2 美しくないのあとはキレイです
かいつまんで説明された状況は、あんまり楽しいものじゃなかった。
現状としてこの世界(星?)には7つの大陸があり、海がある。その比率は5:5と地球人からするとちょっと羨ましい公平な分配である。
ただ、嬉しくないのが男女比率と人種の割合。
男9に対して女が1っておかしすぎだし。わたしのように『人間』に類される、つまり魚っぽくも獣っぽくも蛇っぽくも鳥っぽくもない存在が、たった一人自分だけってのも全く納得しがたいところだ。
ま、それより納得できないのが召喚理由とやらだけど。
これだけ男女比率が狂ってくると、子孫繁栄に当然ながら影響を及ぼす。それを案じた国の偉い方々は、発達した魔法で究極の方法を実践したんだとか。
『子供を産める女性の召喚』
それだけでもはぁ?って感じなのに、その上『美しい』って条件までつけてるそうで。人んちから女性を拉致してくるだけでも犯罪だってのに、揚句に美人を連れ去るとは何たる卑怯!
………と、叫びながら気づいた。いきなり自分が罵倒された理由が。そんで今、喚び出されたこの場所に取り残されてる理由が。
「つまり、男性に選ばれなかったというわけですね?」
空き地と化したこの場所には、もう誰もいない。
皆さん納得できたのかどうかはともかく、迎えだか選びだかに来ていた男性陣に連れられて、どこぞに移動してしまったから。
プライドが傷つくんであんまり言いたくないんだけど、最後までわたしに興味を示した男の人はいなかった。一瞥しても何も見てないとでも言いたげにさっと視線をそらして、それまで。
もちろん、痛かったですよ。心が、もんのすごく。
そこに追い打ちかけた人もいるしね。
「そうね。こちらでは下にも置かない扱いをされる女性であるにもかかわらず、貴女は誰にも選ばれなかったわけね」
ころころおかしそうに笑いながら言う40がらみのこの女、悪魔かなんかですか?ちょうどそんな渦巻いた角つけたやつ、見たことあるよ、どっかの本でっ!
振り向きながら睨み付けてもなんのその、本人痛くもかゆくもないとばかりに見下ろして下さっている。
…そう、見下ろしてるワケ、やっぱり。どんだけ身長が高いんだっての、誰も彼も!
「それにしても、ちっちゃいわ。すぐにも『子供が産める女性』っていうのも召還条件だったはずだけど、貴女は何から何まで規格外よね」
人の頭の中を読みでもしたのか、子供でも撫でるみたいに頭に手のひらを置いた女が吐いた暴言は、もうわたしに疲労感しか与えなかった。怒りなんてすっかり通り越して、溜息しか出てきやしない。
「『美しい』に関しては否定しません。確かに美人じゃないですからね。でも年齢に関しては大いに抗議させていただきたい。わたしこれでも17歳です。とっくに成長期も終わった、子供だって結婚だってできる年齢です」
面倒くさいけど、この誤解だけはなんとしても解きたかったので、力なく否定してみると、しばしの間。
そうね、たっぷり1分はかかったかな。
「えええっっ!!!嘘!!」
驚かれるのに。ま、いいけどさ。細かいことは、この際。
そして。
あの、訳のわからない日から数えて半年…多分。正確な地球時間ではないから、一応暦の上ってことでそんな風にカウントしていた。
なにしろ時計は一周すると50秒だったし、つまり一日は20時間ってことで、途中から地球時間に換算するのが面倒になってまんま、6ヶ月で半年ってことにしてみたのだ。
でもなあ、一年は14ヶ月あるから半年弱かなぁ………ま、どうでもいいか、そんなこと。太陽や、月(地球から見えるのより小さいのが3つほどある)があって、四季もあるし、大陸ごとに季節が微妙に違うっていうから、広大な銀河のどっかの星なんでしょ、きっと。
考えても仕方ないことを頭の隅においやって、強くなり始めた日差しに帽子のつばを下げると、日課になっている買い出しに向かうべく、石畳を急いだ。
結局あの日、置き去りにされたわたしを拾ってくれたのは何故かあそこにいた女性、魔女エイリスで、当初はそんな彼女がたとえ角付けてようが、目玉が羊だろうが、天使に見えるくらい感謝したもんだけど、事実を知っちゃうと蹴り倒したくなるほどの怒りが湧いてきたのだった。
だって、件の召喚魔法とやら、発動させた首謀者はエイリス本人だったんだから!
彼女は自分が招いた事態を隠して善人面してわたしを引き取ったあげく『1人で生きていくためには手に職をつけるのよ!』とか言ってその後の長い冬をずーっと魔法を教え込むことに使ったのだ。
確かに、おかげで魔法は使えるようになりましたとも。なにしろ必死だったからね、17でお嫁のもらい手が無いことが決定されてるんじゃ、死にものぐるいにもなるって言うの。老後の衣食住確保のために。
そうして初夏ともいえる季節になった先頃、もう魔法以外で生計を立てるなんて考えられなくなったわたしに奴はネタばらしをしたわけだ。
『実はね、あの魔法を扱える魔術師は大陸でも数人しかいないのよ。あたしもそのうちの1人。…え?これ見よがしに突っ立てた8人の男?あれは魔力を提供させるために配置してた、言うなれば燃料庫みたいなものね』
ホホホ、とか。上品ぶって笑って見せても許さないから。ついでにその後に続いた台詞には、うっかり逆上して覚えたての氷の刃をお見舞いしちゃったわ。
『息子も独立して、旦那も死んで、そろそろあたしも後継者育ててのんびりしたいなぁって思ってたところで運良く引き取り手の無い召還娘を拾ったでしょ?ラッキーって思っちゃったわよ。なにしろ手間はかからないし、あの魔法陣から出てくる娘達は全員、大なり小なり魔力を持ってるんだから、お買い得もいいところ!』
人をスーパーの見切り品みたいに言うんじゃ無い!!
