18 夕、サンフォルさんに囓られ
「失礼する」
それは、3時のお茶の時間だった。
カイムさんに案内されて、サンフォルさんがわたしの部屋に現れたのだ。
真っ白な軍服は膝丈の詰襟で、肩章から伸びた2本の金の組紐がとってもカッコイイそのお姿。きっといつもならぽーっと見とれてたんだろうと思う。
ただし、今日は別。朝、昼、と予期せぬ来客にセクハラされたりお食事されたりして、ちゃんと警戒心ってものが身についている。学習してるのだ。
2度あることは3度ある。またなにかされるっ?!
「どうしました?」
「…それはこちらのセリフだ。何かあったのか?怯えているようだが」
平静を装って笑ったつもりだったんだけど、あっさりばれました。
いつもぞんざいな口調なので誤解しがちだけれど、この10日ほどでわたしがサンフォルさんについて知ったのは、この人かなりのお兄ちゃん気質だってこと。こまごまとよく気が付き、いらないことまで気をまわしてくれる。
…今日はそれが、裏目に出てるんですけどね。
「いいえ、なんにもありません。大丈夫です」
ほっとくと近づいてきて額で熱でも測りそうな勢いだったから、全力で問題ありませんアピールをしたのだけど、それがよくなかった。
つかつか大股で部屋を横切ったサンフォルさんは、止める暇もなくわたしの傍らに屈みこんで、顔を覗き込んできます。危険です。至近距離です。綺麗だけど、恐ろしいです~。
「私は悪魔達と違って、恐怖や悲哀を食すことは無い。だから君からそういった感情が流れてくると、心配だ。ミヤにはいつも、幸せであって欲しい。いや、幸せであれるよう、どんな努力を惜しまない」
………すいません、これ、殺し文句ですか?それとも手の込んだ嫌がらせ?どちらにしても成功のようです。わたしはすっかりサンフォルさんにときめきで、ドキドキですから。
メトロスさんと違って、絶対に嘘はつかないと常々言っているサンフォルさんから、真剣な眼差しを送られながらこんな台詞を言われたら、勘違いします。するなって言う方が無理です。
軍服なのもポイント高いです。ヤバイくらい格好良さ倍増です。日本人は普段と違う姿とかシチュエーションとかに、とことん弱くできている生き物なんです。
そんで、小声で「私を頼ってくれ」とか言っちゃうんですよ?頼ります。がっつり寄りかかります。
実は4人の中で一番のホスト系だったサンフォルさん、貴方に癒やされたい!
「い、いじめられたんですっ!朝はアゼルさん、お昼はメトロスさんにぃ~」
2人ともひどいんですよ、と。言いつけるつもりは無かったけれど、愚痴を聞いて貰う感覚でうだうだうじうじ、怖かっただの色っぽかっただの疲れただのと並べ立てていると、椅子を引いてきて隣に腰掛けた彼は優しく髪を梳いてくれた。
「そうか、それは災難だったな。アゼルニクスは君自身が夫にしたのだから、まぁ多少のことは仕方ないと諦めて貰わねばならないが、メトロスに関しては他人の家に不法侵入しての所業だ。ミヤにはなんの落ち度も無い。私からも詫びをしよう」
「えっ、いりません、大丈夫ですっ」
躊躇いもなく頭を下げようとする彼を制止しながら、わたしはとっても慌てていた。
だって、サンフォルさんてば本当に申し訳なさそうな顔してるんですよ。まるで自分が悪いことしたように、メトロスさんの代わりに謝ろうとするの。そんな謝罪受けられるわけが無いっ!
「別に、メトロスさんに意地悪されたとかじゃないんです。いじめられたっていうのは言葉の綾で、ただ単に感情を食べられたってだけなんです。ずっと優しかったですよ?メトロスさん。わたしは『エサ』だけの存在じゃないって言ってくれたの、すっごく嬉しかったんですから。だからそんなこと、しないでください」
そう、アゼルさんは確かにちょっと強引でエッチな上に食欲魔神だったけど、メトロスさんはわたしの疑問に答えてくれて『エサ』以外の価値があるって思わせてくれた。
それって、わたしをちょっと安心させてくれる言葉だったんだ。『人間』って特別扱いされるのは、利用価値があるからなのかな、それがなかったらわたしに価値はないのかなって、不安だったから。
あの言葉、本当に嬉しかった。
「そんな顔をして、あいつを褒めるな」
「え?」
急に険しくなったサンフォルさんの声に顔を上げると、彼はさっきの穏やかな表情はどこへやら、怒ったように眉根を寄せている。
「そんな、顔?」
どんな顔だろうって、自分の顔をぺたぺた触っていると、伸びてきた指がわたしの手首を取る。
「穏やかで、慈しむような表情だ。あふれ出している感情も、喜びに染まっている」
「そりゃあ、嬉しかったんですもん」
顔はどうだかわからないけれど(鏡がないので確認しようがない)、感情は当然天使が好む正のものになるだろう。
当たり前じゃあないですかと、肯定したら何故か詰め寄られた。
