9 天使までエサを食べるせいで、女性が不足しました
「誤解しないでほしいのだが」
なんとも気まずくなってしまった空気のなか、口を開いたのはサンフォルさんだった。
「確かに我々も他の種族の感情を食らう。だが1つその連中と違うのは」
群青がアゼルさんとベリスさんをきつく見据え、それからゆっくりわたしに巡らされると柔らかく綻ぶ。
「悲しみや痛み、苦痛といった感情ではなく、喜びや安堵、安寧と言った正の感情であると言うことだ」
隣で力強く頷いているメトロスさんも、全然違うだろうとか、僕たちの方が良い子だろうとか、必死にアピってるもんだから、わたしはうっかり素で返してしまう。
「はい。そっちの方が良いです。痛いより痛くない方が絶対いいです。精神崩壊もしないだろうし」
きっちり昨日のカイムさんの発言がトラウマ化しているのが、見て取れる発言だ。
だって、怖いでしょ?精神的苦痛は肉体的苦痛を上回るって、魔女裁判の歴史を教えてる先生がいってたもん。
眠らせないとか、誰とも口聞いてもらえないとか、そういう心が折れるのは、いやだ。ましてそんな感情を好んで食べるような人達はもっとイヤだ。
やっぱり、天使の方が悪魔よりましなんだと、妙に納得したところでベリスさんがぼそりと呟いた。
「天使に感情を食われる者は、腐って墜ちる」
「腐るぅ??」
なんですか、腐って墜ちるって!すごい汚っぽいんだけどっある意味精神崩壊よりもイヤなんだけどっ!乙女としてはやっぱり永遠に美しく汚れなくが理想で、腐るとか老けるより質悪い気がするんですけど??
この過剰反応に、何やらしたり顔でわたしを見下ろしていたベリスさんがそっと耳元に囁いた。
「天使に甘やかされ、喜びと歓喜の中だけに溺れた女性は、いつしか傲慢で怠惰、最も醜い存在に変貌するんです。こうなった魂は毒しか吐き出さない、最早元の自分に戻ることもできない。打ち棄てられ、死を選ぶか、墜ちるところまで墜ちるか。どちらにしても命の終わりは普通に生きていた者より遙かに早い」
「どっちにしろ死亡フラグが立つわけですね…」
悪魔の囁きとは、よく言ったものだ。感心します。的を射てます。なんだか究極の選択じみてきました。
と、半泣きになって正気に返った。
なんでこの人達は、わたしに別の選択肢を与えてくれないんだろうか。
精神崩壊起こすとか、早死にするとかわかっているなら、解放してほしい。キレイな魂なら探せば他にいるんじゃない?いやいる。絶対いる。だからわざわざ別の星から喚ばれた哀れな女の子を生け贄にするんじゃなく、ここは潔く自国の民をエサにでも食事にでもしたらいいじゃないっ!
そう、自給自足は文化的生活を営む者の義務よ、義務っ!
というようなことをやんわりと提案してみたのだけれど、4人同時にすぐさま却下。
そして、ここからが重要だからよく聞いて理解するようにと、彼等は世界情勢の説明に戻っていく。
「この世界で国の政を動かしているのは王だが、世襲制ではない。天使族と悪魔族から交互に次代もっともふさわしい者を玉座に据えるのが習わしだ。それは私達の生命力、力、知力がどの種族より勝っているからこそ成り立つ法則で、更には最強の捕食者の証でもある」
わかるか、と問われたのでサンフォルさんにはわかると答えたが、実際は1カ所意味わかんないところがあった。
でも聞いたらなんか恐ろしい返答が降ってきそうなんで、取り敢えずスルーで次、行きましょう。
「僕たちが翼をもっているように、他の種族も何かしら特徴があるのは知ってるかな?大きく分けると魚類から知性を持ち人型を取るようになった魚人族、獣から人型を取るようになった獣人族、爬虫類や両生類から進化した蛇族になる。ミヤは確か魚や爬虫類、鳥類を経て獣が『人間』と喚ばれる種族になったんだよね?過去の人間がそう説明していたと、文献にはあったけど」
『人間』についての説明をする辺りでメトロスさんの言葉は淀みがちになったけれど、概ね合ってると思うので頷いておく。
なんできっぱり正解ですと言い切れないのかは、わかりきっている。ひとえに勉強不足だ。真面目に学んでいなかったツケを、異星に来て払うとは誰が想像できただろう?できるわけがない。そして後悔も後に立たない。
しかし、200年前に召還された人は随分博識で賢い人だったんだなぁ。いやいや、待て待て。ざっくり計算しても200年前ったら幕末?とか明治の始まりじゃない?いくら不勉強でもそのくらいはわかるよ。その時代に進化の過程がそんな詳しくわかるとは思えないんだけど…せめて後100年遅ければわかるけどさぁ。
日本人が召還されたんじゃなきゃ、知ってたのかな?う~ん、微妙なとこだなぁ。
なんて小難しいことを考えていたのは一瞬だ。すぐに次の説明がベリスさんにより始められたから。
「人間云々はともかく、これらの種族は階層を作っています。最下層に魚人族、次いで蛇族が続き、獣人族、天使族と悪魔族が同等。人口も最下層が最も多く、最上級層が最も少ない。まあ国の中枢を牛耳るという意味では、この人口分布は適正だったわけですが、ここで1つ誤算が生じます。それは我々が女性の魂から発せられる感情を好んで食したこと」
いやだいやだと思いつつ、先がどんどん見えてくる話しに思わず耳を塞ぎたくなったけれど、無駄な抵抗だとすぐに諦めた。
だってどんなに逃げたって結末が変わるわけじゃない。
そうでしょう?と傍らのアゼルさんを見上げると、彼は微かに頷いた。
「普通の食事だけでもしばらくなら生きてはいけます。けれど定期的に魂が放つ感情を吸収しなければ、私達は死ぬ。それも子孫を残すのに重要な女性の感情しか食べることができませんから、天使族も悪魔族も金を積んであらゆる種族の女性達を屋敷に引き入れ、魂を貪りました。だが彼女たちの心は弱い。悪魔と共に暮らせば精神崩壊を起こし、天使と共に暮らせば堕落する。そうして世界の女達は減少の一途を辿っていったのです」
ここから、エイリスに聞いた男女比率に繋がるのだ。
9:1。
自然界ではあり得ない現象。何かしら人為的なものの介入がなければこんなに比率が狂うわけがない。
そしてそれを誤魔化すように繰り返される女性の召還。国が推進するわけだ。何しろ自分たちの命がかかっているんだから。
ああ、腹が立つ。むかむかする。天使も悪魔も知ったことか。どっちも碌なもんじゃない。
なまじ美しいだけに余計に怒りを誘う面々を見回し、それならと意を決した。
「なんで『人間』をキレイだともてはやすんですか?なんで『人間』だけを特別だと扱うの?」
私の中の最大の疑問に、彼等はなんて答えてくれるのだろう。