24 色ボケすると人間、頭が働かなくなるものです
朝、目覚めて軽くなっている体に、ちょびっと安堵。
自力歩行できなかった昨夜から考えると、充分すぎる回復です。歩みは某有名自動車メーカー開発のロボットに負ける早さだけど、文句は言うまい。言ったら両脇の過保護な悪魔に、抱えられる。昨日の今日なんで、余計な接触はできればさけたいのだ。
そんなわけで、のろのろと食堂に入って正直なお腹が目の前のごちそうに歓喜する中、食事を始めたんだけど。
「「ミヤ!!!」」
庭に続く窓が、割れるんじゃないかって勢いで開いて、天使さん達のご登場です。
えーえー、いい加減慣れましたが、今日の騒々しさには少しばかり鼓膜が悲鳴を上げましたよ?たまにはカイムさんに案内されて、その優雅なみてくれに恥じない礼儀正しい登場をしてみちゃどうなんですか?
という、多少の嫌みを込めた視線を送って、すっごく驚いた。
「えーっと?何で泣いてるんですか、メトロスさん?」
そうなのです。なぜだか金の天使は、戸口で仁王立ちしたまま、はらはら涙をこぼしていたんです。
絵になるけど、泣き虫属性のツンデレ天使とか、一部女子にえらく受けそうだけど、わたし的には気持ち悪いんでお断りなんだけど。
だって、想像したら不気味だよ?190越える大男が、ちょっと童顔で泣き虫…後30センチ身長が低かったら、絵になるんだけどなぁ。美少女なんだけどなぁ。
わたしにこんな残念な想像をされているとは知らないメトロスさんは、朝日に輝く滴を隠しもせず、ビシッとこっちを指さした。
「ミヤが!悪魔共に食べられたからに決まってるじゃないか!」
「はぁ、まぁ、いろんな意味で美味しく頂かれちゃいましたが、とりあえず人を指さすのはよくありませんよ。ええ」
珍しく1人で椅子に座って1人で食事を取るという、至極まっとうな行動を取っていたわたしは、なぜだか人様の行為が許せず注意する。
そう、人はね、自分がちゃんとやってる時に周りがいい加減なことしてると、腹が立つんです。ほら、普段は平気でポイ捨てする人が、自分でゴミを拾わされる時だけブツブツ文句言う、あれと同じですよ。
行儀悪く人の膝の上で人が差し出すもの食べてるんじゃ、誰に正論を説いても笑われますけどね、今日は大丈夫。1人でできる、偉い子なんだから。
と、元気に胸を張ったのに、なぜだかメトロスさんは泣き崩れちゃった。なんか、再起できるのか心配になるほど、いじいじうじうじ、磨き込まれた床に向かって呟いている。
どこかいい病院を紹介したくなる有様です。
「ミヤ、悪魔共と結婚するというのがどういうことか、身をもって体験しただろう?あれでは体がいくつあっても足りん。今からも遅くない、家に来るんだ」
何故か断定口調のサンフォルさんは、近づいてきて痛ましいものでも見るようにわたしを見つめている。視線の先を辿れば、それは隠しきれなかった鎖骨の噛み跡で、ここを元に体を想像したなら、成る程彼の言いぐさも納得できる。
しかし。
「下世話です、サンフォルさん。確かに噛み跡や痣は体中にあります。そりゃあもう、服に隠れているところなんか酷いもんです。でもそれを想像しちゃいけません。脳内だと言っても、女性を裸にするものじゃありませんよ」
黙って妄想するだけなら誰にもばれないけれど、口に出したらセクハラだと、眉根を寄せて忠告したらなぜだか肩を落とされた。
なんなんだろう、2人とも。派手に感情露出しているようだけど、意味がわからない。
一体どうしたものだろうと、アゼルさんとベリスさんを見上げると、彼等もちょっぴり困ったような顔をしていた。けれど、説明しないのはフェアでないと判断したのか、頷き合って重い口を開く。
「貴女が体験したように、悪魔は過激です。同族同士であればもっと淡泊に…いえ、義務のように子を成すためだけになる行為ですが、『エサ』に対しては感情を引き出すため容赦がなくなる」
へー知らなかった。それじゃあ、悪魔が悪魔のお嫁さんになったら、痛くないんだ…それはちょっとうらやましい。アゼルさんの答えにそうなのかと頷いて、ふと止まる。
『エサ』に対して…?
