28 心身ともに平和に過ごしたいのですが
逃げても朝は来るし、現実は一晩寝たくらいじゃ劇的な変化をしない。そういうもんなんです。世の中は。
「…おはようございます」
身の処し方を決めかねたまま、取り敢えず向かった食堂には既に悪魔と天使の双子が揃っていて、期待に満ちた、というよりも感情に飢えた顔をしていた。
そうでしたね。そろそろ『エサ』を摂取なさらないと皆さん限界なんでしたっけ。こんなことなら昨日のうちに、お食事を済ませて貰えばよかった。
こんな後悔が役に立つはずもなく、さてどうやって怒って、どうやって喜んだものかと、わたしは考えを巡らせながらアゼルさんとベリスさんの間の席に座る。
「ミヤ、昨日は…」
「そのお話は後にしましょう。とにかく、お食事です」
何かを言いかけたサンフォルさんを遮って、食卓に目をやると並んでいるのは好物ばかり。思わず一気にテンションが上がって、目が輝いたのはいうまでもない。
「え~すごい!ベーグルっぽい物に、ベーコンぽい物に、スクランブルエッグ!どうしたんですか、これ!!」
ほとんど”ぽい”がつくのが微妙に悲しいが、取り敢えずこれらはこのお屋敷に来てからわたしが好きだといったものばかりだ。
なにせ、エイリスの家ではほぼベジタリアンだったので(たまにはわたしだけ肉も食べたけど)、ベーコンの存在を知らず、同じ理由でスクランブルエッグもほとんど食べたことがなかった。けれど悪魔はそんなこと気にせず、美味しいものを食べる。
それら全てが人間の口に合うわけではないけれど、この郷愁をそそる食事は地球を思い出すこともできるから、わたしの大好物になっていたのだ。
「わーい!ベーグルサンド~」
食感はもちもちだけどドーナッツ状ではなく、四角くて手のひらサイズなこのパンはあり『合わせのものサンド』にとっても合う。
そーっと横から半分に裂いて、間にレタスのような葉っぱとベーコン、スクランブルエッグを挟んだわたしは元気に頂きますをして、一口頬張った。
「おーいーしーいーっ」
「それはよかった。お口に合って、なによりです」
にこにこ笑いながら、アゼルさんはもう1つのベーグルに今度は生サーモンぽいものとチーズっぽいものを挟みながら、これもどうぞとスペースのできた目の前のお皿に置いてくれた。
ありがたいし、嬉しいけど、結構量のあるこれを2つも食べられないだろうと、断ろうと思ったところで力が抜ける。
感情を天使に食べられた。
理解できると一緒にお腹が空いてきて、成る程そういうことかと満足そうなメトロスさんとサンフォルさんを、交互に眺めた。
はっきり美味しいと口元を緩めるメトロスさんと、ほぼ表情筋の変化はなく、けれど美味いと微かに目元を和ませたサンフォルさんに、怒ろううとしていた気が失せた。
いつか、遠くない未来に彼等も夫にと、成り行きとはいえ口にしたのはわたし。まさかこうも急だとは考えもしなかったけれど、密談だと信じていたあれやこれやを2人にバラされては、前言撤回もできない。そこにいって1年猶予期間があろうが、1日しかなかろうが結果が変わるわけじゃあない。
ここは1つ、覚悟の決め時でしょう。
「今晩…メトロスさんとサンフォルさんのお屋敷にお泊まりしたいです。いいですか?」
意を決して口にした言葉に、仕方ないとばかりに肩を竦めた悪魔組、途端に表情を輝かせた天使組。
どちらも少しずつ勘違いしているようなので、慌てて重要な一言を付け足す。
「あのですね、そういう意味で…結婚するから泊まる、じゃないですよ?ただ単にお試し宿泊と申しましょうか、こっちでも始めの頃そうしていたように、同居から始めてみようかと思っただけですからね?」
上げたり下げたり申し訳ないけれど、その後は落胆した天使組と安堵した悪魔組が出現しました。
期待させてすみませんが、そう簡単に事は運んだりしないんです。だってやっぱり培った常識が邪魔をしますから。いろいろステップを踏むのが妥当じゃないかと、こう結論づけた訳なんですよ。
アゼルさんやベリスさんとも一緒に暮らして、色々な面を見て、そうなってもいいかなって感情が芽生えた…俗に絆されたともいいますけど、ええまあともかく、時間が大切じゃないかと。
そんなわけで、旦那様方にはひと月ほどお隣に居候したい旨を伝えたんですけどね?
アゼルさんがうすら寒い微笑みを浮かべています。なにやら、とっても嫌な予感のする笑みです、が?
怯えて頬を引き攣らすわたしをなぜかスルーして、彼は天使の2人に視線を据える。
「ミヤをそちらにお貸しするのは、後2日待っていただけませんか?」
「………?」
「どうして。彼女がいいって言ってるのに、君がそれを邪魔するわけ?きちんとわけを説明してくれないかな」
意味がわからず首を傾げたところ、メトロスさんが不満そうに理由を質してくれた。同様にサンフォルさんも顔を顰めていて、訳知り顔なのはべリスさんだけだ。
「貴方たちも、天使ならわかるでしょう?己の伴侶を他人と共有しなければならない苦痛が。この怒りを抱えたまま登城すれば、私たちは必ず他の方を被害者にする自信があります。そうしないためのガス抜きを今夜させてほしいと言っているのですよ」
…えっと、愛の告白のようにも聞こえますが、わたしの命が風前の灯のようにも聞こえますよ?
怯えてアゼルさんを見上げると、なぜか反対側のべリスさんまで恐ろしいこと、言いました。
「それに、食事もきちんとしておきたいので。体も心も貪れば、回復に1日は必要でしょう?ならば2日、我慢してください」
間違えました、風前のではなく、すでに死亡フラグが立ってます。
もちろん、理解しがたいその理由に納得したメトロスさんとサンフォルさんは、2日後、迎えに来ると約束をして帰っていきました。
そして、わたしはなぜかそのまま寝室直行です。
「え?あの、お仕事は?!」
「「今日は、休みます」」
いや、休んじゃダメでしょう!!
次回、ムーンでお会いいたしましょう。