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キレイの定義  作者: 他紀ゆずる
起編
16/80

15 好きまでの道のりは長くて遠いようです

 基本、悪魔な旦那様達はわたしの嫌がることをしない。だから結婚を承諾してしまった日から10日たった今も、その、いたしてません。ちゃんと別々の寝室だし、不埒な真似とかされてないし。

 もちろん、結婚式とかもしてませんから。

 健全よねぇ、なんて考えながら食堂の扉を開けると、待ち構えたようにやってきた金銀の双子がわたしを抱き上げた。


「おはよう、ミヤ」

「おはようございます、ミヤ」


 両頬に同時に触れる唇は、西洋で挨拶がわりとされるアレと同類だと認識しているから。この世界にそんな習慣はないらしいけど、認めなーい。これはキスじゃなーい。


「おはようございます、アゼルさんベリスさん」


 日本人として礼儀正しく軽い会釈をしたわたしは、もうすっかり諦めて体を預けている。

 目線が低いとかなんとか、もっともらしい理由をつけた彼等は、わたしを見つけるとすぐ抱き上げるのを、勝手に習慣にしちゃったらしい。

 もちろん散々抗議しましたし、抵抗もした、文句も言ったけれど、やめてくれる気が全くないようなので無駄なことはもうしません。

 この辺りが、基本・・わたしの嫌がることをしないという、所以なんです。どうやらこれらの行為は


 え?それは嫌がることをしない定義から外れてないかって?外れてません。大事なところではかなり譲歩してくれているらしいので、この程度は免除です。いえ、むしろこの程度で済ませてくれるなら安いものです。

 17年かけて培った倫理観を根底から覆して一妻多夫制を受け入れるまで、彼等と本当の意味で結婚をする気はないので、暴走しないように適当にガスを抜いて貰わないと困るんです。


「今朝はお天気がいいので、テラスで朝食ですよ」

 微笑んでわたしを抱いているのはアゼルさんだ。この作業はどうやら交代制らしく、食事のたびにその役割が入れ替わっている。今朝はアゼルさんの膝の上で、ベリスさんに給餌されるらしい。

 そう、給仕じゃなく、給餌。鳥さんなんかがよくやるあの行為です。はい、あーん、です。

 死ぬほどお腹が空いていたあの時だけのことだと思ったのに、2人ともあれがいたくお気に召したらしく、毎食ごとに赤子のように食事させられています。

 もう、慣れましたけどね、ふふふ…あはは…。


「さあ、今日は何から食べます?」

 花々が咲き乱れる庭を眺めながら、お日様の光をたっぷり浴びて朝ご飯なんて、すっごい贅沢。しかも美しいオプションまでついているっ!…と、自分を奮い立たせながら現状から目を逸らし、取り敢えず近くにあったウインナーらしきものを希望した。

「では、口を開けて」

「今日は上手に食べられるといいですね」

「そーですね…」


 よく言うよね。毎度毎度わざとソースとか口の周りにつくように仕向けて、それを舐め取って楽しんでるくせに。ついでにジンワリ沸き上がるわたしの怒りを食べて、自分たちもお腹を満たしているくせに。

 本当、毎日これって嫌がらせっていう精神攻撃だわ。ずーっと続けられたら、いつか爆発する。絶対する。

 …まさか、それが狙い?!わーい、ごちそうだーとか喜んじゃう?やーよね、姑息な悪魔って。

 なんて考えながら、フォークに刺さった長めのウインナーを囓る。当然、肉汁がじゅわっと溢れて、クスクス笑いながらアゼルさんがそれを舐め取る、わたしが怒る、彼等も食事する。


 こんな感じなので、朝っぱらから2人分以上の食事を頂きます。じゃないと体、持ちませんので。絶対わたし胃拡張になってる。でも、好きなものいっぱい食べても太らないって、それはそれで幸せなことなのかなぁ。

 食後のお茶(エイリス特製)を楽しみながら(さすがに飲み物は自分で飲みます。こぼすから)、ぱんぱんに膨れたお腹をさすっていると、

「おはよう、ミヤ」

「良い朝だね!」


 これまた見慣れた顔が2つ、庭にばっさばっさと降り立った。

 サンフォルさんとメトロスさんだ。いっつも扉を使わず翼を使っての不法侵入をかます天使さんたちは、実は隣人だったらしい。

 とはいえ高級住宅街、100メートルほど歩かないと隣家の玄関にはたどり着けないので、飛んでくるのは合理的?でも、非常識?


「土産だ」

 どうでも良いことに頭を悩ませていると、サンフォルさんが微かな笑みを浮かべて、小さな箱を差し出してきた。

 中身はわかっているけれど、毎回意匠を凝らしたそれは形や味が全く違うのでやっぱり嬉しくて、遠慮なく受け取るとそーっと開ける。

「わぁ…フルーツタルトだぁ(ハート)」

 色とりどりの果物がゼラチンを塗られてキラキラ輝いている姿は、食べるのがもったいなくなる美しさを放っていた。


「ありがとうございます、サンフォルさん、メトロスさん」

 自然に湧き出る笑みを押さえきれず礼を言うと、ベリスさんがタイミング良くフォークを差しだしてくれる。

 給餌が恒例となっている朝食で、デザートを唯一自分で食べることができるのは、これが金銀の天使の食事となる感情を生み出すからだ。


 この家に住むことが決定づけられた翌日、神妙な顔をしてやってきたサンフォルさんとメトロスさんは、普段犬猿の仲だそうな悪魔の双子に頭を下げた。

 曰く、食事のたびに女性の心をじわじわ壊すのは自分たちだって望んでいない、できればわたしの『喜び』の感情を少し分けてもらえないだろうかと。

 僅かに逡巡したようだけれど、アゼルさんもベリスさんも結局承諾した。天使が好むのは悪魔が必要としない正の感情だ。同じ苦しみを抱えた者同士、博愛精神で『喜び』くらい食べさせてやっても構わない、と考えたらしい。


 で、翌日からサンフォルさんとメトロスさんの、わたしを喜ばす試みとやらが昼夜問わず開催されたワケなのだが、綺麗なドレスや宝石は日常生活に全く必要がなかったせいか、ほとんど感情を動かすことができず、甘い言葉は裏があるんじゃないかと疑い、娯楽施設へのお誘いは悪魔の双子が許可しなかったせいで実現せず、やっぱり正攻法『甘いケーキ』で落ち着いたのだ。


 以来、毎朝ケーキを届けて、喜ぶわたしの感情を食べていくわけだが。

「うーっ、美味しいっ」

「そうか、ならば家に来たらどうだ」

「そうそう、そしたら毎日ケーキが食べ放題だよ」

 こうして恒例のお誘いを欠かさないもんだから、空気が悪くなる。

「ミヤは私達の妻です」

「そうだ、バカなことを言うな」

「なにいってるのさ、まだ正式に結婚したわけでもないのに」

「女性が日毎に住処を変えるのはよくあることだろう」


 目に見えない何かが音を立てていても、気にしなーい。

 取り敢えずわたしの毎日は概ね平和で、食生活はこれまでにないほど充実している。

 だから、きちんと夫となった人達の良いところを見つけて恋して、本当の結婚をするまで、外野のことは気にしないのだ。

 

 例え、ちょっとと言えないほどうるさい諍いが、頭上で毎日繰り広げられていたとしても。


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