26 柄にもなく、お説教してしまいました
一言でいうならば、傲岸不遜。王子様の印象は、それに尽きた。
あ、王子様じゃないのか。この国は世襲制じゃないんだから。
髪は、闇を思わせるつややかな漆黒で長めだけど短髪、わたしなんかよりよっぽど黒い。だけど瞳は深い紫色で、彫が深い顔立ちはこれまでに出会った悪魔と同じく、彫刻のように綺麗でとっても冷たい印象だ。
そんな美術館にでも置いてありそうな彼は、べリスさんに抱っこされたまま現れたわたしを見て、僅かに表情を変えることもなく、低い声で言い放った。
「お前が2人目の人間か」
訂正します。印象じゃなく、冷たいんだわ、この人。ついでに失礼。
あまりにも予想通りの人物像に驚くこともなく、むしろ冷静になってしまった。
それにこの気持ち…いきなり喚び出された時以来の、不快感だ~。
「はい、人間ですが、何か?」
にっこり笑って答えてから、気づいた。どうやらわたし、怒ってるみたいですよ?
この感情は相手に伝わったのか、否か。相も変わらず無表情の男は、どんな反応も返すことなく言葉を継ぐ。
「ならば、私と共に来い。人間の血をより濃く守るために、不本意だが貴様を娶るよう命じられたんでな」
「お断りします」
こっちの返事も間髪なかった。
すっと男の周りの気温が下がった気がしたが、そんなものどうだっていい。むしろ気になるのは、いつの間にかわたしの隣に並んでいたアゼルさんと、べリスさんからジワリと怒りが染み出してきたことだ。
あっちが臨戦態勢なら、こっちも臨戦態勢。一触即発ってこういう空気を表現していうのかぁなんて、呑気に納得している場合じゃなかった。
血を見たり、お家が壊れる前に、お引き取り願わなくっちゃだわ!
喧嘩売ったくせに、その結果に焦って、わたしは頭をフル回転させて、目の前の不快な人物を追い返す言葉を探し始める。
「えーとですね、不本意なら別の人に頼むとかしてください。美しくない人間にだって、選ぶ権利はあるんです。それとわたしはアゼルさんとべリスさんと結婚しています。場合によってはまだ旦那さんを持たなきゃならない…いや、なんかこの辺は拒否権なくて多分メトロスさんとサンフォルさんも旦那さんにしなきゃいけない予感がヒシヒシしますが、とりあえずジャルジーを出る気とこの家を出る気は全くありません。次に来る方にも、結婚どうのという以前に、この国に住むつもりがないなら来ないでほしいと伝えて下さい」
ああ、説明って疲れる…。
一息に喋った感想はこれだった。目の前の人物は変わらず無表情だけど、とりあえずアゼルさんとべリスさんの怒気は消えたんで、良いです。1つでも心配事が減れば、よし!
自己満足に頷いていると、前方からは更なる冷気が流れてきた。
「できるものならとっくに別の男に任せている。だが、一族が選んだのは私だ。お前のような貧相な小娘を、人間だと言うだけで妻にせよと命じられ、尊厳を踏みにじられ権利を剥奪されたのは私の方だ。それを断るだと?貴様、何様のつもりだ」
「人間様です」
答えた途端に襲ってくる、痛いほどの殺気は、どうしたものでしょう?ああ、そんな射殺せそうな目で睨むの、やめて下さい~。
この口!全てはこの口が悪いんです!正直に思ったことをつい零してしまった、この口が~。
……って、全然フォローになってませんね。ええ、そうです。再びわたし、怒ってます。
なので、笑顔を貼り付けたままアゼルさんの方を向いて、聞いてみました。
「こういう悪魔をオレ様って表現するんですか?違いますよね。これはただの無礼者です。どんな育ちをしてきたんだか存じませんが、人間の血を受け継いでると確か、ハイブリッドな感じになるんでしたよね?希少な上に優秀で、甘やかされて煽てられたんでしょうか?そんなもの、クソ喰らえです。人間の血のおかげで優秀になったのに、何様だとか聞いちゃう無礼者、話しをするのもイヤです」
一瞬の、沈黙。後、肌を刺すような殺気、倍増。
けれど怯む気のないわたしに当然アゼルさんとベリスさんは気付いていて、
「申し訳ありません。妻がこう言っておりますので、お引き取り願います」
慇懃に、けれど断言したアゼルさんは、扉を示す。
「急なことでしたので、たいしたもてなしもできず失礼しました」
わたしを抱えたまま、会釈程度にしか頭を下げていないベリスさんは、これで話しは終わったとばかりに外に控えているであろうカイムさんを呼ぶ。
「お客様のお帰りだ。お見送りしろ」
そこまでされて、ようやく失礼な客人はちょっぴり表情を動かした。
形を潜めた怒りと、現れた動揺。
きっと、身分や育ちのせいで他人に真っ向から反抗されたことも、”ありがたい”申し出を断られたこともなかったんだろう。どうしてわたしが、そしてその夫達が、こうまで自分に逆らうのかわからないと、顔に書いてある。
横目でその様子を観察して、小さく溜息をついた。
まったく、親切に教えてあげたのに理解できないなんて、血の巡りの悪い人は好きじゃないんですけど。
今度は胸の中だけで毒づいていると、唇に苦笑を乗せたアゼルさんが、親切にも無礼な方にわたしの内心を解説し始めた。
「妻は身分の上下がほとんどない世界から来ました。ですからスローネテス様がいかに悪魔族の頂点に近い場所にいようとも、謙るという考えがありません。きちんと礼を持って接しなければ、会話すらままならないと思いますよ」
「でも、お年寄りは敬いますよ。年功序列万歳な国の住人でしたから」
誰からも対等に扱われようとは思っていないので、そう言い添えたんですが、そこで大変いい考えを思いつきました。これは是非、聞いて貰わないといけませんよね。
「あの方が後40年ほど年をとったら、無条件で言うことを聞いてあげてもいいです。だってお母さんが、おじいちゃんのことを、年をとると因業になって困るって言ってましたから」
これは良い考えだと手を叩きながら提案すると、ベリスさんがさすがに苦笑いでわたしを宥めにかかる。
「ミヤの怒りはよく、わかりました。けれどあの方がああなってしまわれたのは、なにも本人の資質だけではありません。周りに碌な方がいなかったことも原因なんですから、その辺で許して差し上げて下さい」
「でも、大人になったら自分で考えて善悪の判断をつけるくらい、できますよね?まさか、そこまでの向上心がなかったんですか、偉いのに?!」
これは、追い打ちです。言いすぎかなぁとも思ったけれど、自分を見つめ直すお勉強には必要かと思ってわざと口にしたんです。
すると、しばらく沈黙していた王子様もどきは、静かに戸口に向かって歩き出しました。
「また、日を改めることにする」
と、小さく呟いて。
「えーと…わたし、言い過ぎちゃいました?」
今更ながらちょびっと気の毒になって問うと、旦那様方はそろって首を振るんです。
「「いい薬です」」
そう、ですか。ならいいんですけど。
それにしても、悪魔族の中で最高位に近い場所にいながら同じ一族からこんな風に言われちゃうなんて…早く目を覚まして下さいねぇ~。