10 逆ハーはとっても理にかなっているようです
「天使にとっても悪魔にとっても、人間の魂はとても強靱で強い輝きを放って見えるのです。痛みを知り、汚れを知り、なのに優しく、強靱。どれほどの苦痛にも屈することなく、どれほどの誘惑にも溺れることのない精神力は他の種族ではありえません」
「買いかぶりすぎです。そんなに人間が強ければ鬱病もないし自殺者もいません」
随分と褒め称えてくれるアゼルさんに即座に切り返すと、彼は少し考える素振りをしてからならばと微笑んだ。
「ミヤは…いえ、ミヤと以前に召還された女性が、キレイな魂をお持ちなのでしょう。なにしろ召還条件が『美しい』で、この世界に喚ぶことができた人間は2人だけなのですから」
そんな嬉しくない限定品みたいな扱いいやだ。そんなくだらない理由で感情を貪られるなんて冗談じゃない。
むっつり押し黙って怒りを表現すれば、途端に両隣で悪魔がうっとりするのだから、彼等がデリカシーをどこにしまったのか後で聞き出して引っ張り出さなきゃいけない義務感に駆られちゃいましたよ、ええ。
「なんで勝手に感情を食べるんですかっ!少しは我慢して下さい」
「「もったいないですから」」
無邪気な顔してハモらなくていいって…疲れるなぁ。
ここで怒るとまた勝手にお食事タイムにされそうなので、できるだけ平常心を保って、今度は正面の双子に人間にこだわる理由を聞くことにした。
なにしろアゼルさんてば話の途中で心を飛ばしちゃったんで引き戻すのが面倒だ。いっそ平静でいる方に聞いた方が早い。
なのでそう促すと、サンフォルさんが忌々しげに悪魔ツインズを眺めながら、続きを教えてくれた。
「人間は、悪魔と共にいても天使と共にいても精神を病むことなく、感情を提供し続けてくれる。更に我々との間に子を成すこともできて、その子は何故か同族にも感情を提供できるという突然変異種になる。いわば2つの種族にとって理想のパートナーとなる存在なのだ」
「へぇすごい…って、貴方方自給自足できないんですか?!他の種族を食い尽くすだけ?」
「うん、残念ながら」
「うっわぁ…害虫じゃん」
一瞬学校の木を食べ尽くしたアメシロの大群を思い出して、うっかりそれを声に出してしまったらしい。周囲で4人とも傷ついた顔したんで。
「あ、ごめんなさい。ついうっかり本当のことを」
あんまりフォローしようって気にならなかったんで、更に深みに突き落としてから改めて自分の置かれた状況を整理してみた。
まず、人間は精神崩壊起こしたり、堕落しきった人生を歩んだりしないから、悪魔や天使といても平気らしい。
この辺は命の危険についてナーバスになっていたわたしにとって朗報だ。結婚云々はともかく、このお屋敷で命の保証はされたらしい。
次に、キレイだと言われるのは、打たれ強い精神力と無駄に強いらしい魂の輝きのせいで、いきなり住み慣れた星と懐かしい家族から引き離されたのはそのせいだと。しかも子供を産んだら彼等に嬉しいハイブリットなベイビーが出てくるので、これは生け贄にされる他の種族の女性を救うためにも善いことらしい。
ただし、だからといってわたしが好きでもない相手と結婚したり、ましてや子供を作るなんて義務をいきなり背負わされる覚えはないんで、この辺はようく考えましょうということですね。了解しました。
「そろそろ復活しました?」
現状、わかる範囲で状況把握を終えたわたしは、両隣と正面の4人の目に生気が戻っているのを確認して、会話を再開した。
「何となく自分がどういう立場なのかはわかりました。そのついでに聞いておきたいんですけど、200年前に喚ばれた女性は何人子供を残して、その子孫は何人になっているんですか?だんだん血が薄くなって、仲間に感情を与えられない事態になったりしてません?」
これはとっても興味深いところだ。自給自足ができる身内は多ければ多いほど良いんだから、もしその人が子供を産んだとして、その子供達がどのくらい増えたのかとっても気になる。優秀な血は多ければ多いほどいいんだし。それにもしひ孫の代とかで元の天使や悪魔に戻っちゃったら元も子もないもん。
