17 昼、メトロスさんに舐められ
結局、図書室には仕事に必要な資料を取りに来ていたアゼルさんは、セクハラと食事を済ませた後、爽やかな顔で仕事に戻って行きました。
…ああ、セクハラじゃ無いのか。夫婦前提恋人未満ていう、とってもややこしい関係だけどお互いの同意は少なからずあるし…でもDVの基準には無理矢理ないろいろは、その、夫婦間でもダメとか恋人間でもアウトとか、あったような無かったような…。
大量のお昼ご飯を食べて、食後のお茶をバルコニーで優雅に頂きながら、そんな難しいような難しくないようなことを考えているところに、ばっさばっさと聞き慣れた羽音がしてくる。
まさかまたアゼルさんが?!それとも今度はベリスさん?!と、怯えて振り仰いだ先には何故か白に金が眩しいメトロスさんが…
「やあ、ミヤ。元気?」
「朝会ったばかりじゃありませんか…って、何?!なんでそんなところに降りてんの?!危ないから降りて、早く!」
「ええ?大丈夫だよー」
愉快な天使はそう言って、20センチも無いような手すりの上を身軽に飛び跳ねてみせる。
本気で楽しそうな顔を見れば、確かに大丈夫なんだろうとは思う。翼もあるんだしね。だけどこっちはそんな便利な物、持ってないんです。ただただ冷や冷やするだけで、ちっとも平気じゃ無いんです。
「とにかく、降りるっ」
慌てて駆け寄ってズボンの裾を軽く引っ張ると、ちぇっとか子供みたいなこと抜かしながら、彼はひらりとバルコニーに降り立った。
すいません、最初からその位置に着地でお願いします。サーカスの曲芸じゃあるまいに、3階の手すりで平均台のまねごとをする方と冷静に話すのは、わたしには無理です。
サンフォルさんとも悪魔2人とも違う、いたずらっ子のようなメトロスさんの態度と行動にいささか疲れて、元いた椅子にどかりと座ると、なぜだか彼も向かいの席にちゃっかり収まって、控えていた侍従の少年にお茶を要求している。
「まるで自宅みたいに寛ぎますね」
その様子に呆れて言うと、彼は「うん」と無邪気に笑う。
「悪魔となれ合う気なんてさらさらなかったけどね、ミヤはここにしかいないし、知り合ってみると彼等も思ったほど嫌な奴じゃなかったから」
「知り合ってみるって…付き合い無かったんですか?」
「仕事上の付き合いはあったよ。特にサンフォルとベリスバドンは同じ騎士だし、隊は違ってもたまに話すこともあったみたい。僕は文官で参謀の次官をやってるんだけど、同じ文官でも参議次官のアゼルニクスとは会議で顔を合わせて必要事項をやりとりする、程度のお付き合いしかなかった。感覚としては、同い年に悪魔の双子がいて、それぞれキャラかぶりしてるから面倒~みたいなの、わかる?」
一息にそれだけ説明しながら、人のおやつのクッキーを貪り、淹れて貰ったお茶を飲む。話し方も行動も、落ち着きの無い小学生にしか見えないんだけど、顔はサンフォルさんそっくりの美青年なところがイタイよねぇ。
なんて思いながら、わたしはメトロスさんの問いかけに首を振った。
「部分的にわかりません。騎士と参謀はわかるんですけど、参議がわからないし、次官の地位もわかりません。天使と悪魔が仲良くなさそうなのはどことなく理解できたんですけど、キャラかぶりって双子だから?」
「参議は国王直属の相談役兼政を取り仕切ってる人物。王や大臣が出してきた要望を適切な書面にして、国王の決裁を取り各方面に命令出したり、お金出したりしてる。次官はその人達を補佐する人間のことで、現在仕切ってる彼等が辞めたら持ち上がりで僕が参謀に、アゼルニクスが参議になる。ここまでいい?」
だいたいわかりました、と頷いて、わたしもお茶を一口。
聞いているだけなのに、難しい話しにちょっと頭が疲れてきました。何やら宇宙語を聞いている気分です。
けれど真面目に説明してくれたメトロスさんに、それはあまりにも失礼だと、今聞いたことは絶対忘れないと気合いで脳に焼き付ける。
「キャラかぶりは、まんまだよ。天使や悪魔にほとんど生まれない双子が金銀の髪って共通点持って存在して、家は近いし互いの兄弟がついている仕事も似ている。地位も同じだから、何かって言うと比較されて、そういうのイライラするでしょう?おまけに天使と悪魔は元々仲が悪い。この状況で友達になろうとか、普通考えない」
「まあ、確かに」
そう言えば、初めて彼等に会った時も、悪魔なんか天使なんかってお互いを盛大に貶し合ってたよなぁ。
クッキーを一口食べて、だけど、と思う。
「でも減らない『エサ』を共有することに同意したんだから、アゼルさんもベリスさんもいい人に認定、ですよね」
おもちゃの取り合いをする、子供のような小競り合いは今もしているけどれ、表面上は友好関係を保てるのはそのおかげだろうと頷くと、途端にメトロスさんは顔を顰めた。
そうしてテーブル越しにずいっと身を乗り出すと、群青色の奥に僅かな怒りを宿して、低い声で言う。
「ミヤは確かに『エサ』だけど、それだけじゃないよ。君はとっても面白い。天使や悪魔に媚びたり怯えたりしないし、流されやすいくせに、絶対譲らない部分もきっちり持ち続けてる。弱いくせに強い、変な存在だ」
いつも陽気なメトロスさんが、こんな風に真剣な顔をしているとちょっと困る。胸がざわついて仕方ない。
さっきまで子供みたいだったくせに、ちゃんと大人の顔してわたしには『エサ』として以外にも価値があるなんて言われたら、口説かれてるみたいでどきどきする。
深い意味は無い、深い意味は無いんだって繰り返しながら、熱を持った頬を隠すように俯くと、頭の天辺、つむじの辺りに音を立ててキス、された。
びっくりして顔を上げて、午前中に続いて感じる倦怠感に、また感情を食べられちゃったことを知る。
なんで断り無く食べるのって、怒りたかったのに、少し上向きの視線の先で無邪気に笑ってるメトロスさんを見たら、声は喉で止まってしまった。
「僕の言葉で、ミヤから嬉しいって感情が滲んだの、初めてだね。すごいや。ケーキで引き出した感情よりずっと甘くて、ずっと満たされる。ねえ、もっと君を喜ばせるには、どうしたら良い?」
「知りませんっ!」
照れているのか怒っているのか、自分でもわからないままさっさと立ち上がって室内に入る背中を、メトロスさんの笑い声が追ってきた。
まったく、悪魔だけでも手に負えないっていうのに、天使までこんなだなんて、本当に質悪いんだからっ!