「ミヤが『エサ』以上の存在であると感じているのは、メトロスだけではない。アゼルニクスもベリスバトンも、今まで糧とする女性達を君にするように甘やかしていたことはない。なにしろそれでは、あれらの好む感情は食らえないからな。決して相手を嫌ってはいなかったが、必要以上に構うこともなかった。片時も傍から離さないなどということもな」
「え?」
お屋敷の中にいる間は常に2人に囲まれている状態だったから、あれがデフォルトなんだと思ってました。『エサ』には優しく、がポリシーなのかと。ついでにたまにセクハラして怒らせて、その感情を食べるのがお食事なんだと信じて疑っていませんでした。
そういうと、サンフォルさんは首を振る。
「天使や悪魔の習性を君が知らないのは仕方のないことだが、これだけは覚えておくといい。私達は妻をとても愛する。1度夫婦として認め合えば、互い以外を寄せ付けないほどに、な。だが彼等双子は私達より似通っていて、好きになる女性も同じ人物であることが多かったから常々、自分たちは1人の女性を妻に迎えて2人で愛するのだとふれて回っていた。そこに現れた君は、様々な意味で唯一無二の存在だ。彼等は宣言通り、全身全霊で君を愛している」
「………初耳です」
習性などはともかく、2人がわたしを好きでいてくれているなんて、初耳だ。そりゃあ嫌われてはいないだろうと思っていたけれど、愛しているとか他の人に言われてしまうと複雑です。できれば本人達の口から聞きたかった。
今晩帰ってきたら、聞いてみようかな?などと暢気なことを考えていると、いつの間にかサンフォルさんに両頬を押さえられ、視線を彼に固定させられる。
深い、吸い込まれそうな群青に。
「だが、覚えておいて欲しい。ミヤを欲しているのは彼等だけではない。私もまた、君を愛しいと思っているのだ。妻にしたい、腕の中に囲っておきたいと。多分それは、メトロスも同じだろう」
好きだと言われてイヤな人間なんて、いません。だけど、困る人間はいるんです。
と、言えたらどんなに良いだろう。だけど無理。だってどこかでこの言葉を喜んでいる自分がいる。サンフォルさん達にそんな風に好かれているなんて考えもしなかったから、愛しいなんて言われて舞い上がらない筈がない。
どうしよう。わたしってこんなに気が多かった?!浮気性?!
「あ…でも、わたしはアゼルさんとベリスさんと結婚するって言っちゃいましたから、他に旦那さんは持てませんよ」
さっきの説明でいけば、この世界の常識である一妻多夫制はとれない。悪魔の彼等は、自分たち以外の男の人がわたしに触るのを許さないってことだもん。
けれどサンフォルさんはそれに首を振る。
「君はもう忘れたのか?初めて召還された『人間』は天使と悪魔、会わせて5人の夫を持っていたと言ったろう?ミヤは特別なんだ。他の種族の女性のように沢山の夫を持てる。いや、沢山の夫を持ち、1人でも多くの子を残すことが義務だといってもいいだろう」
「…覚えています。そうでしたね、言っていましたねそんなこと。でも義務とかは聞いてないんですが…」
一妻多夫強制、ですか?どんな法律ですかそれ。っていうか、子供製造器じゃないんですけどわたし。
あんまりな決定事項にちょっと頭が痛くなってきたところで、サンフォルさんが初めて聞くような甘い声で「ミヤ」と呼ぶ。
「どうか、私達も君の夫にして欲しい。今すぐ答えをくれとはいわないが、せめて、他の天使を夫にはしないと約束してくれないか」
くらっと、来ました。まだ恋愛途上の旦那さんが2人もいるのに、新たなプロポーズにうっかりドキドキです。またまた胸が騒いでおります。
ほっといてもにやけそうになるってことは、嬉しいんだろうなぁとか考えながら、だから頷いちゃったんです。
直後、痛いくらいに。いや、比喩じゃなく、本気で痛い抱擁をいただきました。
「ありがとう、ミヤ。君が1日でも早く決断してくれるよう、祈っている」
ちゅっと、かわいらしいリップ音をさせて天頂部にキスが落ちる。もちろん更にドキドキして、1人でどうしようどうしようとかパニクっていると、あ、本日3回目です、この感じ。
「サンフォルさん、貴方もですかっ!」
ジュリアス・シーザー調に叫んでしまいました。なんでみんな、いいシーンで感情を食べるんですか!ちょっとは空気読みなさいってんですよっ!
腕を突っ張って距離を開けてから、さすがに涙目で睨むとサンフォルさんは見たこともないような恍惚とした表情でこっちを見ていた。
はい、これもデジャブです。ちょっと前に見たことのあるお顔です。
「そうか…胸の内から溢れる喜びというのは、含めば蜜のように甘いのだな…ミヤ、どうすれば毎日この感情を与えてくれるのだ?」
「知りませんっ!」
やっぱり双子ですね。貴方たちもとってもよく似てらっしゃいますっ!
天使と悪魔は鳥類なイメージ。
鶴とか鴛鴦とか、果ては鳳凰みたいな。一生同じ相手と番う。
人間より自制が効いてます。
鴛鴦は一年で相手を変えるのだと教えていただきました…なんてこと、慣用句のうそつきっ…って気分です。