…って、怒鳴りたかったけど、実際は見切り品以下の身としてはぐうの音も出ない。なにしろあれから街にだっていろいろな理由で出ているし、圧倒的多数な男性(なにやら突っ込みどころ満載な角やら鱗やら付けた連中)にも会ってるはずなのに、ナンパすらされたことが無い。声かけられてもせいぜいが、
『小さいのにお使い、えらいな』
とまあ、子供を褒めるおっちゃんがいいところ。
腹は立つが確かにエイリスの言うことは間違ってない。確かにわたしは孤独な老後決定なんだろう。
そんなわけで、今日もお使い頑張るのです。帰ってから魔法のお勉強も頑張るのです。
半ばやけになりながらも、てくてく商店街に向かっていたわたしですが。
『バッシャーンっ』
派手な効果音と共に、魔力車(運転者の魔力で動く車風の乗り物)に水たまりの水を引っかけられた辺りで、17年しか生きていない人生にちょっぴり嫌気がさしたのが、現実だ。
「なんなのさ、一体」
頭から水滴を落としつつ、吐息混じりに呟いて犯人を睨み付ければ、怨念が通じたのか魔力車がピタリと前方数メートルほどで止まる。
謝ってくれるのかな?それともあめ玉でもくれる?
…可能性としちゃ、後者の方がありかな。
なんて考えながら開いた扉から出てきた人物を見て、目玉が飛び出るかと思うくらい驚いた。
太陽の金と、月の銀。
長く伸ばされた髪がそんな対照的な色をしている男が2人、優雅な動作でこっちに向かってくる。だんだん近くなる彼等の顔は恐ろしく整っていて、その上うり二つだ。
浅黒い肌の色は地球でいうならラテン系のそれで、瞳はどちらも闇を写し取ったかのような漆黒。2メートル近い体躯はけれど細身で、均整のとれたその体には中世の貴族風衣装がこの上なく似合っていた。
美人ばかりを喚びつけて交配しているせいか、比較的美しい人の多いこの世界でも希に見る美形が目の前にいるのだから、ちょっとばかり間抜け面で見とれても許してほしい。
「大丈夫ですか?申し訳ない」
銀色の人がシミ一つ無いハンカチでわたしの服を拭おうとしたものだから、慌てて手の届かない後ろへ半歩、下がる。
冗談じゃ無い。そんなものを汚したら、後でいくら請求されるかわかったものじゃない。
『キレイ』じゃない女に対するこの世界の人達の扱いは、想像以上に苛烈なのだ。
「…あの?」
不審げに眉をひそめた男の人に、お気になさらずっと手でストップマークを作ると短い呪文を唱えて指を振る。するとたちまち衣服は乾いて、ご丁寧にはねていた泥まで綺麗に消えた。
最近習得したばかりの、浄化の呪文・改だ。…決して、洗濯するのが面倒で、呪文を改造したわけじゃ無いからね?だだ、ほら、不便は人に発明をさせるのだよ、うん。例え2人分でも、洗濯板でごしごし洗うのはとっても苦痛だと感じる現代人なんです、わたし。
そんなこんなを呆然と眺めていた2人は、心底感心したように言いましたとさ。
「えらいですね、小さいのに魔女なんて」
「本当に、まだ子供なのに」
またか、そうなのか、やっぱり子供定義なのか。
がっくりと肩を落として、でもここだけは否定せずにいられないんですよ、わたしは。
「小さいけど、小さくないんで。もう17歳と半分ちょいを数えました。既に18に近い年齢です」
溜息混じりに幾度繰り返したかわからない台詞を口にする。
なんか結婚できないのって、美醜以前に年齢が関係している気がしてならないんですけど?もしかしてロリコン探せば結婚できるんじゃないですかね、わたし。
そう落胆する存在に再び驚いた後、そっくりさんは今度は問いかけを投げてきた。
「君、召還されたんですか?」
「君、名前は?」
同じ顔してるんだから、質問も同じならいっぺん答えるだけですむんだけどなぁ。ちょっと面倒。
「はい、召還されました。名前はミヤです」
けれど律儀なわたしはどちらにもきっちり答えて、また罵倒されるのかなぁなんて暢気に考えていた。
いい加減、『美しくない』と言われることに慣れちゃったのだ。羽根やら目玉やら他の種族の特徴持った方々の美醜は未だによくわからないけど、たまぁに目の前の方々のようなほとんど人間に近い人たちも見かける。
彼等は地球にいたらイケメン枠、美人モデル枠、確実な容姿の持ち主で、自分がちんちくりんの凡人だといつも再認識させられるのだ。その上、召還されたと答えれば次に続く台詞は決まってる。
「「へぇ、だから『キレイ』なんですね」」
そうそう、こんな感じで貶され………ないぞ?あれ?この人達、目は正常??
訝しむ視線を綺麗にハモった2人に向ければ、彼等はわたしをマジマジ見ながら再び微笑んだ。
「うん、キレイ」
「本当にキレイだ」
………聞き慣れない言葉は、耳に優しくないです。しかも美人じゃ無いことを自覚している人間にこう何度も繰り返し言われちゃあ、それが嫌みだってことに気づきます。
ので、言ってやりましたとも。
「バカにしないで下さい!!」
ふんっと踵を返して、来た道を戻りました。全力疾走で。
多分これは『敗走』とか『言い逃げ』とか言われる類いのものだと自覚しながら。