無理矢理とはいえ悪魔のお嫁さんにされちゃった以上、相応の成果がないならこんな損な役回り引き受けたくない。言外にそんな含みを持たせてアゼルさんに問うと、心得たりと彼は頷いた。
「彼女が召還されたのはこの大陸ではないので詳細は把握できていませんが、少なくとも天使の子を4人と悪魔の子を1人、産んでいるはずです。そして代替わりしても我々に感情という『エサ』を提供し続けられる子孫は既に10人を優に超えたと。当然血統の劣化も先祖返りも現時点では確認されていません。」
「………はい?今なんと仰いました?」
あんまりなんでもないことのように言うから、うっかり聞き逃すところだったけど、この人さらっとおかしなことを言った気がします。いいえ、言いました。絶対言いました。
なんでしょうと、柔らかな微笑みで見下ろしてもダメです。見逃してあげません。
「なんで天使の子を産んでいるのに、悪魔の子も産んでるんですか?旦那さんと死に別れて再婚したとか、そんなですか?」
じゃないと辻褄が合わないんですけど。
そう問えば、クスリと笑われてしまった。反対側でベリスさんも笑ってるし、向かいではサンフォルさんとメトロスさんもおかしなことを言うとばかりに首を傾げている。
「何故死に別れないと再婚できないんですか?そもそも再婚などする必要はないでしょう。貴女方は女性なんですから」
「女性でも再婚はするでしょう?あ、わかったっ!離婚したんですね。天使か悪魔か、どっちかに嫌気がさして離婚したあと、別の種族と結婚したからどっちの子供もいるんだっ」
「だから何故、離婚だ死別だとおかしなことにこだわるんだ。そもそも子供の父親は全員違うんだから、いちいち死別したり離婚していたりするわけないだろう」
「はぁ?!じゃ、未婚の母ですか?!エサにした上シングルマザーに5人の子供を育てさせるなんて非道な行為に及んだんですか?」
「うん、ちょっと落ち着こうかミヤ。これほど女性が大切にされている世界で、しかも唯一無二だった人間の女性にそんなまねする悪魔も天使もいないよ。彼女には5人の夫がいた、それだけのことだ」
「重婚!!犯罪じゃないですか、それは!」
「もう一つ大事なことを説明し忘れていた気がしてきたんですが、女性が複数の夫を持つことは当たり前のことなんですよ?男女比がこれだけ狂えば当然の措置だと思いませんか?」
「あーっ言われれば、思うっ!一妻多夫、そう、ありですね、一妻多夫。でも、日本の常識じゃあり得ない!っていうか、200年前の誰かさん、一体どうやって貞操観念切り替えたんですかぁー!!それとも一妻多夫の国出身者だったとか??!!ねえ、誰か教えて-!!」
痴情のもつれや不倫で人が殺される世界に生きていた人間としては、あまりにも理解しがたい制度に頭がパンク寸前です。というかパンクしました、既に。
逆ハーですか、逆ハーですね。ゲームや一部小説の中で最近定着しつつある新言語、逆ハーレムですね。ええ、良いと思います。イケメン山盛りが全部自分のものって憧れますよね。
でも、現実はそう簡単にいかないものなんです。なにしろそういう常識の中で育っちゃいましたから。二股とかかけると女子からイジメの対象になったりするんですよ。
お話の中でだって同じです。よっぽどのことがない限り女の子は群がってくる男の子の中から1人を選んでハッピーエンドが当たり前なんです。
それが、夫5人てなんだーっ!!!!!
悲壮なまでの混乱状態では、事態など把握できるはずもなく。なのにあんなこと言うからいけないんだ。
「ですから私達は2人で貴女を花嫁とするつもりだったんですよ」
「どうちらかを選んで、ということではないのです」
「だから何故お前達がミヤを独占することになるんだ。どうだろう、公平を期すためには天使も夫にするべきだ」
「そうそう、幸い僕たちも双子だし、丁度いいと思わない?人間1人に悪魔と天使2人づつ」
「思うかーっ!!」
力の限り叫んで、力の限り奴らの後頭部に突っ込みを入れたわたしを、責めてはいけません。
少々混乱していたんです。ええ、少々ね。