王のお屋敷なら、こっちは王様の宮殿、どっちがより執事カフェっぽいかと聞かれたら、断然こっちです。


「初めまして、奥方様。執事を務めさせていただいておりますリワンと申します」

 美人の集団は迫力があるなぁと、眺めているところに1人の男の人が歩み出てきた。

 茶色にも見える濃い色の金髪を太い三つ編みにして右肩から垂らし、こげ茶の瞳が柔らかな光を湛えた30手前くらいに見えるお兄さんだ。執事ということは、カイムさんと同じ役職ってことだけど、年齢のせいか落ち着きが違う。いかにもお仕事ができそうな雰囲気を醸している。


「あ、初めまして。ミヤです。まだ奥さんじゃないですけど」

 慌てて頭を下げて、くすりと笑われた。

「どうか私に頭を下げたりなさいませんように。皆、奥方様の使用人なのですから」

「そんな、恐れ多い…」

 と言いかけて、有無を言わせない笑顔に言葉を途中で引っ込めた。

 アゼルさんと似てる微笑みは、反論を許さないものだ。


 あっちのお屋敷でもそうだけど、使用人とか言われると恐縮してしまう。なにしろ見かけも能力も絶対わたしの方が下なのだ。ちょっと魔法が使えるだけの、無力な人間に過ぎない。

 そんなわけでぶんぶん首を振って引き攣り笑いを浮かべた後、リワンさんにお願いした。

「あの、奥方様とか言われると落ち着かないので、ミヤって呼んでください」

「しかし…」

 言い淀んだ彼が見つめた先にいるのは、2人の主だ。


 悪魔のお屋敷でもそうだったけれど、主人の伴侶を名前で呼ぶには夫である人達の許可がいるらしい。それで少々揉めたので、視線で問うリワンさんの行動の意味は直ぐにわかった。

 アゼルさんとベリスさんは意外とすんなり許可してくれたんだけど、彼等はどうだろう?まだちゃんとした奥さんじゃないし、平気かな?

 反応を確かめたくて顔を上向けると、ちょうどメトロスさんが頷いたところだった。

「ミヤの好きにさせてやって。彼女は人間で僕たちの掟の中にはいない。その辺りは了解しているから」

 一瞬投げやりにも聞こえる声音だけれど、表情に浮かぶ諦めを見つければ、わたしに天使の常識が通じないことを無理矢理自分に納得させていることがわかった。サンフォルさんも僅かに顔を顰めているが、何も言わなかった。


 伴侶を大切にして、伴侶だけを愛する天使や悪魔にとって、妻の名を他の男に呼ばせることは許しがたいことなんだって、こっそり教えてくれたのはカイムさんだった。でも、わたしが人間である限り、独占することもできないとちゃんと2人はわかっているから、許しさえもらえるならこれまで通りに呼んでくれるとも言ってくれた。

 はたしてアゼルさんとベリスさんは我が儘な願いを快諾してくれたのだけれど、メトロスさんとサンフォルさんもこの辺はきちんとわかってくれているみたいで、特に何を言ったりもしない。なにしろ自分たちだって悪魔の双子と結婚しているわたしを呼び捨てているのだから、納得はできないけれど理解はしてくれているのだろう。


「では、ミヤ様とお呼び致します」

 主の反応を見てにこりと微笑んだリワンさんは、そう言うと金の金具で縁取られた白く重そうなドアを、ゆっくり開いてくれる。

「どうぞ、中へ。お茶の用意が調っております」

「ん。さ、どうぞミヤ」

 腰に手を回してエスコートしてくれるメトロスさんに促され、覗いた室内はこれまた見事に真っ白だった。ぴかぴかの床も手垢1つない壁も膨張色の白一色。

「…やっぱり、天使は白が好きなんですねぇ…」

 あっちのお屋敷では黒が多め、程度だったけれど、こっちはもう目が痛くなるほどの純白です。しかもアクセントが金ばっかりなんで、落ち着かないことこの上ないゴージャスさです。


 半ば呆れ、半ば諦めての呟きに、背後からサンフォルさんが答えてくれる。

「好き、というより、我々一族が正式な場で纏う色が白と決まっているからな、必然的にホールなどは白が基調に使われるんだ」

「それなら、個室は違う色なんですか?」

「いや。家具はともかく、内部は白だ」

「…ですか」

 肩を落としてしまいました、反射的に。


 白と金、白と金…想像するだに落ち着かない。そんな乙女チックでお姫様チックなお部屋じゃ、寛げない。

 別にその色が嫌いというわけではないけれど、これまでの経験からするにわたしにあてがわれる部屋は天蓋付きベッドがある可能性が高いわけで…となると、庶民にはとても落ち着けない部屋になることは想像に難くなかった。

 どうやって普通の部屋にして貰おうか、お茶の用意されている客間に案内されながら思案していると、メトロスさんの笑いを含んだ声が降ってくる。


「心配いらないよ。君が華美な部屋を好まないことは、あちらの執事に確認済みだからね。まあ、白い室内は諦めて貰うしかないけれど、家具は装飾の少ない木目を生かしたものに変えてある。ベッドプレスやカバーもレースやフリルで覆われてないから、安心して」

「そうなんですか?!」

 請け合って貰って、どれほど安心したかは言葉で言い表せません。

 そりゃあ、目をつむって寝てしまえば布団の寝心地以外、気になることなんてないかも知れないけれど、お茶を飲んだり読書をするのに人の部屋にいるような緊張感を常に強いられるのはお断りです。


 なので、ウキウキと改装して下さったらしいお部屋に思いを巡らせて、ソファーに腰を下ろそうとしたところで腕をメトロスさんに引き上げられる。

「見たいでしょ、自分の部屋」

 にっこり。微笑まれて、背筋が凍った。天使のくせに、お腹真っ黒な笑顔はやめて下さい。思わず後ずさりますよ?

 腕の拘束は解けないまでも、距離くらいは取った方が無難だろうと、下がったところにサンフォルさんがいて。

「ああ、見ておいて方がいいぞ。自分の部屋くらい」

 こちらははっきり見て取れるほど、よろしくない目つきで私のことを見つめてらっしゃいました。


 焦ったのは、わたしです。まだ、昼前だし。まだ、明るいし。まだ、結婚了解してないし!

 全部”まだ”でくくれる状態だっていうのに、何故貴方方はそうもいかがわしいモノを発してわたしを見るんですか!

 こういった節操ない行動を、ひと月以上悪魔の双子達相手に押さえ込んできた成果で、わたしは慌てたりしなかった。

 必殺微笑み返しで2人を一瞬黙らせると、ドスをきかせた声でお願いです。


「喉、乾いてるんです。お茶にしませんか?」


 果てしなく色仕掛けに向かない身なので、必死に覚えたんですよ、この必殺技。でね、これがまたよく効くんです。

「う、うん、そうだね」

「ああ、そう、だな」

 普段、猫をかぶって大人しくしているだけに効果は絶大です。

 ちょっぴり驚いたらしい2人は、大人しくソファーに座ってくれましたから。


 さて、第一関門は何とか難を逃れることができたけれど、これ、いつまで持ちこたえられるかな。


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