第一話 解釈違い
「レグルス・ローゼンティアはここで宣言する!」
私は、運命を変えられなかった。
目の前で起こっているこの惨劇を、ただ眺めていることしか出来ない。
「エリア・ペンダントを婚約者と迎え、『聖女』としてこの国で務めてもらうと!」
全部、全部無駄だった。
全て貴方のための行動だったはずなのに、どうして何も上手くいかないの?
ごめんなさい、ロザリア様。
——私は、貴方が幸せになれればそれで良かったのに。
◇◇◇
「ここは、一体?」
目が覚めた場所は、見知らぬ天井。
煩いくらいの派手な装飾品が多い部屋。
周りには誰もいないらしく、ただ静かな部屋のベッドに一人で寝転んでいる。
何故こんな場所にいるんだろう。
昨日は確か、『ロゼティア』をやりながら寝落ちて、それで、何をしたんだっけ……。
「もしかして、部屋に強盗でも入って誘拐されちゃった!?」
いや、あり得ないだろうとは私も思う。
でも、だって、こんな場所私は知らない。
このあり得ない状況を説明するには、それくらいしか……。
あれ? 今の声、私の?
「あ、あー。これ、私の声……?」
よくよく見れば、この部屋どこかで見たこと無いか?
確か、ロゼティアの学生寮がこんな部屋だったような。
じゃあ、まさかこれって!!
——よくある、『悪役令嬢に転生』したってこと!?
もし本当にそうなら、今すぐ鏡を探さなくては!
悪役令嬢に転生したのなら、今の私はきっと——
「……は?」
部屋に備え付けられた鏡の前に立って、気付いたことが一つ。
彼女の声にしては、あまりにも高すぎる。
解釈違いだ。
だからこそ、この結果には納得しつつも絶望感が身体を襲う。
「エリア・ペンダント……」
私は今、あの憎き女の肉体で呼吸をしている。
この世界、『薔薇と王冠のローゼンティア』は、私が人生で最も愛したゲーム。
平民の出自である主人公、エリア・ペンダントを操作し、攻略対象と親しくなっていく、所謂乙女ゲームと言うやつだ。
珍しい光魔法の使い手であるエリアは、特待生としてローゼンティア学園に入学し、最終的には一人の男性と結婚することになる。
このゲームの悪いところは、悪役令嬢と呼ばれる『ロザリア』様が幸せになれるルートが存在しないということだ。
私は、ロザリア様を心底愛している。
正直なところ、攻略対象たちには微塵も興味がない。
ただ、ロザリア様を愛したい。
結婚したい。
そしてあわよくば、二人だけの愛の巣を……。
でも、残念ながらこの国では同性婚という制度は存在しない。
「どうしたものかねぇー」
私はどうしても、ロザリア様に幸せになってほしい。
せっかく運命を変えられるチャンスを手に入れたんだ。
彼女が幸せになるために、私に出来ることをすべきじゃないか。
でも、私に出来ることなんてあるんだろうか。
この世界はとても残酷だ。
攻略対象は全部で六人存在し、王太子以外と結ばれればこの国は破滅する。
そうなれば、必ずロザリア様も殺されてしまう。
王太子と結ばれればこの国は滅びないものの、ロザリア様は婚約破棄される。
「こんなの、どうすることも出来ないじゃん……」
私はただ、彼女に幸せになってほしい。
望むことはただそれだけなのに。
原因となる彼を止めることが出来れば、多少はマシな結果になるかもしれない。
でも、そんなことが『お飾り』の聖女である私に出来るはずない。
だって、相手はこの世界で最強と呼ばれる男だ。
……どうせいくら悩んでも答えが出ない!
とりあえず、寝よう!
鏡の前からベッドへとダイブし、混乱している頭を枕へと鎮める。
あれ、そういえば今日って何日だ?