「……アゼルさん、ベリスさん、貴方達、今まで『エサ』女の人達にもあんなことしてたんですか?」
地を這うわたしの声に、びくりと体を竦ませた2人は答えに窮して表情を引き攣らせる。そして、慌てて弁解してきた。
「あのですね、ミヤ。愛があるのとないのでは、雲泥の差なのですよ?甘い言葉を囁いたり、当然愛を語ったりしながら触れないんですから。ただ泣かせて喰らう、その行為と昨日のあれが同じだと思いますか?」
「思いません。思いませんけど、面白くはない」
ベリスさんがどんな言い訳しても、しらない。
だって、あんなことやこんなことやそんなこと、他の女の人としたとか許せないんですけど。結構本気で腹が立つんですけど。
頬を膨らませて睨み付けると、オロオロしていた2人の動きがピタリ止まり、何やらお伺いを立てるように背を丸めて低姿勢になる。
「あの、もしやミヤ、嫉妬しています?」
「過去『エサ』であった女性に、妬いているんですか?」
「当たり前です。過去だろうが現在だろうが、2人が相手をした女の人の話を聞いて面白いわけないじゃないですか!好きなんだから、当たり前でしょ?!」
「「ミヤ…」」
綺麗に人名前をハモった2人は、暑苦しくも両側から抱きついてくる。
そうして頬やまぶたにキスに雨を降らせながら、貴女は特別ですとか、許して下さいとか、愛していますとか、昨日から耳にタコができるほど聞いている台詞を繰り返すのだ。
まったく、そう言えば許されると思ってるんだから、しょうのない双子だ。
「………なんだよ、そんなにそいつらの過去が許せないなら、ミヤだって僕らと結婚したらいいだろ」
サンドイッチ状態でまだむくれていると、いつの間に立ち直ったのかメトロスさんが投げやりな口調で言う。
「そうだな、初めての相手が悪魔で、今後悪魔とだけしか交わらないとなると、さすがの人間でも早死にしそうだしな」
冷静な顔してサンフォルさんまで、恐ろしいことを…。
でも、ふとそれもそうかと思っちゃう自分もいるわけで。
「確かに…痛くて辛いのばっかり続いたら、おかしくなりそうかも…」
優しくしてくれるとは言ったけれど、基本悪魔は鬼畜だと思い知ったばかりなのでその思いは強い。
でも、好きな人が他の人と、そう想像しただけで怒り出したわたしが考えていいことじゃない気がして、上空の2人を見ると彼等は甘く微笑んでいた。
「いいんですよ、ミヤ。私達だって人間の貴女と結婚すると決めた日から、様々な覚悟をしていたのです。自分たちとだけいるより、天使と過ごす時間があった方が良いという考えには我々も賛成です」
「ええそうです。それにね、貴女が自分の家はここだと決めてくれた、それだけで私達は満足なんです」
…優しい。普段の数割増しで優しい。じーんと絆されちゃうくらい優しい。
思わずその優しさに胸が熱くなり、ぎゅっとしがみついちゃったわたしは、
「じゃあ、許可も出たし。僕らと行こう」
「ああ。さあミヤ」
とっても嬉しそうに差し出された手のひらに、首を振ってしまった。
「人間は、意外に切り替えが遅い動物なんです。すいませんがもうちょっと待って下さい」
新婚さんは3月くらいべったり張り付いているのが普通の世界の住人だったもので、昨日結婚した相手を無碍に放り出すことのできなかったわたしは、頭上でにんまり唇を歪めた悪魔に気づけなかった。
「騙されてるって、ミヤ!」
「冷静になることは、重要なことだぞ」
必死に説得してくれていた2人を、きっぱり拒否した自分を、1月後殴り倒したくなるのは、また別のお話。
だんだんミヤが、かわいそうな子になってきた気が…