25 偉い人はあんまり好きではありません
心は健やかです。あんまりお食事提供を強要されなくなったんで。
比例して、体は日に日に疲労が抜けなくなっています。
まだ、若いのに。10代なのに。なんか、くたびれた中年の気分です。
今朝も元気だった旦那様方を思い出して、午後のお茶をため息交じりに飲んでいたわたしは、良くも悪くも数日の休日を要求したい気分だった。
特に夜。っていうか夜。夜だけでいい、ともかく休みたい。
新婚なんて、ちっともいいことないじゃん。
これが正直な感想だから。ラブラブな想像してたけど、確かにラブラブだけど…限度って、あるでしょ?
そんなわけで、今晩のことを考えるとまたまた憂鬱になる新婚1か月目の新妻です。
「ミヤ様、お客様がお見えですが」
リビングで黄昏ていたわたしに、おずおずとカイムさんが声をかけてくる。
振り返れば、給仕の小間使いさんしかいなかった室内に、いつの間にやら執事が控えているとは…どんだけ意識散漫だったんだか…。
ここはひとつ、しゃんとせねばと、微笑みを湛えてカイムさんに誰が来たのと聞いてみると、彼は眉根を寄せて言い淀む。
まさか、猫?!猫さん来ちゃった?!
一瞬で顔色が変わったに違いない。慌てたのはカイムさんのほうで、怪しい人物ではないと請け合ってくれた。
………エイリス、あなたの息子、このお家では完全に不審者扱いだよ~。
だけど、そうなると誰が訪ねてきたのか、皆目見当もつかない。なにしろこの世界の知り合いなんて、両手で余る程度なんだから。
首を捻りながらも、促されるまま応接室に移動していたわたしは、途中で今朝別れたばかりのベリスさんと遭遇して目を丸くした。
「あれ?お客さんじゃなくて、ベリスさんがお帰りだったんですか?」
「いいえ、お客様がいらしているのは本当です。ただ、粗略には扱えない方なのでアゼルニクスと共に屋敷まで案内して来たんですよ。それに、ミヤにも少々事情を説明しておかなくてはなりませんし」
そう言うと、わたしの腕をとって一番近い空き部屋に入れと促す。
この国で結構な地位にいて、見合った身分も持っている彼等が粗略にできない人って、誰なんだろう?
考えて思いついたのは『王様』だったけれど、それは絶対ないっていうのも同時に思い出した。
偉い人は自ら足を運んだりしないんです。呼びつけて、こっちから挨拶させる。これはどうやら星が違っても共通のやり方のようで、当然『王様』も然り。
実はアゼルさん達が人間を見つけたと報告した翌日に『連れてこい』と仰ったそうな。偉そうに、10代の子供までいるおっさんが、自分の子を産ませるからと。
…ああ、いけない。思わず本音が出てしまった。『王様』でしたね。
でも、大丈夫です。この辺は大変ありがたい悪魔・天使族の本能と習性がなんとかしてくれましたから。
本来、伴侶は1人と決めて連れ添うのが彼等の本分で、自分たちにとって都合のいい人間が現れたからって、それが変わったりするわけじゃない。天使である『王様』は愛とか恋とかの感情をすっ飛ばして、自分たち一族が繁栄するために人間を家畜のように扱おうとしたらしいんだけど、当然反対されました。
まず『王妃様』である奥さんに、続いて国の重鎮候補である優秀な悪魔と天使の双子に、最後に人間を先祖に持つ他国の悪魔・天使族に。
因みに、最近判明したんですが、現在子孫のお一人である進化型の悪魔は、隣の隣の国の国王だそうです。7つの大陸の中では、最も力をお持ちの王様だそうで、そこの次期国王はこれまた人間の血が入った天使だそうです。
人間最強。
まさか地球上で最も戦闘能力が退化したといわれている自分たちが、異星ではこれほど力を持っていたとは…ところ変わればわかんないもんです。
話しは逸れたけれど、こんな理由から家主の2人自らが案内してくる、重要らしいお客様の正体が更にわからなくなっていたわたしは、声を潜めたベリスさんが明かしてくれてた素性に目を見開いた。
「見えているのはハイジェント国現国王の長子、スローネテス様です」
話題の人物です。進化型悪魔の確か息子さんの名前を聞くとは、びっくりです!
偉い人は自ら出向かないって持論を、ちょっと変えなくちゃなんないかな…?国を跨いだところからわざわざわたしを訪ねてくれるなんて、ちょっと感動。
「すごい人が来ちゃったんですねぇ…」
いつかは会ってみたいと思っていた人間の女性の子孫が直ぐそこにいると考えて、わくわくした気持ちを隠しきれなかったわたしにベリスさんはちょっと顔を顰めた。
この段になって、ようやく気付く。いつもにこやかに接してくれるベリスさんが、引き締めた表情を緩めてくれないことに。廊下で会ってからずっと、難しい顔をしていたことに。
普通じゃないこの様子から察するに、スローネテスさんの来訪はあんまり良くないのかも知れないとベリスさんを見上げれば、此方の心中を察したように彼は小さく頷いた。
「少し…困ったことになっています。人間の血を薄れさせないためにもミヤを寄越せと、言ってきているのです。もちろん私達は既に夫婦ですから、そのような要求は飲めないと申し上げましたが、初代様は何人も夫を持っていたのだから、年の半分をジャルジーで残りの半分をハイジェントで過ごせばいいと仰って、譲らないのです」
成る程、それでこの予告もなしの訪問なのかと、納得がいった。
地球でだってそうであったように、人の家を訪ねるなら大抵の場合、数日前に使者をお伺いにたてたり、火急なら水鏡で数時間後に行っていいかと聞いてからっていうのが、ここでの常識だ。いくら家主を伴っているからって、いきなり来たりはしない。それじゃあ、家の方の準備ができないから。
現に、わたしは普段着のままだし、カイムさんも心なしか焦っていたような気がする。屋敷の中だって妙にざわついた気配がするし。
そこで、出したわたしの結論。
「絶対、ハイジェントには行きませんからね。誰に何を言われてもイヤです」
他人の都合を考えないとか、人の意思を無視して話しをごり押しする人は、好きじゃない。ううん、むしろ嫌い。
だから強い決意を込めてベリスさんに言い切ると、彼はやっと表情を緩めてわたしを目の合う位置まで抱き上げる。
「そう言ってくれると思っていました。勿論、私達もサンフォル、メトロス、国王も同意見です。人間が有する権利は我が国だけの掟ではなく、一族全体の掟ですので、ミヤの意見は何者にも侵すことはできない。安心して下さい」
微笑みながら強く抱きしめてきた腕は、わたしを安心させるためと言うよりベリスさんが安心したと伝えてきていた。
全く、あれだけここがわたしの家だって約束したのに、ちっとも信じてなかったってことですか。この人がこんな風に思っているのなら、きっとアゼルさんだって同じ不安に苛まれてるにちがいない。
仕方ないなと苦笑しながら、ぽんぽんあやすように彼の背を叩いて、だからわたしは促した。
「じゃあ、早く客間に行きましょう。ちゃんと断らないと失礼だし、アゼルさんもそんな人と2人ならきっと気詰まりなんじゃないですか?」
「…はい、そうしましょう」
頷いて扉を目指すベリスさんは、どうやらわたしを抱いたまま目的地に向かうつもりらしい。
できれば降ろして貰いたいんですけど…あ、無理?そう、ですか。はい、諦めます。
悟りって、案外簡単に開けるものみたいです。