記憶が正しければ、入学式が始まるのは九時。
今時計が指している時間も九時。
目の前にあるのは、入学式と書かれた前日までバツ印が付けられたカレンダー……。
「やらかした!!」
とにかく急いで支度して、入学式の行われる会場まで走った。
◇◇◇
案の定入学式は始まっていたらしく、先生に怒られながら自分の席につく。
やはり特待生の席だからか、一般科の椅子よりも圧倒的に立派だ。
座り心地が凄く良い。
ゲームで見たまんまの入学式を終え、席を立つ。
違う点があるとすれば、遅れて到着したおかげで王太子のスピーチを聞かなくてすんだことぐらいだろうか。
「貴方、平民なんですってね」
教室へと向かう廊下で、誰かに声をかけられた。
もしかして、ロザリア様!?
「なんて汚らしいのかしら。あまり私達に近寄らないでくださいません?」
と思ったが、全く知らないご令嬢が三人。
自分から話しかけてきたくせに何を言っているのか理解は出来なかったが、私のことが気に入らない人間なんだろうな。
別に、どう思われてもいいけど。
私だって、エリア・ペンダントが気に入らない。
ロザリア様から幸せを奪う悪魔のような女だから。
「選ばれし『聖女』だなんて。こんな平民が民を癒せるはずがないでしょう」
本当にそう思う。
実際、ゲームの世界でも最終的には聖女の力なんて必要無かったし。
「貴方達。このような場所で何をなさっているのですか?」
また増えた。
どうせ今度は、正義感溢れた真面目人間か、聖女に取り入ろうとしている偽善者のどちらかだろう。
「……ロザリア様」
その名前を聞いた瞬間、私は光の速度で振り返った。
ロザリア様だ。
ゲームではボイスが着いていなかったからすぐには気付けなかった自分が憎い。
そして、思い出したのだ。
ゲームでロザリア様と出会う場面を。
入学式に遅れたエリアは、落ち込みながら教室へと向かう。
その途中で、誰かに足を引っ掛けられてしまう。
転んだエリアに対し、ロザリアは声をかける。
『なんて汚らわしいのかしら。あまりワタクシに近寄らないでくださいません? 平民育ちの獣臭が移ってしまいますわ』
そう、そうだ。
この場面ではロザリア様がエリアを転ばすことで始まるはず。
それなのに、何故?
「平民だからと言って、何だというのですか? 貴方は、運よく貴族の生まれであっただけでしょう。威張るのも良いですが、親の権力に縋ってばかりでは恥をかきますわよ」
何故、ロザリア様が私を助けているの?
「い、いえ。ただ少し、平民を見るのが珍しくて……私達はこの辺で失礼いたしますわ!!」
さっきの悪役三人衆はどこかへ走り去ってしまった。
でも、今の私にとってそんなことは心底どうでもいい。
「ロザリア様」
「貴方は確か、『聖女』エリア・ペンダント様ですわね」
あり得ない。
こんなの、私は認めない。
「貴方は、ニセモノのロザリア様でしょう!?」
「一体、急に何の話を……」
おかしい、ロザリア様が私の名前を覚えているはずがない。
「ホンモノのロザリア様が、こんなに優しいはずが無いでしょう!? ふざけるのも大概にしてください!!」
拳を握りしめ、出せる最大限の声量を喉からひねり出す。
目の前で困惑の表情を浮かべている黒髪縦ロールの美少女。
ゲームのスチルではこんな顔見たことがない。
なんて素敵なんだろうか。
「ワタクシには何の話かわかりませんわ。なにか、誤解をされているのでは……?」
それでも、目の前の彼女は私の愛したあの人ではない。
あの人は気高く美しい悪の華。
「誤解なんかじゃありません!! 私の愛したロザリア様を返してください!!」
こんな優しい性格をしているなんて、解釈違いにも程がある!!!
「……っ」
「ロザリア様はもっと最低で、もっと傲慢で、誰よりも美しい悪役令嬢なの!!」




