14 うっかり者は、結婚もうっかりするものです
そう言われても、高度な魔法が使えると『美しくない』わたしと結婚する気になるのか、さっぱりわからなくて、首を傾げているとエイリスは更に詳しい説明を加えてくれた。
「天使や悪魔にミヤの魂が『キレイ』に見えるのは貴女の魂が力を持っているからだって言うのは、わかるわよね?だから貴女を『キレイ』だと褒めるんだってことも」
こっくり。なので死ぬまで美味しく頂けちゃうんだ、っていうのもわかってます。
「魔術を操る者達もね、あまり外見で人を判断しないの。なにしろ優秀な伴侶を得なければ優秀な後継者を残すことはできないから。そこで魂に宿る力を見て、それが強い者を選ぶ。狼の息子が多情な女性を選んで妻としたのも、彼女の魂が強かったから。良い跡継ぎを作ろうとして選んだ相手だけれど、子供を産んでもらえる確率はとても低そうだし、なによりミヤの力の方が遙かに強い。貴女さえ彼を望んでくれれば、さっさと彼女と別れるでしょうね。猫の方なんてもっと計算高いから、何が何でもミヤに子供を産ませようとする、かも…?」
尻すぼみに小さくなった声は、最後の方で疑問系になり小声で「まずい?」とか付け足す始末。いつの間にやら眉までひそめて、口の中でブツブツ呟いてるし、あのね?そんなやばそうな息子さん、紹介してほしくないんですけど?
なにやら危険なモノを感じて全力でご紹介を拒否しようとしたところで、先手を打たれた。
「ま、何とかなるわよ!貴女だって魔法が使えるんだし、いざとなったら天使と悪魔が4人もいるものね」
「…それ、他力本願とか運任せとか言うんだよ。全然なんとかなる気がしないから、マジで」
だいたい天使や悪魔がいかにお金持ってようと、権力者だろうと、ヒエラルキーの天辺だろうと、異星から女性を召還できちゃうほどの魔法を操る相手にそうそう勝てるわけない。
そう言えば、エイリスは勝てるわよっと簡単に否定する。
「あのねえ、天使だ、悪魔だってだけで世界を牛耳れるわけないでしょ。私達と違って彼等種族は皆、生まれながらに魔力を持っているの。もちろん程度に差はあるけれど、基本的にはその辺の魔術師じゃ対抗できないレベルよ。ただし高等魔法が操れる者であれば、かろうじて1対1での勝負に勝利することができる程度。だから彼等といる限り、ミヤの安全は保証されているの」
「…へぇ~…」
それじゃあわたしがせっかく魔法を使えても、4人には絶対勝てないってことになるじゃない。
本気で逃げも隠れもできないんだと、絶望を噛みしめているところに魔女は追い打ちをかける。
「ね、だから息子に会ってみなさいよ」
「人の目を盗んで、バカなことを吹き込まないでください」
「う、わぁっ」
急に掬い上げられた体は、子供のように膝裏を片腕で支えられただっこの形で、アゼルさんに密着していた。不安定な姿勢と高すぎる視界が怖くて、無意識に彼の首にしがみつく。
それに気づいたアゼルさんは顔をこちらに向けると、闇色の瞳を三日月型に変えて「嬉しいですよ」と囁いてから、優しい、触れるだけのバードキスをしてきたの、だけど。
なぜ、キスっ!?女の子の許可なくファーストキスを奪うとは何事ですか!
「アゼルニクス、抜け駆けは汚いぞ」
「んぐっ」
憤慨している最中に笑いを含んだベリスさんの声がすぐ隣でして、そっと頬を取られたわたしは横を向かされてもう1度キス。
ですからね、勝手に乙女の唇を奪うんじゃないって言ってんですよ、ベリスさん!
っていうか喋らせて!
と、憤慨していてはっと気づく。また感情を食べられたら、もう餓死するんですけどぉ?!
しかし、きょろきょろと見比べた悪魔2人は困ったように微笑するだけで、今朝のように『怒り』を食べた様子はない。
「これでもやり過ぎたと反省はしているんです」
「久しぶりの食事だったので、つい抑えが効かなくてすみません。お腹空いているでしょう?」
謝罪してくれた彼等は、なんだか叱られた子犬のように見えたりするから困る。
「絆されるな」
「騙されちゃダメだよ」
「単純ねぇ」
外野はそんなわたしに否定的だけれど、労るように背中を撫でてくれるアゼルさんの手とか、扉の外まで食事の催促をしに言ってくれるベリスさんは、嫌いじゃない。考えれば無断で感情を食べる以外の悪さをされた覚えもなく、彼等は大概紳士的だったと昨夜はおとなしかった双子達を思い出していた。
なのに暴走したのって…
「サンフォルさんとメトロスさんが襲撃してくるまで、2人は優しかったですよ。きっと今朝だって、ちゃんと説明してくれるつもりだったんですよね?」
様々な食べ物が所狭しと並んだ朝食のテーブルを思い出して、アゼルさんに問うと、彼は苦笑いで頷いた。横から手を伸ばしてきたベリスさんはわたしを抱き取りながら、わかってくれて嬉しいですと頬にキスしてくるんですけど、だからね。
「許可なくキスしたらダメです。その辺は理解してないです」
むっと膨れて金色の頭を押しやると、すみませんとちっとも悪びれない返答をされ、さっきまで転がっていた長いすに彼の膝に乗る形で座らせられた。
これってもっとはっきり言わないとだめってこと?いちいち過剰スキンシップとか、困るんですけど。
むっとして、振り返ろうとしたところで、目の前のテーブルにカイムさんが1つ、また1つと湯気の立つ料理の皿を並べ始めたじゃありませんか。
「ご飯!」
「はい、どうぞ」
思い出した空腹に思わず叫ぶと、口の前までアゼルさんがサンドイッチを運んでくれている。
ここで言い訳したい。平常時のわたしなら、子供のように人に食べさせて貰うことなどないんだって。ましてや怒ってたんだし。
でも、三大欲の前では人間の理性など脆いもので、無意識にそれをひと囓りしてしまった。
「おいひーっ!」
そして、この世界に来てからは出会ったことのない柔らかな食感のパンに感動してばくばくとそれを胃に収めていく。
サンドイッチが終われば、卵料理。次は肉に野菜と、アゼルさんに差し出されるまま無心で食欲を満たした。
思い出したように、
「ほら、汚しています」
なんて声と共にベリスさんに口元を舐められても、ああまた舐めたって風に気づいてはいるけど関心は向けない。食べることに異常なまでに集中していた。お腹が悲鳴を上げるまで食べ続けて、やっと少し正気に返って。
はたと、気づく。
「アゼルさんとベリスさんも、こんな風にお腹が空いてたんですか?」
極度の空腹を経験した今なら、溢れ出ている感情を前に箍が外れたようにそれを貪ってしまった彼等の気持ちも何となくわかった。
わたしをのぞき込んでいた2人は、答えずに微笑んでいるだけだったけれど。
「アゼルニクス様もベリスバトン様も、最後に『エサ』をお召し上がりになったのは10日前です。私達にとっては極限状態といっても過言ではありません」
主に変わって控えめに教えてくれたカイムさんは、どうやらわたしの食事が終わるのを部屋の隅で控えて待っていてくれたらしい。見やれば他の3人も空いたソファーや椅子に適当に腰をかけ、優雅にお茶していた。
「それじゃあ、うっかり感情も食べちゃいますね。さっきのは不可抗力だったんですね」
ならばしかたないかと頷くと、彼等は何故かすみませんと謝罪してくるのだ。
納得したのに、何故?
「ミヤに初めて会った日は、10年私達に感情を提供してくれていた女性が壊れてしまった日、だったのです。最後くらいは親御さんにお返ししようと彼女の生まれた街へ行き、その帰りに『人間』の貴女に出会った。私達は狂喜し、神に感謝しました。これで新たな『エサ』を探すことをやめられる、壊れてしまう女性をもう見ることもないと」
素早くわたしをソファーに下ろし、その前に跪いたベリスさんが強く手を握ってきた。その表情はとっても真剣で、闇色の瞳はとても誠実な光をたたえている。
「悪魔にも天使にも感情はあります。長く共にあった女性が壊れていくのを見ているのは、辛いのです。けれど我々は生きている限り『エサ』を必要とする。ミヤ、貴女は私達にとって最愛の人です。長い一生を壊れることなく共にいてくれる、子を産んでくれる。しかもその子らは同胞を救う希望ともなる。貴女はこの上もない、理想の女性だ」
アゼルさんもまたわたしの前に跪き、真摯な眼差しでこちらを見ていた。
「「愛しています。どうか私達と結婚していただけませんか?」」
「はい」
あ、頷いちゃった。
勢いで返事をして一瞬後悔したものの、目の前で手放しで喜んでいるアゼルさんとベリスさんを見ていたら、なんだかこれでもいいかとも思ってみたりもして。
我ながら、なんて流されやすいんだ…。
ともかく。どうやら、本日から人妻みたいです。いきなり旦那さんが2人なんですけど、大丈夫なんでしょうか?